第59話 プロ野球を変えるふたり
「あの日まで、あんな納得できる見逃しの三振をしたことがなかった。きみにバージンを捧げたんだ」
本当にホモ・セクシャルのケがあるんじゃないか?
「あの年、自らの本来のバッティング・フォームを禁じられていた。コーチがさ、言うんだよ。『基本に忠実に』ってね」
なるほど。
さすがにいいことを言う。
『基本に忠実に』か。
「ぼくだってね、鬼じゃない。一年目だし、コーチの顔を立ててやろうと思ったのさ。クラウチング・スタンスは胃が圧迫されて、しょっちゅう吐いちまったがね。本来なら3割3分は打てた計算だったけど、言われた通りのフォームを守っていたんだ」
「……それで?」
彼が言うと、負けおしみの様には聞こえなかった。
「でもね、君のボールを見ていたら、自分の実力を試してみたくなったんだよ。同年代の人間にまずライバルはいないと思っていたのに。三球目はね、きっとアウトコース低目いっぱいに、変化球が来るとわかっていたんだ。でも、バットは出さなかった」
そうだ。なぜ出さなかったか。ずっと聞きたかったんだ。
「要するにね、君の投げた球はあまりに理想通りで、完全だったんだ」
「……どういうことだ?」
「ベースの角をちろりと舐める、アウト・コースのスクリュー。ぼくはね、ずっとこんな球を打ってみたいと思っていたんだ。毎日毎日想像して、シコシコしていたくらい」
彼のマスターベーションを想像した。清潔で、薄気味悪かった。
「理想の女の子を前にするとさ、頭が真っ白になっちゃうだろう? だから、打てなかったんだ」
「……どう返事していいのかわからないな」
彼は照れもせずに、嬉しそうにしているだけだった。
「きみより、ぼくより、成績のいい選手は何人もいる。でもさ、真に野球に優しく、恋していたのは、ぼくときみだけなんだよ。特別なんだ」
「おだてるな。今はもう老いぼれさ。恋なんて言葉、似合わない」
「ぼくたちなら、変えられると思ったんだよ」
その言葉にドキリとした。
私たちは一体、何を変えられるんだろう?
純粋に楽しい野球にする?
まさか、野球界から忌まわしき数字を消すことができるんだろうか?
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