第41話 中年でも放っておいてほしい
タクシーを待っていた私の脇に、先ほどの喪服の男がやってきた。肩で息をしながら、にんまりと微笑んだ。
「はぁ、よかった。やっと追い付いたぜ」
「なんだ。さっきの話なら、もうたくさんだ」
どうしてみんな、こう押しつけがましいんだ?
私の願いは一つ。
そうっと、量販店で売れ残ったトースターみたいに、放っておいてほしいだけなんだ。
たったそれだけなのに。
肩を治して、200勝目を手に入れる。
それだけ。
だれにも迷惑をかけない。
「違うよ。思いだしたんだ。あんたプロレスラーじゃなくて、ベースボール・プレイヤーだろ? どうして思いだせなかったんだろ、あんた有名なのにな」
「別になんだって構わない。どうせ今すぐ帰るから」
「そう言うなよ。謝りたいんだ。心からさ」
「心から私を想うなら、放っておいてくれないか」
「あ、心配しなくても、あんな映画見てたなんて言いふらしたりしないよ。あんた、お堅いイメージだもんな」
そう言って男は、右肩に手をやった。右でよかった。
ひやりとさせるな。
「別にそういうつもりでやってない。勝手なイメージさ」
「ま、あの奥さんじゃあ大変だよ。わかるぜ。俺だって男だからな。テレビ越しにだって、あの女がやっかいだってのは……」
私は男を無視してタクシーを停め、素早く乗りこんだ。扉が閉まりかけたところで、男も割り込むように乗りこんできた。肩が触れるほど近くに座り、歯をむき出して笑った。
あの、すきっ歯で。
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