第20話 十四歳

 私はピーナツバター・ジャンキーだ。特に強くストレスを感じた時は、一瓶食べてしまうこともある。十四歳のときからだ。

 私はかつて、にきびにひどく悩む少年だった。主に鼻の周辺に集中し、醜く赤く腫れていた。患部をピクリと動かすだけで痛んだ。

 鏡を見るのが憂鬱で仕方なかった。

 女の子とは喋れなくなった。

 大きなにきびが爆発する夢をよく見た。

 誰もが、私のにきびを注視しているような気さえした。

 にきびが私の世界のすべてだったのだ。

 にきび中心に地球がまわっていた。

 そんな考えはおくびに出さないように過ごしていたつもりだったが、どうやら周りには見え見えだったらしい。

 ある友人は(肌がつるつるとしていたが、歯並びの悪い、醜いげっ歯類のような顔立ちだった。私は、大嫌いだった)「カイワレ社のピーナツバターを食べろ」と勧めてきたのだ。

 カイワレ社のピーナツの油は良質で、にきびによくきくのだと。(今でも真偽のほどはまったくもって不明だが)そいつのことは嫌いだったが、たしかにこの時期の男子にしては珍しく、にきび一つ見られない。

 聞く価値はありそうだった。三日で一瓶のペースでピーナツバターを食べた。二か月で体重が8キロも増えたが、にきびは見る見るうちに無くなっていった。

 思いもよらない特効薬だった。いうなれば、ポテン・ヒットのサヨナラ安打。


 その習慣が今でも続いている。

 決して、ピーナツバターが食べたいのではない。

 食べるのをやめるのが、恐ろしいのだ。

 あのとき、鏡の前を早足で駆け抜けた頃の私が蘇ってきてしまう気がした。三十年経ってもなお、不安だった。

 にきびが治った現在も、私はアクネ菌に脳を犯されてしまっているのだ。まるで、宇宙人に脳をいじくられたトイされたように。

 以前人間ドッグに行ったときは「胃の粘膜が薄茶色に汚れている」とも言われたこともある。

 きっとピーナツ・バターが、私をカメラインベーダーから守ろうとしてくれていたのだ。

 絆さえ感じた。妻より深く、濃い絆だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る