第29話 『郵便夫を待ちながら~昼下がりの団地妻・淫・座・403号室~』

 彼が誘った映画は、ピンク映画だった。

 タイトルは、ありふれている上に、ひどく語呂の悪いものだった。

『郵便夫を待ちながら~昼下がりの団地妻・淫・座・403号室~』

 だとさ。


 オール・ナイトの三本立てのうちの一本だが、彼が興味を持ったのは、その作品だけらしい。

 彼いわく、これはサミュエル・ベケットという作家の『ゴドーを待ちながら』という演劇のパロディだという。

「そうかな。たまたま『待ちながら』ってつけたただけじゃないか?」

「いえ、絶対そうです」

 息子は確信を持って言い切った。彼はその演劇の大ファンで、関連作品は全て網羅するつもりだと豪語した。(ピンク映画だろうがなんだろうが、ということだろう)

「その『ゴドーを待ちながら』ってのは、一体どんな話なんだ?」

「待つんです」

「なにを?」

「『ゴドー』を」

「……それだけか?」

「その質問に意味はないですよ」

 私は嘆息した。

 若い頃ってのは、そういうのが楽しいんだよな?

 もうなんだっていいさ。

 第一、このピンク映画のタイトルが、この内気な青年をそこまで駆り立てるのは不思議で仕方がない。

 私からしたら、感想は一言しかないのだ。

「403号室? また数字か」、と。

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