第23話 夢を見ることは、悪いことだろうか?

 うがいをしている間も、彼女のことばかり見ていた。

 かわいらしい三段腹。

 彼女の作業が終わると、歯科医の男が入ってきた。彼はベースボール・マニアで、選手の噛み合わせをナイターを見ながら研究している。男は、私が現在属するチームのファンだった。最も歴史が古く、最も偉大で最も優勝から遠く、最も傲慢な監督を持つチームだ。

 男は、優しい声で私に話しかける。

「今シーズンは調子が良さそうじゃないですか。やっぱり貴方のようなベテランが入ると、チームもしまりますね」

 おべっかかもしれないが、気分は悪くない。

「まだシーズンも序盤だからわからんよ。まぁ、どうにか最下位は脱出できるといいがね」

 ケガをしていることは言わなかった。一月もあれば全快すると思っていたのだ。

「若手の……なんて言いましたっけね」

「さぁ」

 彼が言いたいのはきっと、『ゴールデン・ルーキー』のSのことだろう。

「さぁってことはないでしょう。そうだ、Sです。いい球を投げるじゃないですか」

「そうかね」

「それに、なんといっても堂々としたマウンドさばきです。あの若さでキャッチャーのサインに首を振るのは、なかなか度胸がいるでしょう?」

「いやいや、まったく。あいつはまだまだだよ。あの調子でやっていけるほど、野球はそんなに甘くない。謙虚さがないし、自分に夢を見すぎだ」

 私はそう即座に否定してから、「……いや、まぁ、でもな。よくやってる方だな。少しくらい、生意気チーキィな方がいい」と言葉を濁した。

 これでは若さに嫉妬している醜い中年になってしまう。私がなりたくなかった大人。

 自分に夢を見ることは悪いことだろうか?

 それはわからない。私だって夢を見ていたはずだ。

「夢は見るでしょう、まだルーキーですから」

 夢を見ることは、悪いことだろうか?

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