第139話 出会いと別れは突然に
結局、千人のヨーグモスの人達には奴隷紋は施さないことにした。
なんだか縛り付ける人生を送らせるのは可哀想だし、シシリーも、
「奴隷と言っても直ぐに解放するから紋章を刻むのは面倒臭いし何よりお金が勿体ない!」
と、言ってくれたのにあの皇帝陛下ったら、
「余は、許さんぞ!何かしらの足かせをしないと解放など許さない!」
とゴネている。
『アイツって本当に小さい男…』
と、呆れてしまう…俺が、
『大金貨百枚で奴隷紋を刻んで、解放にもお金かけて奴隷紋消すんだったらどうしよう…』
と、困っていると、
〈王よ、我らにお任せ下さい。!!〉
と、聞き覚えのある声が俺の頭に直接聞こえて、同時に刑場の溝から数千の闇の一族が…ワラワラと…湧いてくる。
俺は、久々の漏れイブハートが発動し、皇帝陛下に至っては…真っ白になって立ったまま気絶していた。
しかし、シシリーさんは、
「うわー沢山集まってどうしたんだろう?」
と笑顔で俺に聞いている…
『虫…平気なんだね…シシリーさん…』
と、感心する俺にシシリーさんは、
「ポルタ、喋れる子を呼び出してよ」
と、通訳の召喚をお願いするのだが、その間も千人の縛られた人や警備の兵士は、数千のアレに取り囲まれて、泡を吹いたり、ヘタリ込んだりと何とも気の毒な事になっていた。
シシリーのご希望通り、俺は通訳としてタンバを召喚したのだが、今度はタンバを見た皇帝陛下の側近が失禁する騒ぎになり、あちこちで多重事故が起こってしまっただけだった。
俺は大声で、
「落ち着いて下さい。
信じられないかも知れませんが、彼らはザックリ説明すると味方です」
と叫ぶ間もシシリーはタンバに通訳をさせて闇の一族とお話している。
ざわざわと落ち着かないまま、皇帝陛下は目覚めては気絶を繰り返し、何故か闇の一族はシシリーのスキルに眷属認定されて光りだす。
急に光りだした数千の闇の一族に、悲鳴を上げる人々…もう、地獄の様なカオスっぷりだ。
光りがおさまると、闇の一族はみな小型化して革靴程のサイズになり、詳細は解らないが進化した様子の闇の一族達は嬉しさを爆発させて、カサカサと走り回る…
そのあまりのビジュアルに俺も気絶しそうになった次の瞬間、その数千匹は一斉にチャプンと影に潜ったのだった。
G達はジェネリック・ガタ郎ともいえる能力を授かり、新生・闇の一族…通称Gジェネ軍団の誕生である。
もう、何か疲れた俺と見渡す限りの闇の一族が消えて、ようやく目覚めた皇帝陛下が、
「はっ、ここは?!」
と言っている。
もう、ツッコむ元気も無い俺は皇帝陛下に説明と提案をなんとか行い、そして闇の一族は監視役として旧ヨーグモス王国の皆さんをストーカーして、たまに皆さんのお宅にヨネスケする事で奴隷紋無しでの解放が決まった。
皇帝陛下はここにきて、
「可哀想じゃないかな?前もって現れる日にちを教えてやっては?」
と、急に擁護派閥になったのだが、
『陛下のせいで闇の一族が参戦したんですよ!…陛下のせいで!!』
と、心の中で抗議する俺だった。
しかも、皇帝陛下がゴネたから現れたGのリーダーの一匹を遂に従魔にする流れになりガングロと名付けると…何と彼は人型になったのだ。
ガングロはヒョロッとしたオッサンで、元が元だからか、誠実な性格だが…見た目は何か胡散臭い雰囲気の魔族になってしまったのだ。
これも俺の虫の王のスキルと、シシリーの魔王のスキルの効果の化学反応的な何からしいが…
現在はサジタリウスのタリウスと一緒に魔の森で魔王城勤務をお願いしている。
『とうとう闇の一族から正規従魔枠に入ってしまった…』
と、何とも言えない気持ちを抱えながらも俺は現在、各地を飛び回り、大量発生と聞けば現地の新米冒険者にお駄賃を握らせ狩り場を譲ってもらい、スライムや牙ネズミに角ウサギなど、数が稼げる奴をサタンサーベルの餌食に変えて、魂を集める狩りが終了すれば、獲物をギルドで買い取ってもらい、もらったお金で狩り場を譲ってくれた新米に中古の皮鎧や武器を買い与えてやるという脚長おじさん的な活動をしている。
俺の駆け出しの頃の悲惨さを思い出して、少しでも安全に稼げる様になれば…と思ってやっているのだが、大概毎回予算オーバーになってしまう。
しかし、あの新米達が野宿をする回数が一回でも減り少しでも強くなれるのであればそれでいい…
サタンサーベルを持ち各地を巡っているとサタンから色々な話も聞けて本当に楽しかった。
たとえば、異次元の話など未だに俺には理解できないが、サタンの話ではそこは時間や場所が自由に出来る世界らしいく、三次元の人間が二次元のマンガなどを好きな巻の好きなページが読める様に、彼らの世界では干渉したり監視出来る世界ならば、どの時代の如何なる場所のことも解るらしい。
それが異次元魔界らしい…
ただ凄いのは解るが結局よく解らない俺のリアクションがサタンの予想より悪かったのか、サタンは手を変え品を変え俺を楽しませようと、
〈では、主人よ、この話はどうだ?〉
と、彼が珍しく受肉して舞い降りた太古のこの世界で一緒に呼び出された悪魔達の話をしてくれた。
その中でも、シシリーさんの御先祖様にあたるベルゼブブさんとの話なのだが…
ベルゼブブさんは、元々はどこかの神様として崇められていたのだが、信者の国が他の宗派の国に負けて、いっぺんに邪教扱いになり元は違う神様なのに蝿の王などと呼ばれたのだそうだ。
しかし、邪神が落とされ集まるという異次元の魔界は、魂やイメージが大事な世界らしく、長い時間をかけてベルゼブブさんは見事に蝿の王になったらしい…そして、初めて受肉をして暫くしたベルゼブブさんはサタンに、
「サタン殿…私は蝿の王としての名前に魂が引っ張られて、蝿の翼などの身体的能力が備わりました…」
と言ってきたらしい…サタンがお悩み相談かと思いながらも、ベルゼブブさんの話を聞いていると、彼は、
「サタン殿は、蝿が掌で味が解るってご存じか?」
と寂しそうにサタンさんに語りだしたらしい、そして静かにベルゼブブさんは、
「摘まみ食いするにも、摘まんだだけで満足してしまうのです…」
と言ったあと、彼はニコリと微笑みサタンさんに、
「サタン殿…トイレでお尻を拭くときに手につく事って…あるよね…」
と言ったらしいのだ…
俺は、思わず、
「ネタ話かよ!」
と騒いだのだが、サタンは真面目なトーンで、
〈しかし、ベルゼブブの奴は、(あんまり嫌じゃなかった…)とだけ我に告げて遠い目をしておった…〉
と、シシリーさんの御先祖様の知りたくなかったお話をしてくれたのだった。
他にも、先代魔王の御先祖様のベルフェゴール様は受肉後に地獄のような便秘症を患い、四六時中便器に座っていて、終いには自分の錬金術工房のデスクの椅子をオマルにしてまで研究をして激しい威力の下剤を開発し、今度は下痢で四六時中便器に座っていたのだとか…
『おい、太古のオリジナル魔王様はウ◯コ関係の話題しかないのかよ!!』
と思う俺だったが、考えてみれば精神体なんて飯もトイレもしないだろうから、いきなり体を手に入れても大変だったのだろう…と納得はしてみたのだった。
サタンはそれからも肉体を持って四苦八苦した精神体の神様達のあるある?話を沢山してくれた。
そして、魔物狩りを続ける事、数ヶ月…それは、突然で呆気なかった。
大量発生したカエルの魔物を池の側で倒している最中にサタンサーベルが光りだして半透明のヤギの様な立派な角が特徴の二枚目な男性…魔王サタンが現れた。
サタンは、フワフワと宙に浮かびながら自分の手や足を確認し、
「おっ、これでようやくアバドンの野郎に制裁を加えれるぞ!じゃあな、ご主人様よ!!」
というと、空間を爪で引っ掻き裂け目にグニャリと消えた…
それは、本当に呆気ない別れだった。
何だか、俺は急に俺は寂しくなったが、しかし、これでいい…1つ問題が解決したのだから…
数ヶ月に及ぶ「魂集め」という、なんともアレな作業を終わらせて、ヨルドの街へと帰る俺の腰には、もう何も語りかけてはこないオリハルコン製のサーベルがぶら下がる。
少し鬱陶しかったが、居なけりゃ居ないで…やっぱり寂しいな…
とサーベルを軽く握りながら呟く俺は、帰る足が少し重く感じられた…しかし、これでサタンも奥さんの敵討ちが出来るのだから、めでたい事だと自分に言い聞かせて、館に帰り、気持ちを切り替える様に、
「さてと、これからどうするかな?」
と考えてみるが…
皇帝陛下から、今回のご褒美として国を貰う予定だが正直別に要らない…
しかし、重要ポストや働き手をゴッソリ失った旧ヨーグモス王国は、誰かが早急に復興しないと駄目なのも解る。
防衛戦とはいえ、あの国の皆さんを殺っちまった張本人は俺だ…罪滅ぼしは必要だろうな…
「よし、ヨーグモス王国の復興に…」
と思っていたら、シシリーに、
「結婚式が先っ!!」
と叱られた…確かに延期したままで、最近はサタンにかまけてばかりだし、デートしても良いムードになれば、
サタンが、
〈おっ、主人よ、チューですな…チューのタイミングですな!〉
と反応し、影のガタ郎に、
〈いま、良いところでやんす…新入りはもう少し我慢が必要でやんすよ。
こういうのは、チュウしている最中に軽く合いの手を入れるのが通でやんす〉
と、要らぬレクチャーをするので、デートも儘ならなかったのだ。
ルルさんやシェラからもよく解らない鋭い視線で、
『早く!』
と急かされる…
そんな目で見つめないで下さい…俺…泣いちゃうから…
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