第58話 道を譲るような見逃し

 ダンシング・ドールが右の打席に立った。猫背クラウチング・スタンスで、バットの先で宙にくるくると円を描く。

 私は、キャッチャーの指示通り(ルーキーの私に、選択の余地もなく)インハイに直球を放った。

 見逃してストライク。二球目は同じ球でファウル。トントン拍子で追い詰めた。

 なんだ、あっさりしすぎているな。

「どうってことないじゃないか」と、私は胸中で勝ち誇っていた。かねがね、意地でも打ちとってやろうと決めていたのだ。当時の私にとってダンシング・ドールという選手は、ただの粋がった調子乗りにしか思えなかった。

 彼は一度ボックスを外すと、丸めた背を伸ばした。再び、打席に入った。

 構えを変えた。左足はつま先立ちになり、フラミンゴのように気高く凛と構えた。

 バッドをぴたりと止めた。柔らかな唇を緩め、私の肩のあたりを注視した。闘志が感じられない。バード・ウォッチングのような穏やかな呼吸。

 私はしめたと思い、キャッチャーのサインを無視してスクリューを投げた。

 アウトコースいっぱいのスクリュー。

 あの構えじゃあ、届かないだろう。

 ダンシング・ドールは見送った。紳士が、道を譲るように。

 美しく、どうしようもない三振。

 彼は悔しくもなさそうに首を傾げ、下がっていった。今にも過去にもあんな三振は見たことがない。

 タイミングが合わなかったのだろうか。

 そう自らに言い聞かせようとしたが、そうではないことは一目瞭然だった。

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