寝不足

 プールに行った次の日。

 俺は、あくびをしながら美咲の家に向かっていた。

 昨日家に着いたのは九時。

 それから晩御飯やお風呂に入ったので、寝る頃にはもう十時だった。

 それだけならまだいいが、バスの中で寝てしまったのでなかなか寝られず、夜中の二時まで起きてしまった。

 起きたのは七時。

 寝不足の俺は、美咲と一緒に学校に行くために美咲の家に向かって歩いていると、声が聞こえた。


「風峰くーん!」


 後ろから声が聞こえる。

 そして、こっちに近づいてくる足音。


「あ、里奈先輩。おはようございます」


 俺は先輩の方を向いて、挨拶をする。


「あれ? 目の下にクマができてるよ?寝不足?大丈夫?」


 里奈先輩は、俺の顔をじっと見る。

 里奈先輩、月宮里奈先輩は、俺が小学生の頃から仲がよく、今でも話したりしている。

 今俺の目の下にできたクマを気にするように、とても面倒見がいい先輩だ。

 里奈先輩は、いつもテニス部の朝練があるはずなのだが、この時間に会うということは、今日は朝練はないのだろう。


「で、風峰くんは美咲ちゃんのところに行くの?一緒に行っていい?」


「別にいいですよ」


「よし、それじゃあ行こう!」


 里奈先輩は、俺の手を握る。


「な、何ですか先輩⁉︎」


「昔、よく手を繋いでたじゃん」


「いや、でも……」


「さあ行こう!」


 俺と里奈先輩は、手を繋いだまま美咲の家に向かって歩き出した。



「あれー?返事がないなー?」


 里奈先輩は、美咲の部屋のドアをどんどん叩いたり、インターホンを連打したりした。

 しかし、美咲の返事はない。


「まさか、まだ寝てるのか……?」


「それじゃあ起こさないと!風峰くん、携帯出して!」


 俺は、言われた通り携帯を出す。

 電話しようと言うと思ったので、俺は美咲の携帯に電話をかける。


「まだ携帯出してしか言ってないのに美咲ちゃんに電話した……⁉︎まさか風峰くん、私の心を……」


「読めないです」


「もしかして、私のことが好きだから私の考えが読める……」


「そんなんじゃないです。」


「風峰くん……なんか冷たくない?」


 先輩はいつもこんな感じなので、いつもこんな感じの対応をしている。


「あっ、出た。もしもし、美咲」


「ふぁぁ……ん?何、どうしたの?モーニングコール?」


「まあそんなもんだ。それで美咲、今起きたのか?」


「うん、そうだけど……」


 美咲は再びあくびをする。

 おそらく美咲も夜遅くに寝たのだろう。


「早く起きないと遅刻するぞ。待っててやるから早く支度しろ」


「あ、じゃあ入っていいよ」


 足音が聞こえる。

 美咲が玄関に向かって走ってきているのだろう。

 そして、ドアが開く。

 そして、パジャマ姿の美咲が現れた。


「ごめんねー、昨日寝るの遅く……て……」


 美咲は下の方を見る。

 俺は、美咲の見ている場所を見る。


「あっ……」


 俺は、まだ里奈先輩と手を繋いだままだった。


「まさか……私振られた……!」


「いや違う!里奈先輩が無理やり……」


「風峰くん、いきなり優しくて面倒見のよくて胸の大きい先輩が好きだーって抱きついてきて……」


「先輩!嘘つかないでください!」


「風峰の裏切り者ー!」


「美咲も騙されるな!」


「……ま、嘘だってわかってるけどね。私は、風峰が嘘ついたり裏切ったりしないって信じてるから」


 美咲は俺が嘘をつかないと信じてくれているが、妹だということを隠してすまないと、心の中で謝った。


「それじゃ、入ってどうぞ」


「お邪魔しまーす」


 里奈先輩は、靴を脱いで奥へ入っていく。


「風峰もほら、早く」


「おう」


 俺も靴を脱ぎ、奥へ入っていった。

 美咲の家には現在、美咲しか住んでいない。

 美咲の親(俺の母親)は仕事が忙しくて、基本的に帰ってこないらしい。

 だから、このマンションの部屋に、美咲は一人で住んでいるのだ。


「着替えてくるから、それまでこれでも飲んでてー」


 と言って、美咲はココアを出した。


「おっ、ありがとな」


 俺は、ココアを飲む。

 里奈先輩も続いてココアを飲む。


「熱っ!」


 里奈先輩は、ココアの入ったコップを置き、口を抑える。


「あー……里奈先輩、猫舌でしたっけ……」


 里奈先輩は昔から熱いものが苦手で、熱いものは冷まさないと飲んだら食べたりできないらしい。

 里奈先輩は少し考えた後、こちらを見てきた。


「風峰くーん……ふーふー……」


「嫌です」


「酷いっ!」


 里奈先輩は、俺の制服の袖を掴んで、ゆらゆらと揺らす。


「どうせ美咲ちゃんにふーふーしてとか言われたらしちゃうんでしょ!私にはしてくれないくせに!」


「美咲は特別です!先輩は自分で冷ましてください!」


「なんでよ!じゃあ私が風峰くんの彼女だったら私もふーふーしてもらえるの⁉︎」


「彼女だったらいいですよ!まあ、先輩と付き合うことはないと思いますけどね!」


「なんか今日いつもより酷くない⁉︎風峰くん!」


 そんな感じで里奈先輩と話していると、制服に着替えた美咲がやってきた。


「美咲ちゃーん!」


 里奈先輩は美咲に抱きつく。


「風峰くんがいじめてくるー!」


「いや、いじめてないんだが……」


「もう、ダメだよ先輩いじめちゃ……」


 美咲は里奈先輩の頭を撫でながら言う。


「まあ、とりあえず学校行こうぜ?」


「そーだね。先輩、そろそろ離れてください」


「えー、もう少しだけ……」


 と言って、里奈先輩は美咲から離れない。


「もう……ダメですよ、離れてください」


「嫌だー」


 里奈先輩は更に強く抱きつく。

 俺は早く学校に行きたかったので、先輩の肩を掴んで引き離そうとする。


「先輩……!離れてください……!」


 俺は少し強めに引き離す。

 里奈先輩は諦めたのか、美咲から離れる。


「もう、朝から迷惑かけて……!」


 俺は先輩に向けて言う。


「いや、抱きついてたら離れたくなくなっちゃって……」


「仕方ないですね……ほら、早く行きますよ」


「はーい」


 先輩はカバンを持ち、玄関の方へ向かう。

 俺と美咲もそれに続いた。

 授業が終わり、俺と美咲は教室を出た。

 今日は秋葉が部屋に飾る雑貨を見たいと言っていて、一緒に行くことになった。

 二人の教室に向かうため、階段を降りていた。


「風峰くーん!美咲ちゃーん!今日部活ないから一緒に帰ろー!」


 後ろから声がかけられた。

 後ろを向くと、そこには里奈先輩が立っていた。


「今日用事があるんですけど、それでもいいならいいですよー!」


 美咲は返事をする。

 里奈先輩は階段を駆け下りて、こちらに来る。


「用事って何?」


「春花と秋葉……この前転校してきた一年生二人と仲良くなって、今日は部屋に飾る雑貨を見たいって言うので」


「私、その二人に会ったことないけど大丈夫かな?」


「大丈夫だと思います」


 別に問題ないだろうと思った俺は、里奈先輩も連れて行くことにした。



 二人の教室に向かうと、教室の入り口で二人が待っていた。

 秋葉は壁に寄っかかって、髪の毛を指にクルクル巻きつけながら、春花と話していた。

 春花は、秋葉の話を楽しそうに聞いていた。


「あ、来た!」


 秋葉がこちらに向かって走って来る。

 春花も秋葉を追いかけて、こちらに来る。


「あれ?誰ですか?」


 秋葉は里奈先輩の顔を見ながらいう。


「私は三年の月宮里奈だよ。風峰くんの浮気相手……」


 俺は、里奈先輩の首の後ろをがっしりと掴んだ。


「怖い!風峰くん怖い!離して!」


 先輩は俺に首の後ろを掴まれたままジタバタする。

 離してた言われたので、言われた通り首を離す。


「変な人……」


 春花が、そう呟いた。


「変な人じゃない!まともな人だよ!」


「春花ちゃん。この人は変な先輩だけど、悪い人じゃないから」


「美咲ちゃん⁉︎」


 この後、里奈先輩と春花と秋葉はちゃんと自己紹介をして、俺たちは近くのお店に向かった。

 学校の近くのスーパーにある雑貨屋に、俺たちはやってきた。

 可愛い小物や、わけのわからない置物など、色々な物が置いてあった。


「それじゃ、私はあっちを見てきます!先輩方、何かいいものがあったら教えてください!」


「私も行く……」


 そう言って、二人は行ってしまった。

 残された俺と美咲と里奈先輩は、二人の部屋に合いそうな物を探すことにした。

 色々見てみて良さそうと思ったものは、木でできた猫の置物、花柄の花瓶などだ。

 俺と美咲が探している時に里奈先輩は、昔の人が作ったような謎の形をした人形や、なんなのかわからないオブジェのようなものを持って来た。

 もちろん、戻してくださいと言って、元の場所に戻させる。

 しかし、里奈先輩はそれでもよくわからないものを持って来るので、俺は無視することにした。


「風峰くーん!なんか今日冷たいよー!」


「そんなことないです」


 俺は先輩の顔を見ずに言う。


「ほらー、冷たいよー!」


「里奈先輩、風峰は多分寝不足でイライラしてるんだと思います。だから、あまりしつこいと風峰怒りますよ?」


「あっ、そういえば寝不足だったね……」


 美咲に言われ、先輩は大人しくなった。

 それから、とりあえず良さそうなものを見つけ、春花と秋葉を呼んだ。

 二人は俺たちが選んだ物を気に入ったらしく、早速レジに持っていった。


「二人ともー。こんなのはどう?」


 里奈先輩は、先ほど俺たちに見せてきたよくわからないオブジェを見せる。


「な、なんですかそれ……?いらないです……」


「やっぱり、この先輩変な人……」


「変な人じゃないよー!」


 春花に変な人と言われ、こちらに戻ってきた先輩は美咲に抱きつく。


「よしよーし」


 美咲は、抱きついてきた先輩の頭を撫でる。

 先輩は次第に笑顔になっていった。

 いや、笑顔というよりにやけていると言ったほうがいいかもしれない。

 口からよだれを垂らしながら、うへへって声を出している。


「先輩、そろそろ離れてくださーい」


「もうちょっとだけ……」


「ここ、お店ですから。そろそろ離れないとお店の迷惑になっちゃいますよ……」


「はーい……」


 里奈先輩は、仕方なく離れた。

 持っていたテッシュで、よだれを拭く。


「買ってきましたー!」


「買ってきました……!」


 二人は、買った物が入ったビニール袋を持って、こちらに戻ってきた。


「先輩方、今日はありがとうございました!」


「ありがとうございました……!」


 二人は同時に頭をぺこりと下げる。


「それで、またお願いなんですけど……」


「ん?なんだ?」


「どこに飾ったらいいかわからないから、先輩方に決めて欲しいんです……」


 時刻は四時。

 俺はこのあと用事は特にない。

 美咲と里奈先輩も特に用事はないようなので、俺たちは二人の家に行くことにした。



 俺たちは、二人の家にやってきた。

 二人の家に来るのは、これが二回目だ。

 部屋は少し散らかっていたが、最初に来た時ほどではなかった。


「ははは!なんで本にブラジャー挟んであんのー⁉︎」


 里奈先輩は勝手に雑誌を開いてブラジャーを発見して笑っていた。


「いや、ページわかんなくなるので……」


「いやでも、普通ブラジャー挟まないでしょー。秋葉ちゃん、変な子ー」


「里奈先輩に言われたくないですよー!」


「なんだとー?」


 里奈先輩はいきなり立ち上がり、秋葉を後ろから抱き上げる。


「ちょっ、離してください!」


「だったらさっき言ったことを取り消せー。そして、自分は変な子だと認めるんだー」


「いーやーでーすー!」


 里奈先輩と秋葉は遊び始めてしまったので、俺は美咲と春花と一緒に、買った物を置くことにした。


「えーっと、まずはこの猫の置物を置こう」


 俺は良さそうな場所を探した。

 そんなに大きくないから、テレビの前に置くのがいいんじゃないかと思い、俺はテレビの前に置いた。


「次は花瓶だねー」


 美咲は花瓶を手に取り、部屋を見渡す。

 雑誌が収納されている棚を見つけた美咲は、その上に花瓶を置く。


「花も買ってくればよかったねー」


 そう言いながら、次の物を袋から取り出す。


「これはここがいいかなー……いや、こっちかなー……」


 美咲は悩み、良さそうな場所に置いて行く。

 そして三十分後、部屋には買って来た小物などが置かれ、少し明るくなったような気がした。


「いやー、よくなったねー」


 美咲はそう言いながら部屋を見渡す。


「先輩……ありがとうございます……」


 春花は、俺と美咲にお礼を言う。


「秋葉ちゃんも、先輩にお礼……」


 三十分間、里奈先輩と秋葉は遊んでいた。

 秋葉を抱っこしたことから始まり、なぜか腕相撲を開始したり、くすぐり合ったりしていた。


「先輩ありがとうございます!そしてごめんなさい!私、ずっと遊んでて……」


「いいよいいよ。気にしないで」


 美咲は、秋葉にそう言う。


「あっ、そうだ!そろそろ寒くなるかなーって思って、こたつを買ったんです!だから先輩方、こたつでのんびりしていってください!」


 秋葉は、部屋の端にあるダンボールを見る。

 二人はダンボールから折りたたみ式のテーブルと、布団を取り出した。

 俺たちはこたつの準備を手伝い、そして、部屋の真ん中にこたつを置いた。


「やったー!こたつだー!」


 里奈先輩がこたつの中に潜り込む。

 俺たちは普通にコタツに入る。

 すると、急に足の裏がくすぐったくなった。

 俺はこたつの中を覗く。

 予想通り、先輩が俺の足を指先でくすぐっていた。

 先輩はにやっと笑っていた。


「先輩……蹴りますよ……?」


「ごめんなさい!」


 先輩は謝り、俺の足をくすぐるのをやめた。

 そのかわり、美咲の足に抱きついた。


「ひゃあ!」


 美咲はびっくりして、こたつの中を覗き込む。


「柔らかい太もも抱き枕……」


「里奈先輩、気持ち悪いですよー!」


 美咲は足を引き抜こうとするが、里奈先輩は足をがっちり抑えていて離そうとしない。

 どうしても離れてくれないので、美咲は諦めた。

 そして、俺たちはこたつで温まっていた。

 俺たちは寝不足だったので、俺たちはこたつでぐっすり眠ってしまった。

 里奈先輩も美咲の足を抱いたまま眠ってしまった。

 起きた時は、もうすでに十時だった。

「やべっ、もうこんな時間か!」


 俺と春花は目が覚めた後、時間を確認した。

 時刻は十時だった。

 俺は急いでこたつから出た。


「あの……よかったら泊まっていきませんか……?」


 突然、春花がそんなことを言った。


「明日は土曜日なので、泊まっても問題ないと思いますが……」


「……いいのか?」


「はい……」


 泊めてもらえるなら嬉しいが、本当に大丈夫なのだろうか。

 俺は秋葉の肩をゆすり、秋葉を起こした。


「んぁ……?なんですか先輩……?私まだ眠りので眠らせてください……」


「もう十時だぞ、起きろ」


「えぇ……?そんなわけ……」


 秋葉は時計を見て時間を確認すると、少し開いていた目が大きく開いた。


「わあああ!私たち、そんなに寝てたんですか⁉︎」


「それで、春花が泊まっていかないかって言ってるんだが、お前はいいのか?」


「え?まあ、別に大丈夫ですよ」


 秋葉はあっさりオーケーする。

 俺は父さんに今日は泊まると連絡をした。

 そして、美咲と、こたつの中で美咲の足を抱いて寝ている里奈先輩を起こした。


「んー……?なぁにぃ、風峰ぇ……」


「もう少し寝かせてぇ……」


「時計を見てくれ」


「んんぅ……?……嘘⁉︎風峰、里奈先輩!早く帰ろ!」


「美咲先輩、もう夜なのでここに泊まっていかないかって話を今していたんですけど、美咲先輩はどうですか?」


「んー、泊めてもらえるなら嬉しいけど、本当にいいの?」


「大丈夫です……」


「それじゃ、泊まっちゃおうかな」


「わかりました!それで、里奈先輩は……」


 秋葉は里奈先輩にも聞こうとしたが、里奈先輩はこたつの中に戻って寝ていた。

 俺は里奈先輩の足を掴み、こたつから引きずり出した。

 里奈先輩に聞いたら泊まりたいと言ったので、俺たちは春花と秋葉の家に泊まることになった。



 俺と美咲は今、背中を合わせいる。

 なぜかというと、お互いを見ないようにするためだ。

 俺と美咲は一切喋らず、会話がない時間が続く。

 なぜこうなったのかというと、晩御飯とお風呂はどうするかと話していた時に、里奈先輩が言ったのだ。



「ご飯を用意するチームと先にお風呂入るチームに分けようよ。じゃ、風峰くんと美咲ちゃん先にお風呂ね。あ、早く済ませるために二人で一緒に入っちゃって。付き合ってるんだから、別に大丈夫でしょ」


「えっ⁉︎ちょっと、何行ってるんですか里奈先輩!」


「そうですよ!風峰とお風呂なんて恥ずかしいです!」


「いいからいいからー。早く入ってー」


 俺と美咲は反対したが、里奈先輩に無理やり脱衣所に連れていかれた。



 俺は美咲とお風呂に入っている途中、二人同時だと余計に遅くなることに気がついた。

 多分、里奈先輩がふざけて提案したのだろう。

 そして、俺たちはお互いを見ないように体を洗い、湯船に浸かっている。


「か……風峰……もうそろそろでない……?私、恥ずかしくておかしくなりそう……」


「あ、ああ。そうだな……じゃあ、俺が先に出るから目を閉じていてくれ」


「うん……」


 美咲にそう言い、俺は湯船から出る。

 タオルを取って体を拭き、着替えようとした。

 しかし、そこにあったのは、女性のパンツとスカート、引きこもり最高と書かれた半袖のシャツだった。


「里奈先輩……!」


 こんなことをするのは里奈先輩しかいない。

 俺は、里奈先輩のところへ向かって怒りたかった。

 だが、俺は今服を着ていない。

 あるのは腰に巻いているタオルだけだ。

 このままではあの三人のところへ行けない。


「風峰ー……まだ着替え終わらないの……?」


「あー、もう少し待ってくれ……」


 美咲にそう言い、俺は脱衣所のドアを少し開ける。


「春花ー!別の着替えってないのかー⁉︎」


「え……?私、風峰先輩が着ても大丈夫そうな服を選んだんですけど……別のがいいですか……?」


「多分、里奈先輩に服をすり替えられた。だから頼む」


「わかりました……」


 そして、俺はドアを閉めて春花を待つことにした。

 しばらくした後、足音が聞こえた。

 春花がこちらに着替えを持って着てくれるのだろう。

 しかし、そこで里奈先輩が邪魔をする。


「待って春花ちゃん!風峰くんに襲われちゃうよ!」


「誰が襲うか!」


「あ……えっと……」


「戻ってきて、春花ちゃん!」


「着替えを持ってきてくれ!」


「あああ……」


 おそらく、春花はどうすればいいのかわからなくなっているだろう。


「春花!頼む!」


「春花ちゃん!ダメ!」


「ああ、もう!春花、ドアの前に着替えを投げろ!」


「は、はい……!」


 俺はドアを少し開けて、着替えを回収する。

 着替えは長袖シャツと薄い半ズボン、長いズボンだった。

 半ズボンは、パンツがわりに使えということなのだろう。

 俺は着替えて、美咲を呼ぶ。


「美咲ー、いいぞー」


「遅いよー……」


「すまない、文句は里奈先輩に言ってくれ」


 俺は美咲にそう言い、脱衣所から出た。

「えーと……あんなことをして、本当にごめんなさい」


 里奈先輩は正座をした状態で俺に謝る。


「里奈先輩は俺と美咲が晩御飯を食べ終わるまで、そこで正座しててください」


「はい……」


 俺は着替えた後里奈先輩に正座をさせ、叱っていた。

 流石に反省しただろうと思っていた。

 しかし、俺の考えは甘かった。


「じゃあ春花、私とお風呂入ろ!」


「うん……!」


 二人は脱衣所に向かう。

 そして、二人が脱衣所に入ったその時。


「私も入る!」


「あっ、ちょっと!」


 里奈先輩は急に立ち上がり、脱衣所に駆け込む。

 俺は追いかけようとしたが、このまま脱衣所の扉を開けたら見てはいけないものを見てしまうと思い、追いかけるのを諦めた。


「はあ、全く反省してないな……」


「ま、まあとりあえずご飯食べよ、風峰……」


「あ、ああ」


 俺と美咲は、春花と秋葉と里奈先輩が用意してくれた晩御飯をテーブルに置く。

 メニューは肉が少し入った野菜炒めと、お湯を入れるだけで作れる味噌汁、レンジで温めるタイプのご飯だった。

 俺たちはいただきますをして、晩御飯を食べ始める。


「美味しいな」


 俺は手を止めずにむしゃむしゃ食べていく。

 美咲もお腹が空いていたのか、どんどん口に運んでいく。


「美咲、さっきからあんまり喋んないが、どうしたんだ?」


「えっ?な、なんでもないよ!」


「悩みでもあるのか?言ってみろよ」


「悩みじゃないんだけど……その……お風呂入ってた時のことなんだけど……恥ずかしすぎて頭から離れなくて……」


 俺は里奈先輩のことで忘れていたが、言われて思い出した。

 美咲の言う通り、あれは恥ずかしかった。


「とりあえずなるべくそのことを考えないようにすればいいんじゃないか?」


「努力はしてるけど……」


 美咲は顔を赤くする。


「ああ、ダメだー……離れない……」


「……なあ、美咲。一つ聞いていいか……?」


「何……?」


「俺と風呂に入るの嫌だったか……?嫌だったなら謝る……」


 美咲は少し考える。


「……嫌ではなかった……」


「……そうか……」


 そこで、会話が途切れた。

 そして晩御飯を食べ終わり、少ししたら三人が風呂から出てきた。


「いやー、いい湯だったよー」


 俺は立ち上がり里奈先輩のところへ無言で向かう。

 里奈先輩は逃げようとしたが、俺は肩を掴んだ。



「逃がしませんよ……!」


「ひぃぃ……!」


 里奈先輩を正座させた俺は、再び叱るのだった。



 春花と秋葉が用意してくれた布団を、こたつをどかして敷いた。

 春花と秋葉も俺たちと寝たいと言い、自分の部屋から布団を持ってきた。

 端から里奈先輩、秋葉、春花、俺、美咲という順番で布団に入る。

 春花と秋葉は同じ布団で寝るらしい。


「それじゃあ、電気消しますね」


 秋葉が部屋の電気を消す。

 俺はすぐに寝ようと思い、目を閉じた。

 数分後、体が重く感じた。

 俺は目を開けた。

 暗くてよく見えないが、美咲がそこにいることはわかった。

 美咲は俺の布団に潜り込んでいたのだ。


「な、なんで俺の上に乗っかってるんだ……?」


「あれ……⁉︎起きちゃった……?」


「なんで俺の上に乗ってるんだよ」


「それは……もっと風峰とくっつきたいなって……いつもそう思ってて、腕に抱きついてたんだけど……」


 そう言って、美咲は俺の体に顔をうずめる。

 俺はそっと美咲の頭を撫でる。


「少しだけならまあ……このままでもいいぞ……」


「本当……?嫌じゃない……?」


「ああ、嫌じゃない」


 当然だ。

 だって、美咲は俺の彼女であり、血の繋がった妹だ。

 嫌なわけがない。


「ありがとう、風峰……」


 美咲の鼓動が聞こえる。

 少し速い鼓動が、俺の体に伝わってくる。

 美咲が布団に潜り込んできてから二、三分経った。

 美咲は満足したのか、自分の布団に戻る。


「風峰……ありがとう……おやすみ……」


「ああ、おやすみ……」


 美咲におやすみと言った後、俺は目を閉じた。



「んー、トイレ……」


 トイレに行きたくなった里奈は、布団から出た。

 携帯で周りを照らしながらトイレに行った。

 トイレから戻って来た時に、四人が照らされた。

 里奈は、寝ている四人を携帯で撮った。

 風峰の腕には美咲が抱きついている。

 春花は風峰の布団に体が半分ほど入っていて、秋葉も春花の体に密着して寝ている。

 その様子は、仲のいい兄妹のようだった。


「そういえば、みんな苗字同じだよね。……まさかね……」


 里奈は、実はこの四人は兄妹なんじゃないかと思ったが、そんなことないだろうと思い、今の考えを頭の中から消す。

 そして、自分の布団に戻り、寝るのだった。

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