第24話 コップいっぱいの歯

 若いってのは本当にうらやましい。

 願わくば、二十二歳の入団したての頃に戻りたい。そしてまた二十二年野球をやって、また戻るのだ。

 それくらい、私は野球が好きだ。(きっとこれからも)


 私は黙り込んだ。(口を開きながら、黙り込むのは不思議だ)

 さっさと治療して、家に帰ろう。

 ドリルで、私の左奥の歯を削っている。目を瞑り、想像した。


 テーブルの上に一本、でこぼこしてつるりとした歯が置いてある。

 きっと私の歯だ。よくわからないが、そんな気がする。だが、よそよそしさもある。まるで他人の歯のように。

 もし、たくさんの歯がコップにすりきり一杯入っていたら、その中から自分のものを見つけ出すことができるだろうか?

 テーブル上の歯は、上っ面が黒くなっている。そこを、ふりふりと腰を振り、まるぽちゃが歩いている。

 米粒サイズの小さなまるぽちゃ。

 体に似合わない尖ったピンヒールを履いている。彼女が歩くたびに、鉄琴を叩くような音がした。遅れて、私の奥歯にも神経にくる痛みが走る。

 彼女は水たまりを駆けるように、少女の軽いステップで舞ったダンス

 昇天イク寸前の痛み。

 あぁ、夢みたいに。

 ときどき、まるぽちゃが「はぁ、はぁ」と喘ぐ。あの体型じゃあ、体に堪えるだろう。

 私だってそうだ。

 まるぽちゃは、例の甘い声で「はぁ、はぁ」と息をつく。私も自然と同じように呼吸をする。呼吸がぴたりと重なって、一人の呼吸みたいになった。


 私は眠っていたらしい。歯科医に肩を叩かれて目覚めた。右の肩だ。左の肩なら、怒鳴ってしまったかもしれない。

 家に帰ってシャワーを浴びた。いまわしき軟膏のにおいが鼻に残っていた。

 時計を見た。正午を回ったあたりだった。

 これから、大切な約束があるのだ。

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