第69話 パートタイム・ソルジャーの幕引き

「どうして、いなくなっちゃったんだろう? 誰かに連れていかれたのかな? それとも、ぼくたちの家が気にいらなかったのかな?」

 監督の息子は呟いた。

 なぜ、犬は逃げ出したか。きっと護ることで得られるなにかなんて、存在しなかったんのだ。きっかけもなく、平凡な日常の蓄積で、それを悟ったんじゃないだろうか。

 私たちの生きる日常は、かつては戦場だった。(観念的、戦場だ)豊かさを求め、誰よりも働かなくてはいけなかった。誰よりも偉くならなくてはならなかった。

 だがある日、そうではなくなってしまった。

 豊かさが、ありふれた現実となった。

 そのうち人々は、目的を物置の奥にしまいこみ、理由もわからず争い、求め、競い続けるという怠惰へとのめりこんだ。

 私も、そうなってしまっている。

 境はどこにあったかはわからない。

 あるとしたら、200勝が目の前に迫った瞬間だ。

 老犬にも、この世が戦場ではないことがわかってしまったのだ。(そして、私にも)

 もう、護る必要はないのだと。

 犬の死は教えてくれた。

 私も幕を引くべきだと。

 皆、殺す相手を失い、殺すべきでない人間をやむなく処分する。

 そんなことは、もう終わりだ。

 戦争が終わった世界に、雇われ兵パートタイム・ソルジャーはもう必要ないのだから。

 なぁ、友よ?

 すまんが、あと少しだけ待ってくれないか?

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