第16話/チ/ェ/ン/ジ/ア/ッ/プ(分裂する言葉)
あぁ、神聖なマウンドを、穢してしまったのだ。
ストレートの死がインポテンツなら、スクリューの喪失は去勢だ。
スクリューは私にとって母国語だった。チェンジアップは、宇宙の言葉だった。
チ/ェ/ン/ジ/ア/ッ/プ。
全ての文字が独立し、意味を持たない音の暗号の集合にさえ思えた。
しかし、気に食う/食わない関係なく、チェンジアップの練習をすることはなかった。
その試合で、完全に肩を痛めてしまっていたのだ。
熱は抜けず、肩の中でゴム風船が膨らんだり萎んだりを繰りかえしているようだった。
私の後にローテーションを受け継いだのは、ゴールデン・ルーキーと呼ばれるピッチャ―のSだ。次世代エース候補として期待されていた。女受けのいい、甘いマスクをしていた。
なるほど。なかなかハンサムだ。
私が抱いた感想はそれだけだ。投手としては、ただの一流。指摘する点もないが、学ぶところもない。
彼は初登板で、1点ビハインド、7回表ツーアウト・満塁でリリーフ登板した。カーブ一球で打者をショートゴロに打ち取り、火消しに成功した。
7回裏に逆転し、代打を出されたSはそのままマウンドを降りた。
一球で勝利投手となった。
あんなのションベンカーブだ。バッターが、アンモニアの臭いに目をやられただけでさ。
翌日、Sが新聞の一面を飾った。
それをきっかけにSは再びスターダムを駆け上がった。
『一球で決めた!』
『新時代の幕開けだ』
『酔っぱらいよ、さらば』
……か。
どこかの三流新聞は、穴に入った私にSが土をかけ(私は皺だらけで老けこんでいて)、十字架をつきたてる風刺漫画を載せた。
ふざけている。
私は球界において老人ではあっても、小便の切れは悪くない。
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