第15話/ハイヒールを履いたムカデ
天地がひっくり返った感覚だった。私は震える声で言葉をかえす。
「なに、インコースを意識させてやろうと思ったんだよ。攻めた結果さ。スクリューは、まだ生きている」
肩がずきずきと痛んだ。すっぽ抜けのボールを投げてからだ。こんな痛みは、かつて味わったことがない。
「別に生きてるとか、死んでるとか、そういう話じゃない。別にまったく使うなとは言ってないよ。ウイニングショットに使うなっていっているんだ。今の投球は、バカの一つ覚えだよ。ストレート、スライダー、カーブでカウントを稼いで『伝家の宝刀』で一丁上がり。笑わせるぜ、完全にお山の大将だよ」
「ふざけるな。ちゃんとキャッチャーのリード通り投げている」
「お前がベテランだってんで、気を遣っているのさ。若手の捕手たちはみんなそうしている。お前がスクリューを投げたがっているのが丸わかりなんだよ。俺はそのことで度々相談されてるんだ」
「そんなこと……」
「実際、ツーストライク後のスクリュー以外のサインには、一度は首を振るだろう? もっかい言うぜ? ヨボヨボの転校生に気を遣ってるんだよ。やり方が古臭いし、合理的じゃないんだ。ここは戦場だぜ?」
コーチは言った。
ひどく高圧的な調子で。
周りから億劫がられたり、煙たがられていること自体はどうでもよかった。
気になるのは、一つ。スクリューのことだけだった。
スクリューを、カウント稼ぎに使えというのか?
「バカを言わないでくれ!」
生まれて初めて声を荒らげた。無意識だった。それまでの私は、高級冷蔵庫のように大人しかったのだ。
ストレートの衰えを感じたときの数倍、数百倍、焦りと腹立ちを覚えた。脊柱を、ハイヒールを履いたムカデが無遠慮に走った。
コーチは手で口元を覆い、「新しくチェンジアップを覚えてみろ。スクリューに似た軌道で落ちるが、けがのリスクも少ない。ストレートに回転が近いから、シメだけじゃなく、カウント球としてもバツグン。使い勝手がいいぞ。お前の衰えたストレートも、160キロに見えるさ」と得意気にうそぶいた。
こいつは、かつての私の同期だ。
200勝は程遠い時点で、肘を壊して引退した。
そうだ。
自分が果たせなかった200勝をされるのが怖いんだ!
私からスクリューを奪うつもりなんだ!
そうして叫びたかったが、喉が詰まって声が出なかった。目の前が真っ暗になった。膝をついた。涙が溢れ、喉の奥が妬けるように熱い。
コーチは驚き、私の背をさすった。
私は、知らない間に嘔吐していたのだ。
昨日食べたポーク・ジンジャーや、消化されてないイカのくんせいなんかが散らばり、小さな濁った海を作った。
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