角見 千春
三学期が終わり、その後の春休みも終わり、新学期が始まった。
俺と美咲は、新たな教室に向かった。
「あ、おはよー」
教室に入ると、南明音が俺たちに挨拶をした。
明音は、一年の頃から同じクラスで、俺と美咲と仲が良い。
俺と美咲のことを島原カップルと呼び、それをクラスに広めた。
「また同じクラスだな」
俺は、自分の席に座る。
「よろしくねー明音ちゃん」
美咲も自分の席に座る。
美咲の席は俺の後ろだ。
席に座った後、俺たちは話をしていた。
すると、突然肩を叩かれた。
そして、俺のことを呼んでいる女子生徒がいると教えてくれた。
その女子生徒は、教室の入り口に立っていた。
おそらく一年生だろう。
「ちょっと行ってくる」
美咲と明音に言い、俺は立ち上がり、女子生徒の方に向かった。
「何の用だ?」
「あの、ここじゃ恥ずかしいのでこっちに来てください」
突然、手を掴まれる。
そして、見覚えはなく、名前も知らない女子生徒に連れていかれた。
体育館の裏まで来ると、手を離してくれた。
「すみません、こんなところにまで連れてきてしまった……」
「まあ、別にいいが。で、何の用だ?」
女子生徒は言おうとして、止める。
少し恥ずかしがり、もじもじする。
そして、決心したのか、口を開く。
「付き合ってください! 風峰先輩!」
「は……?」
俺は、名前もわからない女子生徒に告白されてしまった。
「……無理だ。すまない」
「ええっ!?」
女子生徒は驚く。
「な、なんでダメなんですか!? 普通、漫画とかだったらいいよって返事すると思うんですけど!」
「漫画の話だろ! 名前も知らないのにいきなり告白されても困るし、そもそも俺は既に付き合ってるんだ!」
それを聞いた女子生徒は、口を開けたまま動かなくなる。
数秒ほど硬直し、喋り始める。
「つ、付き合ってるって本当ですか!?」
「ああ、俺の後ろの席にいた美咲とな」
「嘘……」
女子生徒は地面に手と膝をつき、落ち込む。
だが、すぐに顔を上げる。
「だったら、浮気しましょう!」
「ダメだ!」
俺がそう言うと、再び頭を地面に向けてしまう。
しかし、また何か言うことを思いついたのか、今度は立ち上がり、俺の前に来る。
そして、俺の手首を掴む。
そのまま自分の胸を触らせようとしたので、俺は力を入れてそれを阻止した。
「なに考えてんだ!」
「胸触らせてバラされたくなかったら付き合えって脅そうと……」
「ふざけんな!」
「じゃ、じゃあ私と付き合ってくれたらおっぱい触り放題ですよ! ほら、今の彼女はこんなことさせてくれないですよね!」
女子生徒は胸を強調する。
しかし、俺は胸でつられるような男ではない。
「絶対にダメだ! もう戻るぞ!」
「あぁ! 待って!」
面倒になったので、俺は教室に戻ることにした。
女子生徒は俺のことを呼び止めようとしているが、無視して教室に戻った。
「おかえりー風峰。それで、何してたの?」
「ああ、なんかいきなり告白された。」
「告白? なんて返事したの……?」
「無理だって言った」
美咲にそう答えると、美咲は安心したのか大きく息を吐いた。
「なんだ? まさか、いいって言うかと思ってたのか?」
「ううん。でも、もしかしたらって思っちゃって……」
「心配するな。他の人と付き合う気は無い」
「風峰……!」
美咲は笑顔になった。
そして立ち上がり、俺に抱きついた。
「ちょっ、人前だぞ!」
「あっ、そういえば……」
教室にいるほとんどの人が、俺たちのことを見ている。
恥ずかしいので、俺はすぐに美咲を離した。
「ごめんね風峰……私、嬉しくて……」
「謝らなくていいって」
美咲が座ると、チャイムが鳴った。
俺も座り、担任が教室に来るのを待った。
今日は始業式なので、午前中に学校が終わった。
学校が終わったクラスメイトたちは、部活に向かうか家に帰るかのどちらかだ。
俺と美咲は部活に入っていないので、家に帰ろうとした。
教室から出ようとすると、俺の前に突然人が現れた。
告白してきた女子生徒だ。
「なんだ? 付き合うことはできないぞ」
「付き合えないなら、私と友達になってください!」
女子生徒は、俺に頭を下げる。
「風峰、この子ってさっき言ってた子?」
その通り、俺に告白してきた名前も知らない女子生徒だ。
「ああそうだ。で、友達になってくれと……」
「ダメですか……?」
「いや、別にいいぞ」
そう答えると、女子生徒の不安そうな表情が、喜びの表情へと変わった。
「ありがとうございます!」
女子生徒は、突然抱きついてきた。
「お、おい! 離れろ!」
「嫌ですよー。あ、そうそう。私の名前は角見千春って言います。千春って呼んでください!」
「自己紹介の前にまずは離れろー!」
「あ、そちらは風峰先輩の彼女ですね! よろしくお願いします!」
千春は俺に抱きついたまま言う。
「私の名前は島原風峰だよ。千春ちゃん、これからよろしくねー」
美咲は笑顔で答える。
「いいから離れろー!」
抱きつかれている間、色々な人に見られていたので、恥ずかしすぎて死にそうだった。
「仕方ないですねー」
千春はやっと離れた。
いきなり抱きつかれたので、心臓がものすごく動いている。
「あ、そういえば二人とも同じ苗字ですよね?」
「えっ……」
俺たちが兄妹だということは隠している。
だから、俺と美咲が兄妹だとバレたくなかった。
「まさか……」
「な、なんだ……」
「結婚を予定してるほど仲が良くて、もう苗字を変えちゃったとか……」
「そんなわけないだろ!」
俺は突っ込む。
「え、じゃあ美咲先輩と結婚する予定はない? じゃあ、私と……」
「付き合わない!」
「私なら結婚を前提に付き合いますよ!」
「だから、俺は美咲と付き合ってるんだ! 何を言われようが美咲と別れたりはしない!」
「風峰……!」
美咲が、後ろから抱きついてきた。
俺は驚いて、大きな声を出してしまった。
「な、なんだ美咲!」
「風峰がそこまで言ってくれるなんて……風峰大好きだよ……!」
美咲の抱く強さが強くなる。
教室とその周辺には俺たち以外いなかったので、誰かに見られることはなかった。
「わかった! わかったから誰かが来る前に離れてくれ!」
美咲に離れてくれと言っていると、千春が再び抱きついてきた。
「なんで千春はまた抱きつくんだ!」
「いいじゃないですかー誰もいないんですし」
「ダメだ! いいから二人とも離れろー!」
しかし、二人は離れない。
俺は春花と秋葉が来るまでの数分間、ずっと抱きつかれたままだった。
「私は角見千春です。よろしくお願いします! 春花先輩、秋葉先輩!」
俺たちの教室にやってきた春花と秋葉に挨拶する。
二人は先輩と呼ばれ、少し恥ずかしそうだ。
「うーん……」
挨拶を終えた千春が、何かを考え始めた。
「ど、どうしたの? 千春」
秋葉が気になって、千春に聞く。
「なんか秋葉先輩って先輩っぽく見えないんですよねー……」
「えっ!」
「なんか、私より子どもっぽい感じがして……」
「ええっ!」
そう言われた秋葉は、こちらを向く。
「か、風峰先輩! 私、子どもっぽくないですよね!」
そう言われても困る。
身長は千春より低い。
胸ももちろん千春より小さい。
千春の性格はまだよくわからないから比べることはできないが、秋葉の性格が大人っぽいとは言えないだろう。
「……すまん」
俺は目をそらしながら言う。
「先輩!?」
秋葉はショックを受ける。
「じゃ、じゃあ春花は! 私が子どもっぽく見えるなら春花だって……!」
「春花先輩はそんな感じがしないので……」
春花はおとなしいので、秋葉よりは大人っぽく見えるのだろう。
「諦めろ秋葉。無理だ」
「そんなー……。……あ、ちょっと千春、こっちに来て!」
「何ですか?」
秋葉に呼ばれた千春は、教室の隅っこに行く。
そして、俺たちから見えないように何かを始める。
しばらくすると、こちらに戻ってきた。
「千春、私は先輩に見える?」
「はい! 秋葉先輩は大人っぽい先輩です!」
この数十秒間で何があったのかわからなかったが、千春を納得させることに成功したらしい。
「さて、それじゃあそろそろ帰りましょう!」
千春は教室から出る。
春花と美咲も千春に続いて教室から出る。
「なあ秋葉、千春に何をしたんだ?」
気になった俺は、秋葉に聞いてみた。
「ちょっとこっち来てください」
俺は、秋葉が教室の外から見えないように立った。
すると、秋葉はスカートの腰の部分を引っ張り、自分のパンツを見せてきた。
黒で避けている部分が多いパンツだ。
「何でいきなりそんなの見せるんだよ!」
千春が大人っぽくと言う理由はわかったが、いきなりパンツを見せるのは女の子としてどうなのか。
「これ、春花に内緒で買ったんです。大人っぽいですよね?」
「大人っぽいが……いきなり見せるのはやめてくれ」
「すみません……」
秋葉は反省する。
「風峰ー。早くー」
美咲が俺たちのことを呼んでいる。
俺たちは教室から出た。
下校中、春花と秋葉と途中で別れ、俺と美咲と千春の三人で歩いていた。
千春の家は美咲の家の近くにあるらしいので、一緒に下校している。
「ねえねえ千春ちゃん。どうして風峰に告白したの?」
美咲は言う。
それは俺も気になっていた。
顔も名前も知らないのに告白されて、俺は困惑した。
だから、なぜ告白したのか理由を知りたかった。
「まあ、中学の時に一目惚れしたからですね。詳しく話しましょうか?」
「ああ、話してくれ」
「じゃあ……」
千春は、なぜ俺に告白したのかを話し始めた。
「まず、風峰先輩のことが気になったのは中学一年生の時です」
中学一年ということは、三年前から俺のことを知っていたということになる。
「それで、学校での風峰先輩を見て、カッコいいと思ってたんです。でも……」
「でも?」
「私、中学の頃は友達がほとんどいなくて大体ひとりぼっちで……。いわゆる、陰キャってやつです。そんな私が風峰先輩に話しかけたら、風峰先輩に迷惑がかかると思って……でも、だからって明るくなったら周りから気持ち悪いと思われそうだったので……」
意外だった。
まさか、千春が中学の頃、そんな性格だったなんて。
さっきの告白からは想像もつかない。
「でも、高校に入っちゃえば同じ中学の人が少なくなるので、チャンスだと思いました。なので、私は人との接し方を学び、性格を変え、明るく振る舞うようにしたんです。その結果、今の私が誕生しました。そして、私を変えてくれた風峰先輩のことを私は好きになり、告白した。というわけです」
「そうだったんだね……」
「はい……でも、風峰先輩が付き合っていたなんて……」
「わ、悪かったな……」
とりあえず、俺は謝った。
「ごめんね……? 私が風峰を奪っちゃって……」
「いえ、いいんです……。あ、私ここ曲がったところが家なので、さようなら……」
千春は、俺と美咲に頭を下げ、歩いていった。
次の日、トイレに行くために廊下を歩いていると、千春に会った。
今度の休みの日に勉強を教えてほしいと言われたので、俺は千春の家に行くことになった。
そして、土曜日。俺は千春の家に向かう。
家の場所は教えてもらったので、迷うことなくたどり着くことができた。
千春の家は周辺にある家よりも少し大きく、新しかった。
ドアの前に立ち、インターホンを押す。
押してから少し経つと、ドアが開いた。
「風峰先輩! どうぞ、上がってください!」
「ああ、入るぞ」
靴を脱ぎ、千春の家に入る。
外見も綺麗だったが、家の中も綺麗だった。
二階に上がると、千春の部屋と書かれた看板が取り付けられたドアがあった。
千春はドアを開ける。先に入っていいと言われたので、俺は部屋に入る。
千春の部屋は、目立ってものが特にない普通の部屋だった。
「可愛い部屋を想像してだと思うんですけど、期待を裏切っちゃってすみませんねー。それじゃ、早速始めましょう」
千春ノートと教科書を開き、テーブルに置く。
俺は千春の近くに座り、勉強を教えることにした。
一時間が経過すると、集中できなくなってきたのか、会話が増えた。
「少し休憩にするか」
俺がそう言うと、千春は腕を上に伸ばす。
そして、そのまま俺の方に倒れてきた。
あぐらをかいていた俺の太ももの部分を枕にするようにして寝転がってしまった。
「お、おい! 何してんだ!」
「いーじゃないですか。美咲先輩はいないですし」
「まさか、このために美咲を呼ばずに俺だけ……」
「正解です!」
千春は笑う。
千春の言う通り美咲はいないが、俺は千春を起こす。
「えー? いいじゃないですかー」
少し機嫌が悪くなる千春。
しかし、ダメなものはダメだ。
「美咲がいないからって、そんなことしていいわけないだろ」
「意地悪!」
「意地悪でも構わん。ほら、あと少ししたら始めるから、落ち着いて休んどけ」
千春にそう言うと、諦めてくれた。
数分後、休憩を終えて勉強を再開した。
「風峰先輩はどうして美咲先輩と付き合おうと思ったんですか?」
千春がそんなことを聞いてきた。
「なんでって、惚れたからだが……」
「ふーん……。じゃあ、美咲先輩と出会ってなかったら、先輩は誰も付き合ってなかったかもしれないんですね。もしそうだったら、私は……」
「俺と付き合うことになってたかもな」
「先輩、今から私と付き合う気は……」
「ない」
この前も同じようなことを言ってきたが、千春はなぜ諦めないのだろう。
「千春は諦めないのか? 俺は美咲と別れる気はないんだが……」
「諦めません!」
キッパリと言う。千春の表情を見る限り、嘘ではなさそうだ。
「先輩は気持ち悪いと思いますか? 振られても諦めない私のことを……?」
「そんなこと思ってないから安心してくれ。だけど……」
「だけど?」
「美咲のことは嫌いにならないでくれ。俺と付き合ってるから嫌いになっちゃうかもしれないから……」
「嫌いになんてなりません。だから、先輩も安心してください」
千春はにっこりと笑う。俺は安心した。
「話が長くなって勉強の邪魔になっちまったな。すまない」
「いえ、全然大丈夫です」
俺たちは話をやめた。
「風峰先輩! 今日はありがとうございました!」
とりあえず千春が苦手だという数学を教えて、勉強を終えた。
千春は腕を上に伸ばし、そのまま後ろに倒れる。
「よく頑張ったな」
「風峰先輩が教えてくれたので頑張っちゃいました……!」
千春は笑いながら言う。
「あ、そうだ。教えてくれた先輩にお礼です」
千春はそう言うと、四つん這いになり、こちらに近づいてきた。
そして、俺の足の上に乗るように寝転がった。
「さあどうぞ。今なら胸が触り放題……」
「どいてくれ」
俺は千春の後頭部に手を添え、千春の体を起こす。
「このまま触らせて、私の体でしか楽しめないようにしようとしたのに……!」
「触るか! あと、千春はもっと自分の体を大切にしろ。好きだからって他人にあまり体を触らせるな」
「先輩……私のことを気にしてくれてるんですね……! やっぱり大好きです!」
千春は、俺に抱きつく。
「は、離してくれっ!」
「嫌ですよー」
引き離そうとしても、なかなか離れてくれない。
千春が俺から離れてくれたのは十分後だった。
「もうやめてくれよ。いきなり抱きつくなんて」
十分以上抱きついてきた千春に注意をする。
「わかりました! あ、先輩に聞きたいことがあるんですけど……」
「なんだ?」
「先輩の誕生日を教えてもらえませんか?」
「七月十日だが……。急にそんなこと聞いてどうしたんだ?」
「好きな人の誕生日くらい知っておいた方がいいかなーと思って」
千春は笑う。
しばらく千春に色々質問され、それに答える時間が続いた。
「すまない、トイレ借りるぞ」
「あ、いいですよ」
トイレに行きたくなった俺は、千春の部屋から出た。
「先輩……携帯置いてってくれた……!」
千春は、風峰の携帯を手に取る。
画面にはパスワードの入力画面が映っている。
パスワードを入力しなければメールなどを見ることはできない。
しかし、千春は間違わずに入力することができた。
「よかったぁー。誕生日聞いといて」
千春が風峰に誕生日を聞いたのには二つ理由があった。
一つは、先ほど言ったように知りたかったから。
もう一つは、携帯のパスワードはおそらく誕生日だろうと思っていたから。
しかし、パスワードが予想できても、風峰をどこかに行かせ、更に風峰の携帯を自分が触れる状態にしないと試すことができない。
だから、千春は風峰が飲み物を飲み終わったらすぐに注いで、大量に飲み物を飲ませ、トイレに行くようにした。
そして、さっき風峰に携帯の壁紙を見せてくれと頼んだ。
その時に携帯をポケットから出させた。
その後、風峰は自分の携帯をポケットに入れず、テーブルの上に置いておいた。
そのおかげで、風峰は携帯を見ることができた。
「全部上手くいった……!」
千春は、風峰の携帯に届いたメールを見始めた。
すぐに戻ってくると思ったので、内容が気になるものだけ見ることにした。
届いたメールを見ていると、気になるメールがあった。
美咲からのメールだ。
千春は本文を見る。
「ふーん。そうだったんだぁ……。いいこと知っちゃったなぁー」
メールの内容は、風峰たちが美咲の家に集まった時のもの。
島原兄妹の記念パーティーをしようよ。
メールにはそう書かれていた。
「いいこと知っちゃったなー……」
夕食を食べ、風呂に入った千春は、布団の中に潜り込んだ。
弱みを握り、どうしようか考えているので、顔がニヤけている。
少し不気味な笑いをこぼし、千春は携帯を枕元に置いて寝た。
「風峰ー。疲れたー」
今日は金曜日。
疲れがたまっているのだろう。
「家までおんぶしてくれると嬉しいなー……」
「するわけないだろ」
「だよねー……えへへ……」
美咲は笑う。
俺たちは今、春花と秋葉が教室から出てくるのを待っている。
どうやら、授業が長引いているらしい。
「あっ、風峰先輩と美咲先輩!」
階段の方を見ると、千春がいた。
「何してるんですか?」
「春花と秋葉を待ってるんだ」
千春は教室を覗き込む。
「まだ時間かかりそうですねー……ここで少しお話でもしませんか?」
「別にいいぞ」
俺はそう答える。
「じゃあ……風峰先輩と美咲先輩はデートとかしないんですか?」
「しないってことはないが……。最近はあんまりしてないな」
「だから、明日は一緒に出かけるんだよねー」
明日は、美咲が行きたいと言っていたレストランに行くのだ。
「いいなぁ……」
千春は小声で言う。
少し悲しそうな顔をしている。
「だったら、一緒に行かない?」
美咲が千春に言う。
それを聞いた瞬間、千春に笑顔が戻る。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「起立!」
教室から聞こえてくる。
どうやら終わったようだ。
「じゃあ、集合場所とか集合時間についてはメールで送るね」
「はい!」
「すみません! 遅くなりました!」
「ごめんなさい……」
春花と秋葉が教室から出てきた。
俺たちは話を中断し、学校から出ることにした。
千春は暗い部屋で布団に入りながら笑っていた。
大好きな風峰と出かけに行けるのが嬉しいのだ。
千春はどんな感じで話すか、どういう行動をするかという内容のメモを、携帯のメモの機能を使い、入力し始めた。
今まで異性と話したことがほとんどない。
それどころか、同性ともあまり話したことがなかった。
だから、どんな感じで話せばいいかなどを考えておかないと混乱してしまうのだ。
「これでよしっと……」
千春は携帯を枕元に置く。
「できれば二人っきりで出かけたかったけどな……」
千春は美咲に嫉妬していた。
もし美咲がいなければ、考えていた。
大好きな風峰の隣にいるのが羨ましい。
そう思っていた。
「よしっ、と」
俺は支度を終え、家を出る。
家の前で美咲と千春が待っていた。
俺たちは早速美咲が行きたいと言っていたレストランに行くことにした。
「うーん……」
期待していたが、微妙だった。
不味くはないのだが、美味しいとも言えない。
「ごめん二人ともー!」
美咲は謝る。
「仕方ないですよ。初めて行ったんですから」
千春は言う。
このままでは微妙なものだけ食べて帰ることになってしまうと思った俺は辺りを見回した。
「じゃああそこに行こうぜ」
俺が指差したのはゲームセンターだった。
二人は俺が指差したゲームセンターを見る。
その時、千春の体がピクッと動いたような気がした。
「行きましょう!」
千春は突然俺の手を握った。
そして、そのままゲームセンターまで走った。
「私、あれやりたいです!」
千春は、隅っこにある格闘ゲームコーナーを指差した。
椅子に座り、ゲームを始める。
「お、これ懐かしいなー」
「あー、懐かしいねー」
「やったことあるんですか!?」
「ああ、昔にちょこっとな」
里奈先輩の家に同じゲームがあったので、一緒にやっていたのだ。
里奈先輩が強すぎて全く勝てなくてボコボコにされたことをよく覚えている。
「千春はこのゲームやったことあるのか?」
「まあ、少し……」
話していると、ゲームが始まった。
相手はコンピューターだ。
千春がキャラクターを選ぶとゲームが始まった。
俺と美咲は千春のプレイを見る。
千春は少しやったと言っていたが、嘘だろと思うほど強かった。
二試合連続で勝利、コンボも繋がっており、体力もほとんど減らなかった。
「……本当に少しか?」
「本当です! 家で百時間ちょっとやった程度です!」
千春の言う通り、百時間はやり込んでいる人にとっては少しだ。
「あっ、誰かが乱入してきました」
乱入とは、同じ店のプレイヤーが他のプレイヤーに挑戦することだ。
千春は今使ったキャラクターを選び、試合を開始する。
「……強い!」
相手プレイヤーはかなりの強敵だった。
だが、千春はなんとか一勝する。
「……なんか見たことある動きだな……」
「そうだね……」
千春は二回戦目で負けてしまったが、三回戦目で勝つことができた。
「まさか……!」
俺は千春と対戦した人を探す。
相手プレイヤーは千春の反対側にいた。
「里奈先輩! 美奈江先輩!」
「あれ、風峰くん何してんの?」
「あんたってゲーセンに来るのね」
どこかで見たことがある動きだと思ったら、里奈先輩が昔俺と美咲とやっていた時に見た動きだった。
里奈先輩に負けすぎて、記憶に残っていたのだ。
「え、まさかさっきの風峰くん? いつやり込んだの?」
「えっ、いや、やっていたのは俺じゃなくて……」
「風峰先輩、何してるんですか?」
千春がゲームの筐体から顔を出す。
「もしかして、あの子?」
美奈江先輩が言う。
「風峰先輩、知り合いですか?」
「ああ、一つ上の先輩の里奈先輩と美奈江先輩」
「どうもー」
里奈は手を振る。
「角見千春です! よろしくお願いします!」
千春は挨拶をし、里奈先輩の隣の席に座る。
「千春ちゃん強いんだねー」
「もしかして、さっきの対戦相手ですか?」
「そうだよー」
「私そのキャラクターあまり使ったことがないんですけど、操作難しくないですか?」
「慣れれば余裕だよー」
二人はゲームの話を始めた。
そして、里奈先輩と千春の格ゲートークが続いた。
「今日は楽しかったなー……」
ベッドに寝っ転がりながら千春は独り言を言い始めた。
「次会った時はどう言う話をしようかなー……。まずは普通におはようございますって話しかけて、風峰先輩からおはよう、千春って言われて……!」
頭の中でシミュレーションする千春。
そして、思いついた内容を携帯に入力していく。
ある程度考えると、千春は美咲のことを考え始めた。
「……あいつどうしよう。あいつのせいで、私は風峰先輩と付き合うことができない……。ムカつく……。今日だって、あいつのせいで美味しくないお店行くことになったし……あいつがいなければ、私はもっともっと楽しめたのに……」
考えれば考えるほど、イライラしてくる。
私と風峰先輩の前から消えてしまえばいいのに、と千春は思った。
今日はなんとか抑えることができたが、そのうち本人に言ってしまいそうなくらい、千春はイライラしていた。
イライラした千春は、美咲のことを忘れるために携帯に保存されている写真を整理し始めた。
画面をスクロールしていくと、メガネをかけたおとなしい少女の写真が画面に映った。
「……これ、消しちゃうか」
削除という文字を押し、写真を消す。
「さーて、寝よっかな……」
携帯を枕の隣に置き、立ち上がる。
部屋の電気を消し、布団に潜った。
「風峰先輩! おはようございます!」
後ろから声をかけられた。
「おっ、千春か。おはよう」
俺が返事をすると、千春はなんか嬉しそうな顔をした。
「何かいいことでもあったのか?」
「はい!」
千春がそう言ったので、俺は聞こうとしたが、千春は全く教えてくれない。
「そういえば、美咲先輩はどうしたんですか?」
千春は、美咲がいないことに気がついた。
基本的に一緒に登校しているのにいないと、気になるのだろう。
「美咲は体調が悪くて学校に来れないっぽいんだ」
「じゃあ、今日は学校まで先輩と二人っきりですね!」
千春は風峰の腕に抱きつく。
「おいよせ、恥ずかしいって」
俺は腕を引き抜こうとしたが、なかなか離してくれない。
「あっ、風峰ー、千春ちゃーん。おはよー!」
俺と千春は、声が聞こえた方向を向く。
そこには、今日は休むはずの美咲が立っていた。
「美咲? 今日は休むんじゃなかったのか?」
「休もうと思ったんだけど、なんか大丈夫そうだから来ちゃった」
俺と美咲が話していると、千春は俺の腕を離した。
「風峰先輩すみません! 今日用事があって早く登校しないといけないの忘れてました!」
「えっ、そうなのか?」
「はいっ! だから私、先に行ってますね!」
千春はそう言うと、走って学校に向かっていった。
「せっかく二人っきりになれたと思ったのに……! あの女……!」
千春は歯を食いしばりながら、どうすれば美咲が風峰から離れていくかを考える。
「あいつを追い込んで追い込んで、家から出られなくなるくらい追い込むか……。それとも変な噂を流して付き合えなくさせるとか……」
彼女の美咲先輩を引き離すには、最悪なことでもしなければならない。
しかし千春は大好きな風峰先輩と付き合うためにどうするか、数分ほど悩んだ。
「そうだ、いいこと思いついた。」
千春は、この前こっそり見た風峰の携帯のメールの内容を思い出す。
あのメールには、風峰と美咲が兄妹だということがわかる内容が書かれていた。
「あれを広めれば、美咲先輩は風峰先輩と付き合えなくなる……!」
千春は早速、どうやって噂を流すかを考え始めた。
用事があるといって千春が先に学校へ行ってしまったので、俺は美咲は二人で学校に向かった。
教室に入った時、数名にこちらを見られたような気がした。
だが、教室の扉を開けた時の音に反応したのだろうと思ったので、特に気にしなかった。
授業中、視線を感じた。
周りから見られているような気がする。
俺は何かしたか思い出そうとしてみたが、特に心当たりはない。
不安になった俺は、昼休みに美咲に相談してみることにした。
「なぁ美咲。相談があるんだけど……」
「風峰も? 実は、私もなんだけど……」
まさか、美咲も俺と同じで視線を感じるのかと思ったが、その予想は当たっていた。
美咲も俺と同じく視線を感じ、相談しようとしていたのだ。
俺は二人で原因を考えてみたが、やはり心当たりはない。
考えているうちに、時間はどんどん過ぎていく。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
俺と美咲はモヤモヤしたが、考えるのをやめて、次の授業の準備を始めた。
「視線……ですか……?」
俺と美咲は、帰りながら春花と秋葉に相談してみることにした。
千春にも帰りながら話を聞いてもらおうとして千春の教室まで行ったが、千春の友達によると先に帰ってしまったらしい。
「風峰先輩、気がつかないうちに何か問題でも起こしたんじゃないんですか?」
「気がつかないうちに起こす問題ってなんだよ」
「例えば……。手とかが女子生徒のお尻にぶつかっちゃって、変態だと思われたとか……」
「尻なんかにぶつかったら気がつくだろ?」
「確かにそうですよね……。特に風峰先輩ってお尻好きそうですし」
「今なんて言った転々…?」
「きゃー、美咲先輩助けてー」
棒読みでそう言いながら、秋葉は美咲の後ろに隠れる。
「でも……。秋葉ちゃんが言う通り、その可能性もあるんじゃないですか……?」
春花の言う通り、その可能性がないわけではない。
「でも、俺はそうだったとしても、美咲はどうなんだよ」
「えっ? 美咲先輩もですか?」
美咲の背後から顔だけ出して秋葉は言う。
「美咲先輩も……?」
春花は予想外だったのか、少し戸惑った。
「うん、そうなの……」
「美咲先輩もですか……。うーん……」
秋葉は原因を考え始めた。
「私も考えてみる……」
春花も秋葉に続いて考え始めた。
しかし、二人とも何も思いつかなかった。
それもそのはず。
美咲は、学校ではほとんどトラブルを起こさない。
だから、原因が思いつかないのだ。
結局、下校中に原因が思い浮かばなかった。
次の日、俺の家に来た美咲と学校に向かう。
今日の美咲は口数が少ない。
俺は、チラッと美咲の顔を見てみる。
美咲の顔を見ると、学校に行くのは嫌だと思っているように感じた。
おそらく、昨日感じた周りからの視線が怖いのだろう。
「美咲、学校に行きたくないのか?」
「えっ……。……そ、そんなことないよ」
明らかに今のは嘘だ。
俺は、嫌なら休んだらいいのではないかと提案したが、美咲は学校に行くことにした。
学校に着くと、同じクラスの友達、南 明音に会った。
「おはよう、明音」
俺は明音に挨拶をする。
「お、おはよう……。二人とも……。あ、私用事があるの思い出した……ごめんね……」
明音はそう言うと、早歩きで教室に向かっていった。
明らかに様子がおかしい。
「なんかおかしかったね……。いつもなら、おー、島原カップルじゃん。おはよー。って言うのに……」
「それに、なんか焦ってたよな」
もしかして、昨日の視線は気のせいではなかったのか。
俺たちが何かしたのではないか。
しかし、原因は未だにわからない。
俺と美咲は、とりあえず教室に向かうことにした。
「美咲、ちょっとトイレ行ってくるから先行ってくれ」
美咲にそう言い、俺はトイレに向かった。
トイレから出て、教室に向かう。
教室が今騒がしいのか、教室に近づくにつれて、聞こえている声が大きくなっていく。
何かあったのだろうか。
俺は教室に入ろうとした。
「みっ、美咲!?」
美咲は、教室に入ってすぐのところで座り込んでいた。
顔を下に向けたまま、一言も喋らない。
顔の前にある床は濡れていた。
泣いている。
俺は原因を探すために顔を上げる。
「は……?」
原因だと思われるものが見つかった。
それは、黒板に大きく書かれていた文字だ。
風峰と美咲は兄妹なのに付き合っている。
気持ち悪い。
やばいやつ。
俺と美咲を否定するような文が、黒板に書かれている。
昨日の視線も、今日の様子がおかしかった明音も、このことがバレたせいだ。
明音は、俺たちと一緒にいない方がいいと判断したのだろう。
なんでこのことが知られているのか。
「誰だ! こんなことをしたやつは!」
俺は、大声で言う。
すると、クラスメイトの一人が手を挙げた。
「じ、実は昨日……。私を含めた数人の机の中にこんな手紙が入ってて……。それで噂が広まっちゃって、誰かが書いたのかも……」
同じクラスの女子生徒から折りたたまれている手紙を受け取り、読んだ。
風峰と美咲は血が繋がっていて、兄妹なのに付き合っている。
こんな異常なやつらを放っておいていいのか?
手紙にはそう書かれていた。
誰がこの手紙を書いたかは書かれていなかった。
「誰だよ……。この手紙を書いたやつは……」
こんな内容の手紙を書けるのは、俺と美咲、春花、秋葉だけだ。
美咲の様子からして自分でこの手紙を書いたわけではなさそうだし、春花と秋葉がこんなことをするとは思えない。
手紙の犯人を考えたかったが、今はこの状況をどうにかしなければならない。
しかし、どうすればいいのか全くわからなかった。
おとなしく認めれば一時的にはどうにかなる。
だが、卒業までずっと色々言われながら過ごさないといけなくなる。
俺は悩んだ。
「ね、ねぇ。私はその……。兄妹で付き合っても悪くないと思うよ……?」
明音がそう言い、立ち上がる。
「確かにちょっとおかしいかもしれないけど……。でも、本当にお互いが好きなら、兄妹の壁なんてないと思う……。ま、まぁ、二人が本当に兄妹なのか知らないけど……」
明音の勇気ある言葉が周りを動かしたのか、明音に続いて俺たちをかばってくれる人たちが出てきた。
「みんな……」
美咲は泣きながら、みんなを見る。
「……俺は、美咲が好きだ。こんなことされても、俺の美咲のことが好きと言う気持ちは変わらない」
「私も、風峰のことが大好き!」
座り込んでいた美咲が立ち上がり、泣きながら俺に抱きつく。
俺は美咲の背中に手を当てた。
「……それでこそ、島原カップルだ」
明音は、拍手を送る。
明音の後に続いて発言してくれた人も、拍手を送る。
「ね、ねぇ。さっきあんな態度とっちゃって……ごめん……」
明音は俺と美咲に謝った。
「いいよ。仲間外れにされるのは怖いから仕方ないと思うし、私たちのことかばってくれたし」
美咲は言う。
「そ、そういえば実際どうなの? あそこに書いてあること……」
明音は黒板を指差した。
「え? あ、いや、違うぞ」
「あっ、そうなの? なーんだ」
明音はそう言うと、黒板に向かっていき、黒板の文字を消し始めた。
最初はどうなってしまうか焦ったが、明音のおかげで騒ぎは収まった。
しかし、犯人はまだ特定できていない。
俺と美咲は、これからまたこういうことが起こるかもしれないと思い、気をつけながら生活することにした。
明音が黒板を消している頃、千春は教室の前を通り過ぎるふりをして教室を少しだけのぞいた。
作戦がうまくいかなかったことに、千春は心の中で怒っていた。
学校が終わり、自分の部屋に入って荷物を置いた。
「なんで! 作戦は良かったはずなのに!」
手を握り、布団を殴る。
確かに、千春の作戦は明音さえいなければ成功していたかもしれない。
「だったら、今度は直接追い詰めてやる……。追い詰めて、精神をぶっ壊してやる……!」
千春は、再び手を握り、布団を殴った。
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