第50話 ウロボロス

 翌日、私は件の医者の所に向かった。

 古いアパートだ。医者が住んでいるようには到底思えない。手すりから階段から、あらゆるものが赤銅色に錆びついている。建物中が黴くさかった。部屋の住人が一人残らず眠っているんじゃないかと思うほど、静かだった。

 廊下には古い型の洗濯機が備え付けてあり、小太りの男が頭を突っ込み、足をばたつかせていた。

 どうやら、出れなくなっているらしい。私は腰のあたりを持ってやり、引っ張り上げた。

 男は、黒地に白いドットの入った女性物の下着を握っていた。

「あ、これはね、自分で穿く用……。あれ?」

 彼はこちらの顔をジロジロと見つめた。首を傾げ、胸ポケットから取り出した虫めがねで私を見つめた。

 口を広げて笑った。

「あらま、まさか今日来る患者さんってあんたです?」

 そいつはあろうことか、あのヤブ医者だった。彼は、丸っこい団子鼻をひくつかせた。

「あ、薬塗ってないでしょう? においでわかりますから」

 こいつからは逃れられないのだろうか?

 私は、すぐさま強制入院することになった。

 ピーナツバターは、すっかり取り上げられてしまった。我が相棒。

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