第40話 我々は

 劇場を出て、夜の大通りでタクシーを探した。浮かれた雰囲気の人々で賑わっていて、なかなか空車はない。

 私が車を探している最中も、息子はずっと、『ゴドーを待ちながら』について得意気に話していた。

 何を言っているのか、私にはわからない。

 ただただ、『ゴドー』という単語だけが、繰りかえし繰りかえし、聞こえてきた。

 ゴドー。

 ゴドー。

 ゴドー。

 それが私と、何の関係があるのだ?

 私だけでなく、ここを歩いているあらゆる人間にとってもきっと無関係だ。

 彼は、先ほどの映画に賛美を送った。

「脱構築した物語、すなわち物語として成立していない物語が、ぼくたちの日常を開放するんです」

「……そうなのか?」

「ぼくの考えでは、ゴドーの正体は、漠然とした『なにか』なんです。『郵便夫待ちながら~』は、恋した郵便夫を待っていたんじゃなくて、『なにTHINGか』を待っていたんですよ」

「『なにかTHING』? それじゃあ、何の考察にもなっていないように思えるけどな」

「『何か』と定めることは、要するに今現在、我々が持っている言葉では『郵便夫(ゴドー)』を。確実に『なにか』ではあるけど、なにかわからないんだ。百年、二百年、いや千年先、もしかしから、何かしらの言葉を持って、の前にいるかもしれない」

 私はすっかり鼻白み、「おぉ」と曖昧に相槌を打った。水かけ論は苦手だ。

「いえ、ぼくのこの考えさえ、無意味なのかもしれません。最も重要なのは、『ゴドー』ではなく、『待ちながら』何をすべきなのか……それも、無意味とわかりながら……」

「あれは空いてそうだな」

 ようやくタクシーを見つけた。何かをまだごちゃごちゃと言い続け、渋る息子を乗せた。深くため息をついた。

 とんだ子守だったな、まったく。

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