美奈江先輩

「やばい!遅刻だ!」


 寝坊をしてしまった俺は、急いで家を出る。

 学校まで走るのは辛いが、遅刻しない為には休まず走るしかないのだ。


「ハァ……ハァ……っ痛あ!」


「きゃっ!」


 急いでいた俺は、目の前にいた人とぶつかる。

 家が建っていて、その人の姿が見えなかったのだ。

 その人が見えた頃には遅かった。

 俺とその人は尻餅をついた。


「だ、大丈夫ですか⁉︎」


 俺はその人に声をかける。

 その人は、俺の学校と同じ制服だった。

 そして、俺は見てしまった。

 ピンク色のパンツを。


「大丈夫じゃないわよ!痛い……じゃない……」


 その人は、自分がパンツを見られたということに気がつく。


「きゃあああ!」


 女子生徒は俺の胸ぐらを掴み、体を揺する。


「見たわね⁉︎私のパンツを!」


「わざと見たわけじゃない!落ち着いてくれ!」


「パンツを見られて落ち着いてられる女の子がいると思うの⁉︎」


 揺する強さは段々増していった。

 だが、突然揺するのを止める。


「そうだ、こんなことしてる場合じゃない!あんた、同じ学校よね⁉︎クラスは⁉︎」


「二年二組です……」


「あんたにパンツを見られたこと、忘れないから!」


 そして、学校の方へ走って行った。


「ふう……酷い目にあったな……って、俺も急がねーと!」


 俺は、再び走り始めた。



 昼休み、俺は美咲と弁当を食べていた。


「そういえば、風峰が寝坊って珍しいよね」


「ああ、そうだな……」


「家に行ってドア叩いても起きないし、電話もしたけど出ないし……」


「昨日出た数学の課題あるだろ?あれやるの忘れてて気が付いた時には十二時で……」


「あー、あれ結構量あったもんねー……」


 弁当を食べながら美咲と話をしていると、教室のドアが開いた。

 俺の席はドアのすぐ近くで、ドアが開いたとすぐにわかるのだ。

 ドアが開いたことを気にしなかったが、突然肩を掴まれた。

 俺は、肩を掴んだ人を見る。


「あんた、私が来るって行ったのに呑気にお弁当なんか食べて……!」


 俺の肩を掴んだ人は、朝ぶつかった女子生徒だった。

 肩を握る力が段々強くなり、肩が痛い。

 ぶつかった後、学校に間に合うことだけを考えてたので、すっかり忘れていた。


「あんた、私のこと忘れてたでしょ?」


「は、はい……」


「こ、このおぉ!」


 俺の肩をさらに強く握る。


「痛い痛い!」


「風峰、この人誰……?なんか、怒ってるみたいだけど……」


「朝この人とぶつかって、まあ、色々あったんだ……痛い!」


「まあまあ落ち着いて、美奈江ちゃん」


 俺の教室にやってきた里奈先輩は、美奈江と呼ばれた女子生徒の腕を掴み、俺の方から離す。


「里奈先輩⁉︎この人と知り合いなんですか⁉︎」


「うん。同じクラスの美奈江ちゃん。私の友達だよ」


 まさか、この女子生徒が里奈先輩の友達だとは思わなかった。

 だが、これは許してもらうチャンスだ。


「里奈先輩。わざとぶつかったわけじゃないのにこんなに怒って……里奈先輩も何か言ってください!」


 俺は里奈先輩に助けを求めた。

 だが、里奈先輩は少し考えた。


「どうしようかなー。風峰くん、私に最近冷たいし、意地悪だしなー」


 里奈先輩はそう言う。

 顔が少し笑っていた。

 俺をいじって遊ぼうとしているのだろう。


「早く謝らないと、あんたは変態だって学校に広めるわよ!」


「なっ!」


 それはまずい。


「謝ったら、変態だって広めるのはこのクラスだけにしといてあげるわ」


 このクラスにだけ言っても、すぐにその情報は広まるだろう。

 どうにかして先輩に助けてもらわなければ。


「里奈先輩、お願いします……」


「えー?なんで私が風峰くんを助けないといけないのかなー?」


「俺の学校生活が終わります……お願いします……」


「……しょうがないなぁ」


 里奈先輩はそう言うと、美奈江と呼ばれる女子生徒の耳元で囁く。

 すると、女子生徒は目を大きくした。


「ダ、ダメよ!やめて!」


「じゃあ、風峰くんを許してあげて」


 里奈先輩は笑顔で言う。


「今回は許してあげる。だけど、次はないからね!」


 女子生徒は仕方なく謝ると、教室から出て行った。


「ありがとうございます、里奈先輩」


「どーいたしましてー。それじゃ、私も戻るね」


 里奈先輩は俺たちに手を振って、教室を出た。


「風峰、大変だったね……」


「ああ……」


 女子生徒が戻ったことにより、静かな昼休みが戻ってきた。

 俺と美咲は、再び弁当を食べ始めた。


 放課後、俺と美咲は家に帰ろうとした。

 そしたら、里奈先輩が教室に来て、途中まで一緒に帰ろうと言ってきたのだ。

 下校中、俺は気になっていたことを、里奈先輩に聞いた。


「里奈先輩、部活の朝練行ってますよね?」


「うん、行ってるね」


「それで、先輩受験生ですよね?しかも、今は十一月ですよね?なんで部活があるんですか?」


「あー、朝練って言ってたけど、部活の後輩の練習に付き合ってるだけだよ」


 なるほど。

 俺は納得した。


「あ、おーい!美奈江ちゃーん!」


 先輩は手を振りながら走って行く。

 美奈江、あの女子生徒だ。


「ごめん待った?」


「大丈夫よ。それより……」


 女子生徒は俺を指差す。


「なんでこいつがいるのよ!」


「なんでって、一緒に帰ってきたからだけど?……あ、そうだ!」


 里奈先輩は急に何かを思いついたらしい。


「私たちカラオケ行こうと思ってたんだけどさ、二人も行こうよ!私としては美奈江と仲良くなってもらいたいし。」


「お断りよ!」


「嫌です!」


 俺と女子生徒は速攻で断る。


「えー、行こうよー。風峰ー」


「そうだよ、一緒に行こうよ美奈江」


 俺と女子生徒は少し黙った。

 その後、仕方なく一緒にカラオケに行くことにした。


「よし、じゃあ行こう!ダブルデートだ!」


「はぁ⁉︎私と里奈は女同士よ⁉︎」


「冗談だって、ほら、行こう」


 里奈先輩は歩き出す。

 俺もそれに続いて歩き出した。



「……」


 俺は今カラオケに来ている。

 そして、美咲と里奈先輩が一緒にトイレに行ってから十五分。

 二人はまだ戻ってこなかった。

 女子生徒、美奈江先輩と二人きりで同じ部屋にいる。

 二人きりになってから俺たちは一言も言葉を発していない。


「……あのさ」


 急に声をかけられる。


「多分、あの二人は私とあんたが仲良くなって欲しいと思ってるから戻ってこないのよね?」


「まあ、そうだろうな」


「だからさ……お互い、朝のことは許さない……?正直、私もあんたとずっと仲悪いのは嫌だし……」


 顔を少し赤らめて、小さな声で言う。

 まさか、そんなことを考えていたなんて思わなかった。


「……見たことも許してくれるよな?」


「あれだってわざとじゃないだろうし……許すわ」


「……わかった。お互い謝ろう。見てすまなかった」


「私も、わざとじゃないのに怒って、しかも昼休み教室にまで行って追い詰めて……ごめんなさい」


 俺たちはお互い誤った。


「これでスッキリしたわね。なんか、歌いたくなってきちゃった。ほら、マイク」


「えっ、美奈江先輩⁉︎」


「さあ!歌うわよ!」


 美奈江先輩が次々に曲を選んでいく。

 俺も仕方なく歌う。

 美奈江先輩はテンションが上がったのか、歌いながら体を動かしている。

 その姿は、まるでアイドルのようだった。



「一緒に歌ってね……」


「なんか思ってたよりも仲良くなってるねー。美咲ちゃん、風峰くん取られちゃうんじゃない?」


 戻ってきた二人は、ドアに付いている細長い窓から室内を覗いていた。


「美奈江先輩、なんかテンションが上がってるっていうか……昼休みの時と違くないですか?」


「美奈江ちゃんは歌うの大好きだから、歌いだすとあんな感じになるんだよねー」


 そして、美奈江は椅子に登り、その上で踊り始めた。

 それを風峰がやめさせようとする。


「あっ、落ちた」


 美奈江はバランスを崩し、椅子から落ちる。

 美奈江は体を起こすと、美咲と里奈に気がつく。

 気づかれた二人は、部屋へ入っていった。

 


 メイド服を着た美奈江は携帯で自撮りをしていた。

 部屋には自分一人。

 美奈江の趣味はコスプレだ。

 家に誰もいない時は大体コスプレをして自分の写真を撮って楽しんでいる。

 この趣味を知っているのは里奈だけで、他の人は誰も知らない。

 コスプレが好きだとバレたくなかった美奈江は、とても仲のいい里奈以外にはこの趣味のことを話していないのだ。

 そして今日はこの後、里奈とたちが遊びに来る。

 美奈江はそろそろ着替えようとした。

 だが、インターホンが鳴った。


「美奈江ちゃーん。入るよー」


 ドアが開く音がした。


「えっ、ちょっと待って! まだ約束の三十分前よ!」


 階段を登る音が聞こえる。

 美奈江は急いで着替えようとした。

 しかし、履き慣れていないハイヒールを履いていた美奈江は、部屋で転んでしまった。


「痛い……」


 その時、部屋のドアが開いた。


「ごめーん、少し早く着ちゃっ……た……」


 美奈江は床に手をついて倒れていた。

 お尻はドアの方に向けられている。

 パンツは丸見えだ。


「……大丈夫?」


「どうしたんですか!……ってうわぁ!」


「風峰見ちゃダメ!」


 美咲が風峰の目を隠す。


「どうしたんですか……?」


「何があったんですか⁉︎」


 風峰と美咲の隣にいた春花と秋葉は美咲に聞く。


「ちょっと待っててね二人とも」


「最悪……!」


「美奈江ちゃん、ドア閉めるね……」


 部屋のドアを里奈が閉めると、美奈江は泣きながら着替え始めた。



 カラオケに行った日、美奈江先輩が遊びに来ないかと言った。

 友達でも後輩でも連れてきていいよと言ったので、春花と秋葉を連れてきた。

 そして、美奈江先輩の家に来て部屋を開けると、メイド服を着た美奈江先輩がこちらにお尻を向けて倒れていたのだ。

 もちろん、パンツは丸見えだった。

 俺は、二回も美奈江先輩のパンツを見てしまった。

 美奈江先輩が着替えたので、俺は部屋の中に入る。

 美奈江先輩は椅子に座っていた。

 だが、表情が暗い。


「バレた……コスプレ趣味が……しかもまたパンツも見られた……」


「まあまあ、みんな優しいからコスプレ趣味ぐらい受け入れてくれるって、ね?」


「は、はい!私は人の趣味を全然気にしないので!」


「俺も美咲と同じで気にしません!」


「……本当?」


 俺と美咲は、はいと答える。


「よかった……!」


 美奈江先輩の顔が明るくなる。


「それじゃあ、またパンツを見たことも許してあげるわ」


「え、風峰先輩。この先輩のパンツ二回も見たんですか?」


「風峰先輩、変態……」


「えっ、いや別に俺だって見たくて見たわけじゃねえよ!」


「風峰くん、その二人は?」


 美奈江先輩は春花と秋葉を見て言う。


「ああ、この二人は一年の春花と秋葉です」


 俺たちの後ろの方にいた二人は、美奈江先輩の前に来る。


「私は島原秋葉です……」


「私は島原秋葉です!」


 すると、美奈江先輩は考え始めた。


「島原……風峰くん。風峰くんの苗字も島原だよね?」


「はい」


「美咲ちゃんの苗字も……」


「島原です」


「……もしかして、兄妹?」


 まあ、言われるだろうと思っていた。

 俺は美奈江先輩に兄妹ではないと言う。


「本当?実はそう思ってるだけで血が繋がってるんじゃないの?検査とかした?」


「いや、してないですけど……」


「やっぱり兄妹なんじゃない?生き別れとかそんな感じで……」


 俺はどう言い訳するか考える。

 しかし、言い訳が思いつかない。


「美奈江先輩、私たちは兄妹じゃないですよ」


「美咲ちゃんが言うなら本当かもね。ま、私には四人が兄妹だろうがなかろうが関係ないから別にいいけど」


「待ってください。それじゃ、俺が嘘つきみたいになってるじゃないですか!」


「私のパンツを二回も見た男の話を信じろっていうの?」


「パンツは関係ないし、あれは見たくて見たんじゃないです!」


「ま、とにかくよかったね。コスプレ趣味を受け入れてもらえて。でも風峰くん。これで美奈江ちゃんに何か言われても助けてあげられないからね?」


 助けてあげられない。

 俺は里奈先輩に助けてもらった時のことを思い出す。

 確か、里奈先輩が美奈江先輩に何かを言ったら、美奈江先輩に見逃してもらえた。

 あれはコスプレ趣味をバラすとでも言ったのだろうか。


「それじゃあ、とりあえず何かしようよ」


 里奈先輩は言った。

 俺たちは何をするか考え始めた。


「やったね、私が一番」


 とりあえずみんなでできることを考えた結果、トランプで遊ぶことになった。

 一位が最下位に命令できるというルールでババ抜きを行ったら、里奈先輩が一位、秋葉が最下位になった。

 そして、里奈先輩は立ち上がると、美奈江先輩の部屋のクローゼットを開ける。


「じゃあ、秋葉ちゃんこれ着てねー」


 里奈先輩はクローゼットから白いスクール水着と猫耳を取り出す。


「ちょっとこれは恥ずかしすぎないですか⁉︎というか、なんでこんなものがここにあるんですか!」


 俺も同感だ。

 なぜそんなものがあるのか、俺も気になった。


「なんでって、美奈江ちゃんの趣味でしょ?」


 まあ、それしかないだろう。

 この部屋は美奈江先輩の部屋だ。

 クローゼットに入っているものは全て美奈江先輩のものである。


「最下位の人は一位の人に従うってルールだよねぇ?」


「うぅ……わかりました!着ますよ!」


「ということで、風峰くんは一旦退出ー」


 里奈先輩は俺の腕を掴み部屋の外へ連れ出す。

 そして、里奈先輩は部屋の中へ戻った。


「さあさあまずはそのスカートを脱いでー」


「えっ、ちょっと!自分で脱ぎます!」


「自分でスカート脱ぐのってあれですね。なんか変態みたいですね」


「私は変態じゃありません!」


 部屋の中から声が聞こえる。

 どうやら、本当に着替えるようだ。


「あら、パンツ可愛いわね」


「もちろん、パンツも脱いでねー」


「え、それは嫌……嫌ああぁぁ!」


 ドタン、という音が聞こえた。

 無理やり脱がされそうになって倒れたのだろうか。

 それからしばらくした後、里奈先輩が部屋のドアを開ける。

 俺は部屋に入る。

 部屋の真ん中には、白いスクール水着を着て頭に猫耳をつけた秋葉が座っていた。


「風峰先輩こっち見ないでください!」


「す、すまん!」


「それじゃ、ゲーム再開だね」


 俺たちは、再びババ抜きを再開した。


「私の勝ち……!」


 第二回戦は一位が春花、最下位が俺だ。


「風峰、なんか別に問題ないって顔してるね」


 春花のことだ。

 ひどいことは言わないだろう。


「それじゃあ……風峰先輩は今日だけ私のお兄ちゃん……!」


「え……?」


 春花は、今日だけ俺が春花のお兄ちゃんと言った。

 いや、実際は毎日春花のお兄ちゃんなんだが、とは言わない。


「え?俺がお兄ちゃん?」


「はい……いや、うん……風峰先輩……風峰お兄ちゃん……!」


 可愛い。

 とてつもなく可愛い。

 だが、そう思っていることをバレないようにする。

 春花は身長が高くない。

 可愛いと思ってしまったことがバレたららロリコンとか、シスコンと言われてしまうに違いない。


「風峰くん、可愛いって思ったよね?まさか、ロリコン……いや、今は春花ちゃんが風峰くんの妹だからシスコンかな?」


 バレた。

 俺は慌てて否定した。


「風峰お兄ちゃん……私のこと嫌い?」


 否定した俺に、春花は悲しそうな顔をして聞いてきた。


「いや、嫌いじゃないぞ……!」


「よかった……!」


 春花は笑顔になる。

 しかし、可愛いすぎる。

 これでは否定しても説得力がない。


「春花ちゃんに風峰は渡さないよ!」


 突然、美咲が俺の腕に抱きついてきた。


「風峰お兄ちゃん……!」


 春花は、反対側の腕に抱きつく。

 俺は今、妹二人に腕を抱きつかれている。


「モテモテだねぇ。それじゃ、次行くよ!」


 美咲と春花は俺の腕から離れる。

 そして、第三試合が始まった。

 七回戦目が終了したところで、ババ抜きは終了した。

 三回戦目は、美奈江先輩が秋葉にポーズを取ってもらって写真を撮った。

 四回戦目は、里奈先輩が美咲にメイド服を着せた。

 五回戦目は、美奈江先輩が美咲の写真を撮る。

 六回戦目は、秋葉が里奈先輩に写真を撮られた。

 七回戦目は、里奈先輩が美咲の動画を撮っていた。

 秋葉は考えが顔に出やすく、みんなの中で一番負けた。

 逆に里奈先輩と美奈江先輩は強かった。

 俺も二人の考えが読めず、負けそうになった。



 ババ抜き終了から五分が経過した。

 秋葉はまだスク水を脱がせてもらえず、先輩二人は写真を撮っていた。

 先輩二人のその様子は、まさに変態なおじさんだった。

 春花はまだ俺のことをお兄ちゃんと呼び続け、その後俺の膝で寝てしまった。

 美咲はメイド服を着た状態で俺の隣に座っている。

 時刻は午後の五時。

 俺はそろそろ帰ろうかなと思ったが、春花が起きてくれないので帰ることができない。


「ん……んぅ……風峰お兄ちゃん……好き……」


 春花は呟いた。

 目は閉じているので、おそらく寝言だろう。

 俺は、春花の頭を撫でた


「風峰お兄ちゃん……か……」


「風峰、お兄ちゃんって呼ばれて嬉しい?」


 美咲は小声で聞いてきた。


「嫌ではない」


「じゃあさ、私も呼んでいい?その、風峰お兄ちゃんって……」


「……ああ、いいぞ」


 呼んじゃダメなわけがない。

 美咲は俺の妹なんだから。


「風峰お兄ちゃん……はは、恥ずかしいね……」


 美咲は腕に抱きついてくる。

 俺は、美咲の頭を撫でた。


「なあ美咲、もし、本当に俺がお兄ちゃんだったらどうする?」


「……びっくりしちゃうな……あと、今まで隠してたってことになるんでしょ?」


「……本当だったらな」


「それって、私に嘘をついてたことになるんでしょ……?」


 美咲はそう言う。

 だったら、ずっとずっと美咲が俺の妹だということを隠さないといけないなと思った。


「でも、風峰が私のことずっと好きだったら、嘘ついてたこと許しちゃうかも……」


 だったら、本当のことを言ってしまった方がいいのか。

 しかし、人間というものはその時にならないとどういう判断をするかわからない。

 俺はどうすればいいのかわからなかった。



「ねぇ、風峰の家に泊まりに行っていい?」


下校中、美咲がそんなことを言い出した。


「また風峰と一緒に寝たいなーって思って……いい?」


家には父さんがいる。

美咲が父さんに会ったら、美咲は絶対に自己紹介をする。

そして、美咲が俺の妹だということがバレてしまうだろう。


「無理だ。すまん」


「ええっ! ……じゃあ、私の家でいいから! 一緒に寝て!」


「おい、外でそんなこと言うな!」


他の人に聞かれたら変な目で見られてしまう。

しかし、美咲は黙らない。

俺は、美咲の口を手で塞ぐ。


「わかった、わかったよ仕方がない。で、いつ行けばいい?」


「この後すぐ!」


「本気か?」


「うん!」


どうやら本気らしい。


「俺が寝る場所とかあるのか?」


「同じ布団でいいでしょ?」


これも本気で言っているらしい。

二人で同じ部屋に寝るだけでもあれなのに、布団も一緒。

それはかなりまずいんじゃないかと思った。


「なあ美咲、その……高校生である俺たちが同じ布団で寝るっていうのはどうなんだ……?」


「風峰なら私は別に気にしないよ。あ、でも襲ったらもちろん即警察に通報するからね。まあ、襲わないでしょ、風峰。それじゃあ、私の家に行こう!」


美咲は俺の腕を掴む。

そして、そのまま歩き出した。



結局、俺は美咲の家に泊まることになってしまった。

着替えは、タンスに入ってるものを適当に貸してくれるらしい。

そして夕食後、美咲は俺にお願いをしてきた。


「風峰……その、一緒にお風呂に入ってくれない……?」


今、とんでもないことを言ったような気がした。


「え? 今なんと……」


さっき聞いたことが間違えでありますようにと願いながら、俺は聞き返す。


「だから……一緒にお風呂……」


間違えではなかった。

今はっきりと言った。


「な、なんでだよ!」


「その……いいじゃん! 別に!」


「よくない! まずいだろそんなの!」


流石にこのお願いは聞けない。

俺は一人で脱衣所に向かった。



湯船に浸かって、温まっていた。

湯加減がちょうどよく、心地よい。

俺は寝そうになった。

その時、脱衣所に美咲が入ってきた。

脱衣所で何をしているのか、俺には分からなかった。

そしてなぜか、脱衣所のドアが開かれた。

そこには、バスタオルを巻いた美咲が立っていた。


「お邪魔しまーす……」


美咲は恥ずかしがりながら、風呂場に入ってくる。


「おい美咲! 何考えてるんだ! 早く出ろ!」


「私はこのまま入る! まずは体と頭洗うから風峰はこっち見ないで!」


美咲はバスタオルを取ろうとした。

俺は急いで目をそらした。



シャワーの音が聞こえる。

美咲は本当に俺と一緒に入るつもりだ。

目をそらしていると、美咲に肩を叩かれた。


「ねぇ風峰……髪の毛洗って……?」


「じ、自分で洗ってくれ!」


「お願い……風峰……」


俺は少し考えた。

その結果、髪の毛なら大丈夫なんじゃないか、ということで、洗ってあげることにした。

シャンプーを出して手に乗せる。

そして、美咲の髪を洗い始めた。

美咲の髪は黒くて長く、俺なんかが触ってもいいのかというくらい美しかった。


「もういいか?」


「うん、あと流したらリンスもお願い……」


俺は、言われた通りにした。

髪を洗った後、俺と美咲は二人で湯船に浸かった。

この前と同じように、背中を合わせて座っている。


「なあ美咲。どうして急に風呂に入ってきたんだ……?」


「……どんな理由でも私のこと引かない?」


「ああ」


「……甘えたかったの、風峰に。この前から風峰のことお兄ちゃんっぽいなって思うようになっちゃって、それで……」


この前というのは、美奈江先輩の家に行った時だろう。


「一緒にお風呂入って洗ってもらったり、一緒に寝たくなっちゃって……私って、気持ち悪いかな……」


「気持ち悪くなんかないぞ」


「本当……?」


「ああ。本当だ」


妹が兄に甘えるのは仕方がないはずだ。


「それじゃ、そろそろ出ようぜ」


「うん……それじゃ、風峰先に出て……」


「わかった」


俺は湯船から出て、体を拭いて風呂から出た。



 美咲が風呂から出た後、美咲はベッドに入る。

 美咲は、俺の寝るスペースを用意してくれた。


「風峰はここで寝て……」


 空いたスペースを手でポンポン叩く。

 俺は言われた通り、そこで寝ることにした。



 部屋の電気を消した。

 部屋は真っ暗で何も見えない。

 そして、とても静かだった。

 いや、静かではない。

 美咲の呼吸音が聞こえる。

 一緒に寝るのが恥ずかしいのか、美咲の呼吸が少し荒い。

 いきなり、美咲が腕に抱きついてきた。

 俺はドキッとした。

 腕なんていつも抱きつかれているはずなのに、なぜかいつもより緊張する。


「ねぇ、風峰……もし、私が妹だったらどうする……?」


 突然美咲がそんなことを聞いてきた。


「……美咲が妹だったら、俺は嬉しい」


 そう答えた。


「私、風峰の妹として生まれてきても良かったなーって思ってるんだ」


「なんでだ?」


「だって、風峰優しいじゃん。頼りになるし」


 そう言われると、素直に喜んでしまう。

 大好きな美咲からそう言われて、とても嬉しかった。


「俺も、美咲の兄として生まれても良かったかもしれないな」


「そう?へへ、嬉しい……」


 俺は思った。

 今なら本当のことを言ってもいいのではないか。


「美咲、話したいことがあるんだ……」


「ん?なに?」


「実は……」


 美咲は俺の妹なんだ。

 血も繋がっている。

 本当の妹なんだ。

 そう言いたかった。

 だが、言葉が出ない。

 言いたいのに、口が動いてくれない。

 嫌われるのを恐れている自分がいる。


「……すまん、なんでもない」


 言えなかった。

 本当のことを言う絶好のチャンスを逃してしまった。


「そう……それじゃ、おやすみ」


「……ああ、おやすみ……」


「……このまま腕に抱きついててもいい?」


「……別にいいぞ。それじゃあ、おやすみ」


 俺は美咲の頭を撫でる。

 美咲はフフッという声を出した。

 そして俺は、美咲の頭に手を置いたまま寝た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る