第70話 中164日

 ピッチング・コーチに電話をかけ、今季限りで引退すると告げた。コーチはさして驚きもしなかった。

 そうだろう、四十四歳まで選手を続けられたことが、奇跡だったのだ。

「肩が治らないのか?」

 コーチは言った。

「それもある。でも、それだけじゃない」

「なんだよ、はっきりと言え。監督にも伝えなくちゃいけないし、マスコミの目もあるんだぞ。俺の立場も考えてくれよ」

「犬が死んだんだ」

「それは冗談なのか?」

「本気だよ」

「お前の家で犬を飼っていたなんて、聞いたことがないぜ」

「マスコミへのインタビューは、どうにかする。監督に伝えてくれればいい。とにかく、今季きりで終わりだ」

「まぁ、俺は構わないがね」

 どことなく嬉しそうにも聞こえた。被害妄想かもしれない。

「最後に一試合」

 私は言った。

「うん?」

「最後に一試合。先発の権利をくれ」

「そりゃ、ウチのチームはズタボロだ。ローテーションもまともに機能してない、その日暮らしのチームだよ。最下位がすでに決まっちまってるし。こっから全勝したって、最下位なんだぜ? もう笑うしかないよな」

「いいのか悪いのか、はっきり言ってくれよ」

「好きにしろってことさ。煮るなり焼くなり。一回でも投げてくれるやつがいるなら有難いくらいさ。俺から見たら、自殺志願者そのものだがね」

 私は、今日から六日後を登板日に指定した。いつもの中五日。(実際は、中164日だが)

 まったく、助かるね。

 上位争いをしているチームなら、こんなにすんなりはいかない。

 私は、テニスボールを強く握りしめた。

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