第27話 蓋は開きかけたが、閉じてしまった

 監督の息子の部屋は、大学生の青年の部屋とは思えないほど整頓されていた。

 私が若い頃など、掃除機の電源の入れ方すら知らなかった。

 息子は前髪の隙間から私を見つめ、声にならない声で「……です」と自己紹介をした。

 まったく聞きとれなかったが、「よろしく」と握手を求めた。彼の握りかえしてきた手は、ひどく弱々しい。

 テーブルの上には、赤の入ったペーパー・テストが置いてあった。露骨に何かコメントを求めるような、妙な間が流れた。

 数枚の答案を見て、私は苦笑いをした。

 すべて、27点だったのだ。一般的に言ったらひどい点数だとしか言えないが、私は彼の意図をすぐに読みとった。


 《27》か。

 《27》は、私の背番号だ。


「まさかこれ全部、狙ってとった点数じゃないだろうな?」

 私は冗談めかしくだけた調子で尋ねた。息子はもじもじと恥じらいながら「はい」と答えた。

「これはやりすぎだよ。私を応援することと、テストでこの点を取ることは、まったく関係がないじゃないか。狙って点数が操作できるなら、本当はかなり優秀なんだろう?」

 息子は俯き、私とは目を合わせようとしなかった。彼はしばらく黙ったあと、ぽつりと呟いた。消え入りそうな声ではあったが、おそらくこう言ったのだ。

「テストの点なんてただの数字だよ。無意味だよ」

 それはある意味では正しいことだ。

 ありがちな意見ではあるが、

「テストの点数で人間の価値を決めるなんて馬鹿げている」

 そういうことだろう。

 彼が本当に数字を無意味だと考えているなら「27」という数字に拘ったこと自体、まったくの無意味だ。

 それから私を応援することも。野球を見ることも。

 野球自体も?

 野球なんて、数字がすべてだろう?

 点をいくら取ったか。プレートからホームベースまでの距離、打率、サインだって、指を何本立てるか、肘を何回触ったか、そんなことで決まる。

 数字だらけだ。いや、数字のみで組成されている。

 私たちは数字に縛られている。なのに、あるときは数字だけがすべてだといい、あるときは数字なんてどうでもいいと思う。そんなのはおかしい。

 いや、こんなことは考えても仕方がないことだ。


 蓋は開きかけたが、閉じてしまった。(何の?)


「とにかく、こんなことはもうやめたほうがいいんじゃないか」

 私は監督の息子に忠告をした。彼は、頷いた。わかってくれたとは思わない。

 私が出来ることは、こうして曖昧に注意をすることくらいだ。

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