平日にプール

 春花と秋葉が転校してきてから二週間が経った。

 今日は学校創立記念日。

 俺たちは、室内市民プールに遊びに行くことになった。

 今は十月だが、まだやっているらしく、春花と秋葉が行きたいと言ったので、行くことになったのだ。



「わーい、プールだー!」


「プール……!」


 桜の花びらの模様がある水着を着た春花と、紅葉の模様がある水着を着た秋葉がプールに入る。

 今日は平日で、客がほとんどいなかった。


「いやー、ほとんど人がいないから貸切状態だねー風峰ー」


 美咲も水着に着替え、俺の横にやってきた。


「そうだな」


「よし!それじゃあ遊ぼう風峰!」


 美咲は俺の手を引く。

 そして、プールに入る。

 俺も美咲に続いて、プールに入った。


「ねぇねぇ、プールの中で鬼ごっこやろうよ!」


 美咲が提案する。


「いいですね!それじゃ、風峰先輩が鬼で!」


「まて、俺はやるって言って……」


「逃げろー!」


 三人は俺の話を聞かず、俺から逃げていった。


「人の話も聞かずに……!よし、こうなったら本気で追いかけてやる!」


 俺は三人を追いかける。

 追いかけていると、三人が二手に分かれた。

 春花と秋葉は一緒に逃げ、美咲は一人で逃げている。

 俺は、美咲を追いかける。

 春花と秋葉を狙ってもよかったが、水着の女の子にタッチするのが恥ずかしかった。

 美咲に触るのも恥ずかしいが、彼女だから二人に触るよりは恥ずかしくないだろうと思い、美咲を追いかけることにした。


「ちょっ、風峰速くない⁉︎」


 俺は、美咲を必死に追いかける。

 そして、タッチしようとした。

 しかし、その時に体のバランスを崩してしまった。

 俺の手は美咲の水着の紐を掴んでしまい、紐を引っ張ってしまう。


「きゃあ!」


 美咲の水着の紐は解けてしまい、水面に落ちる。

 美咲は胸を手で隠し、水着を拾い、水着を着直す。


「先輩……」


 秋葉が、ゴミを見るような目で俺のことを見ながら言う。


「ち、違うんだ!バランスを崩して……それで……!」


「風峰……」


「すまない美咲!本当にすまん!」


 俺は謝った。

 もしかしたら、許してくれないんじゃないかと思っていた。


「……まあ、いいよ。わざとじゃないんでしょ?」


 許してくれないと思っていたが、あっさり許してくれた。


「本当にごめ……」


「よし、それじゃあこのことは忘れて、鬼ごっこ再開!私が鬼だ!」


 美咲は突然そう言うと、俺を狙い、近づいてきた。


「風峰は私に捕まったら罰ゲームね!」


「えっ、なんだよそれ!」


 俺は、美咲から逃げる。


「まてまてー!」


 美咲は、俺のことを追いかける。


「風峰先輩と美咲先輩、仲良いね……」


「うん……」


 春花と秋葉は、俺と美咲のことを遠くから見て、そう言う。

 その後、罰ゲームが嫌だった俺は、鬼になった美咲に捕まらないように逃げ続けた。

「はぁー、疲れた……」


 美咲に追いかけられて、なんとか逃げ切れたが、疲れてしまったのでプールサイドで座って休んでいる。

 美咲はまだプールに入ったままで、二人と遊んでいる。

 俺はそれを眺めていた。



 俺がプールから出てから十分後。

 春花が、こちらに向かってきた。

 顔が少し白くなっている。


「おい、どうした春花」


「体……冷えちゃった……」


 春花はプールから出る。


「待ってろ!今、タオル持ってくる!」


 俺は、更衣室に戻り、ロッカーを開ける。

 タオルを取り出すと、走らないように、急いで春花の元に戻った。


「春花!」


 秋葉と美咲もプールから出て、春花のことを心配していた。

 俺は、春花にタオルを渡す。

 春花は俺からタオルを受け取り、かぶった。

 しかし、タオルだけでは体はすぐに温かくはならないだろう。


「美咲先輩!体が温まるいい案はないですか⁉︎」


「うーん……あ、いいこと思いついた!風峰が温めればいいんだよ!」


「俺が?」


「うん!風峰、プールで休んでたでしょ?だから、体が温かいと思うんだ」


 このプールは室内で、暖房で温かい。

 だから、美咲の言う通り、俺の体は温かいが、だからなんなんだと思った。


「風峰が、春花ちゃんをぎゅーって、抱きしめてあげればいいんだよ!」


「えっ⁉︎」


 俺が、春花を抱きしめる。

 美咲は今、そう言った。


「……本気で言ってんのか?」


「だって、それしかないじゃん!春花ちゃんのためだと思って!それに、私は別に風峰が春花ちゃんを抱きしめても気にしないから!」


「そう言っても、春花が……」


 俺は、春花の方を見る。


「……します」


「え?」


「私は大丈夫です……だから、お願いします……」


「お、おう……」


 俺は座る。

 春花が、こちらに近づいてくる。


「なあ美咲、後ろから抱きしめるのか?それとも前から……」


「どっちでもいいから早く春花ちゃんを温めてあげて!」


「風峰先輩!早く!」


「わ、わかったよ……」


 俺は、春花のことを前から抱きしめた。

 春花の体は冷たかった。


「温かい……」


 春花は、さらに俺の体に密着してきた。


「まて、春花!これ以上密着するな!」


「え……?」


 これ以上密着されたら、春花の胸が押し付けられることになる。

 だから、これ以上密着されないように言ったのだ。


「風峰!」


 突然、美咲が後ろから俺に抱きついてきた。


「いきなりなんだよ」


「なんか、春花ちゃん見てたら……」


 美咲は、俺のことを強く抱きしめる。


「離れろ!」


「嫌だよー」


 俺は美咲をどうにかしたかったが、春花を抱いているので抵抗できない。

 そして、その様子を見ていた秋葉が一言。


「……抱きしめなくても、温かい飲み物を飲ませればよかったんじゃ……」


「……確かに。よし、秋葉!温かい飲み物を買ってきてくれ!」


「わ、わかりました!」


 秋葉は、飲み物を買いに、更衣室の方へ向かう。

 俺は、春花を抱きしめるのをやめる。

 そして、美咲をどうにかしようとした。


「離れろ!」


「なんでー?」


「恥ずかしいだろ!」


「春花ちゃんに抱きつくのはいいのに、私に抱きつかれるのはダメなの?」


「さっきは仕方なくだ!」


「じゃあ、私と仕方なくだよー。風峰ー、温めてー」


 結局、美咲は離れてくれず、秋葉が戻ってくるまで、俺は美咲に抱きつかれたままだった。


「飲み物買ってきました!」


 秋葉がコーヒーを買ってきて、春花に飲ませる。


「ちょっと苦い……温かい……」


 コーヒーを飲み終わった頃には、春花の調子は良くなっていた。

 俺たちは安心した。


「またプールに入って体調悪くなってもあれだから、昼飯にするか」


 俺たちは一度着替え、休憩ついでに食べに行くことにした。



 一旦服に着替え、三人と合流する。

 ここのプールにはレストランがあるので、そこで食べることにした。


「注文は以上ですか?」


「はい、大丈夫です」


 美咲が言う。

 俺と美咲はハンバーグ、春花と秋葉はたらこスパゲッティを頼んだ。


「ねぇ、風峰のお父さんってどんな人なの?」


「どうして急に父さんのことを聞くんだ?」


「風峰のお父さんに会ったことないからどんな人かなーって。それに、彼女だから挨拶とかした方がいいかなって思った……」


「会うのはダメだ!」


 俺は大声でそう言う。


「ど、どうしたんですか風峰先輩!」


「あっ、えーっと……」


 大声でダメだといってしまったが、なんて言えばいいのか思いつかない。


「父さんは人見知りなんだよ!それも……ひどいくらい!」


 もちろん、父さんは人見知りなんかではない。

 だが、美咲が父さんと会ってはいけない。

 美咲と父さんが会ったら、絶対に美咲に妹だとバレてしまうから。


「そうなんだ。でも、やっぱり挨拶は大切だと思うんだけど……」


「無理だ!」


「風峰先輩……もしかしてなにか隠してる……?」


「隠し事……はっ、もしかして、風峰先輩のお父さんはヤクザ……」


「そんなわけないだろ!」


 俺は秋葉に突っ込む。


「何も隠してない、ただの人見知りで仕事がない時は人と会おうとしないんだ!だから、この話は終わりだ!」


 俺は、無理やり話を終わらせた。

 美咲と春花と秋葉は、俺の父さんの話はしない方がいいと思ったのか、これ以上俺の父さんについて話すことはなかった。

 その後、学校での出来事や、普段何してるかなどの話をしていたら、料理が置かれた。

 俺たちはいただきますをして、料理を食べ始める。


「あっ、飲み物なくなったから持ってくるね」


 料理と一緒にドリンクバーも注文したので、飲み物は飲み放題だ。

 美咲は席を立つ。

 その時、歩いてきた男にぶつかった。


「いってぇ!」


 軽くぶつかっただけなのに、男は腕を抑える。


「てめぇ……怪我したらどうするんだ!」


「えっ⁉︎今ので怪我なんてするわけ……」


「ああぁ⁉︎」


「ひっ!」


 美咲は、どうすればいいかわからなくなったのか、こちらに助けを求めてきた。


「どうしよう……」


「どうしようって言われてもな……美咲がぶつかったんだし、まずは謝れよ」


 美咲は男の方を向いた。


「すみません!」


 美咲は頭を下げて、ちゃんと謝った。


「あ?そんなんで許すと思ってんのか?」


 だが、男は許さなかった。

 ということは、軽くぶつかっただけなのに怪我したと言い、慰謝料を請求してくるタイプの人間だろう。


「風峰ー、助けてー」


 美咲は再びこちらを向いて、小声で助けを求める。


「そんなこと言ったって……」


「よく見たらお前可愛いな……ちょっと俺と一緒に来いよ!そうしたら許してやる!」


 男はいきなりそう言い、美咲の腕を握る。


「えっ、ちょっと待って!」


 しかし、男はそのまま美咲を連れて行こうとしている。


「美咲がぶつかったから美咲が悪い。だけど、美咲はちゃんと謝ったじゃないか!だから、美咲に手を出すのはやめろ!」


「黙れ!」


 男は美咲の腕を掴んだまま歩き始める。

 俺は男の腕を掴み、男を止めようとした。

 しかし、男の力は強く、振り払われてしまった。

 俺はバランスを崩し、床に倒れる。


「風峰先輩!」


 秋葉が俺に寄ってくる。

 春花もこちらに来て、二人で俺の体を起こしてくれた。


「いやぁ!やめて!」


 俺が倒れている間に、美咲と男が離れていく。

 流石にこれはマズイと思ったのか、店員が男に声をかける。


「お客様、店内で暴力は……」


「うるせぇ!」


 男のその一言で、店員は黙ってしまう。

 もう、俺がどうにかするしかない。

 俺は再び男に近づき、腕を掴む。


「止めろ!美咲に手を出すな!」


「しつけぇんだよ!」


 男は再び振り払おうとした。

 だが、俺は腕をがっちり掴みバランスを取ったので、床に倒れなかった。

 そして、俺は男の体を後ろに引っ張った。

 すると、男は後ろに倒れそうになり、美咲の腕を離す。


「美咲!今だ、こっちに来い!」


「風峰!」


 美咲は俺の後ろに避難する。


「ふざけんなよクソがぁ!」


 男は完全にキレた。

 だが、男は警備員に取り押さえられた。

 おそらく、店員が呼んだのだろう。


「た、助かった……」


 安心して、体の力が抜けた。


「風峰ー!怖かったよー!」


 美咲は俺の背中に抱きつく。


「多分もう大丈夫だ。安心しろ」


 俺は、美咲の頭を撫でる。

 すると、抱きつく力が強くなった。

 よっぽど怖かったのか、美咲の体は震えていた。


「風峰先輩、美咲先輩、怪我しなくてよかったですね!」


「風峰先輩と美咲先輩が無事でよかった……!」


「ああ、あいつがキレた時はどうなるかと思ったよ……」


 俺たちは、男が連れて行かれた後、席に座った。


「お客様、冷めてしまったお料理をお取り返します」


「ああいいよ。取り替えなくて」


 俺がそう言うと、店員は仕事に戻っていった。

 そして、もう一度いただきますをして、食べ始めた。


 夕方になり、俺たちは帰るためにバスに乗っていた。

 春花と秋葉は、疲れて寝てしまった。

 寄り添って寝ている姿は、仲がいい証だろう。


「二人とも寝ちゃったな」


「そうだねー」


 バスにはほとんど人が乗っていなかった。

 なので、後ろの広い座席に座ることができた。


「楽しかったけど、おじさんに絡まれて大変だったよねー」


「店員が警備員を呼んでくれてなかったら、あのまま美咲、大変だったな」


 美咲と話していると、バスが揺れた。

 その衝撃で、春花の体がこちらに倒れる。

 秋葉の体も、春花の体を追いかけるように倒れる。


「……風峰、起こしちゃダメだよ?」


「わ、わかってるって」


 恥ずかしいので起こしたかったが、美咲に起こすなと言われたので、我慢することにした。


「風峰と春花ちゃんと秋葉ちゃん、なんか兄妹みたいだね。仲良く三人で並んで、しかも、寄り添ってるし」


 みたいではなく本当の兄妹だが、口に出さない。

 美咲が、突然俺の方に倒れてきた。

 美咲の肩が、俺の肩に当たる。


「これで私も兄妹の仲間入りー、なーんて」


「……美咲は俺の妹じゃなくて、俺の彼女だろ?」


「ふふ、そーだね」


 俺たちが並んでる姿を見たら、兄妹だと思うだろう。

 それくらい、体を寄せ合って座っているのだから。


「それじゃ、風峰。着いたら起こして」


 美咲はそう言うと、目を閉じた。

 数分後、美咲は寝てしまった。

 起きているのは俺だけになった。

 着いたら起こそうと思っていたが、バスに入ってくる光が暖かくて、俺も寝てしまった。



「風峰ー!起こしてっていったじゃん!」


「ここどこー⁉︎」


「帰りたい……」


「すまん!俺も寝てしまった!」


 バスは、知らない場所まで来てしまった。

 その後、再びバスに乗って家に帰った。

 そして、家に帰る頃には、辺りは真っ暗になっていた。

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