第32話 インスピレーションによる阻害

 幕が降り、再びブザーが鳴った。

 私の体は映画から解放されたことを、ひどく悦んでいるようだった。

 二本目の映画が始まった。

 私は席を立った。小便が随分とたまっていたのだ。

 監督の息子は小さく寝息をたて、眠っていた。あとの二本には興味がないらしい。歩こうとしたが、なかなか真っすぐ歩けなかった。

 足が痺れ、フラフラとするのだ。

 私は誘蛾灯に導かれる害虫のように、灯りを目指した。


 現在、私にはピンク映画の類を見る習慣がない。若い頃は人並み程度には見たものだが、結婚してからは見なくなった。別に妻に一途な愛を誓ったなどという美談ではない。

 新婚間もなく、私の持っていたポルノ・ビデオの全てを、彼女が『燃えるゴミ』の日に、全て捨ててしまったのだ。

 もちろん、何の断りもなく。

「くだらないものを見ないで」

 彼女は吐き捨てるように言った。私は勝手に処分したことに関しては腹を立てたが、彼女が嫉妬しているのだと思うと気後れした。 

 気持ちを受け入れるのはやぶさかではなかった。妻とは新婚だったし、むしろその感情を可愛く思える時期だったのだ。

 だが、捨てた理由は別にあるらしかった。

 妻は私が所持していたものに対し、「何のインスピレーションを与えない、性欲処理の道具でしかないわ」と批判した。

 私は「そりゃあそうだ」と答えた。

 なにせ、その映画の作られた目的がそうなのだから。

 インスピレーションは勃起を阻害する。

 彼女が言っているのは、ボールペンでの自慰行為と同じことだ。

 ボールペンに字を書く以外のはたらきを求めることが、見当違いなのだ。妻の言葉をかえせば、「インスピレーションを与える内容なら、所持してもよい(するべき)」ということでもあった。私が彼女に対し、疑問を持ち始めたのもこれがきっかけだったと思う。

 実際彼女は、私以上にポルノ・ビデオを持っていた。彼女は一番の『お気に入り』を私に見せた。そのビデオはパロディもので、タイトルは『かめあたま山』だ。(嫌な予感がするだろう?)。

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