第18話 熊退治とご褒美


偉そうなオッサンに案内された熊の寝床は果樹園の上の山肌の洞穴であり、山の裏へと日が傾くと暗くて対処が出来なくなる可能性もある。


時間としてはもうすぐ夕方…ここは一旦下の村に戻り俺とガタ郎は翌朝改めて熊退治を開始する事にした。


オーナーの家の離れを借りて1泊して、翌朝一番に討伐に向かう…


ガタ郎はオーナーから熊が引っ掻いて既に出ている樹液は好きなだけ舐めていいとの許可をもらったのだが、


〈ちゃんと仕事を済ませてから頂くでやんす〉


と、ガタ郎は仕事に対してプロの対応で熊退治に挑んでいる。


『なかなか筋の通ったクワガタである…』


と感心しながら坂道を上り、熊の巣穴を目指す。


今更であるが、


灰色熊グリズリーみたいなノリなのかな…黄色熊って…』


などと考えながらも巣穴に到着した俺達は、まずはガタ郎に偵察を頼むと、


〈任せるでやんすぅ~〉


と、ガタ郎は影から飛び出て、「ぶうぅぅぅん」と、飛んで行く…


『あぁ、飛ぶ姿はまだあれだな…苦手だな…』


と、頑張るガタ郎に向けて少し失礼な感想を抱きながら俺は静かにその背中を見送る。


ガタ郎をテイムしたが別に虫嫌いが治った訳ではない…

虫嫌いの俺がなんとかインセクトテイマースキルを使っていられるのは、ガタ郎が気づかい上手で俺の視界あまり入らない様に気を付けてくれていて、普段は影に潜ってくれるし、食事等も虫感が滲み出る行為は背を向けてくれたりしてくれている。


『流石に大丈夫な部類のクワガタといえど、足がカサカサ動き、口元がギヂギヂと動く食事風景は勘弁してほしい…』


そんな俺の気持ちを察してくれる出来るヤツだからこそ、虫だけど何とか一緒に居れるのだ。


暫くしてまた、「ぶうぅぅぅん」と飛びながら帰って来て影に潜るガタ郎であったのだが、彼は少し興奮気味に、


〈旦那様!中に二匹居たでやんすよ、多分ツガイでやんすね〉


と報告してくれた。


『リア充かぁ~、殺りづらいがこれもお仕事だ…』


と俺が決意するとガタ郎が、


〈どうしやす?アッシが忍び込んで一匹噛りやしょうか?

旦那様は巣穴から出て来たヤツをおねげぇしやす。〉


と提案してくれた。


俺は、剣と盾を構えて、


『ヨシ、それで行こう!』


と、心の中で返事をすると、ガタ郎は、


〈殺ってやりやすよ!〉


と再び影から飛び出し穴に消えた。


俺は穴の入り口横に陣取り出て来た所を狙い打ちする為に構える。


すると程無くして中から、


「ガァウォォォォ!」


と聞こえて、


巣穴からドッスン、ドッスンと暴れる音がする。


そして、「ドバァン!!」という破裂音と共に吹き飛ばされた俺…

何が何だか解らずユラユラと立ち上がり、プルプルッと頭を振り土を振り落とした後で巣穴の方を見ると、赤いTシャツを着忘れた様なリアルな黄色い熊が立ち上がり腕を振り回していた。


『あのプーさん、荒れているなぁ…』


と、馬鹿みたいな感想しか出ない俺であるが、巣穴の入り口は跡形もなくなり中の熊さんハウスが丸見え状態になっており、一匹は首もとから大量の血を流してグッタリしている。


『かなり中は広かったんだな。』


などと呆けていると残された一匹は完全に怒り狂い、


「ガァウォォオォォォォ!」


と巣穴で暴れ続けている。


そこでようやく俺は、


「いけない、加勢に行かなきゃ!!」


と、お仕事を思い出して熊さんハウスに殴り込みに向かう。


『まぁ、いきなり隣で寝ていたパートナーが血を吹き出して叫びながら倒れたら、パニックになるだろうが…ちょっと暴れ過ぎじゃないか?』


と、ボヤく俺の目の前には、見えない敵を切り刻もうと鋭い爪を振り回す黄色い熊がいる。


近づく事もためらわれる光景に一瞬怯むが、


「ヨシ!」


と覚悟を決めて突っ込む。


新たに現れた俺に標的を定めたヤツは立ち上がったままで殺人的なビンタを繰り出してきた。


俺は盾でガードなんかすれば腕ごと持って逝かれそうなビンタの間合いの外まで飛び退き、


魔鉱鉄の片手剣を握りしめ飛爪を発動させながらヤツのビンタを繰り出した腕目掛けて切り上げる。


おおよそ片手剣の間合いで無い距離からの一撃は黄色い熊の片手の肘から先を切り飛ばした。


「グルァァアゥゥゥゥ!」


と痛みに歪む熊の顔、しかし、血を流しながらも尚も追撃に迫る熊、


片手腕だけの攻撃では俺に届かないと、気がついた熊は倒れ込む様に口を開けて俺に噛みつこうとしてきた。


俺は、一旦体制を低くしてからフィジカルスキルを総動員して延び上がる様にヤツの首もとに渾身の飛爪の一撃を叩き込むと、魔鉱鉄製の片手剣の刃先がようやく熊の首元の少しフワフワした黄色い毛を数本ハラリと撫でた様に端からは見えたかもしれない…


しかし、


「ガッ」と小さく鳴いた熊の首がゆっくりとずれて、ゴトリと地面に落ち、次の瞬間に宙へと血飛沫が舞うのだった。


『勝てた…』


という安堵と共に、俺は相棒が見えない事に気がつく。


「ガタ郎!」


と俺が慌てて呼ぶと、首から血を流し既に倒れていた熊の影からチャポンとガタ郎が現れ、


〈いやぁ~、生きた心地がしなかったでやんす。

あのオス熊の野郎、アッシが影に潜るを見たら、壁を壊して影を消そうとしたんでやんすよ…ホントに危なかったでやんす〉


と、やれやれと言った感じで、ガタ郎は俺の影にチャプンと潜ったのだった。


俺は首から血を流した熊と、首を切り飛ばされた熊の死体をマジックバッグに詰めて、依頼主に報告する為に下の村を目指す。


『ふー、ひと仕事終わった後のこの坂道は地味にキツいな…それに頭から血飛沫を被ったから体を洗いたい…あれじゃないか?若干ニチャニチャするのはあのプーの夫婦が甘い蜂蜜ばかり食べてたから血糖値でも高いんじゃないのか??』


などと思いながら、俺はオーナーの家に向かい果樹園の坂を下っていると、いきなり


〈忘れてたでやんす!〉


と叫びながら影から飛び出したガタ郎は、その勢いのまま果樹園の木にしがみつき、


〈レぇロ、レロレロレロっ〉


と、自分へのご褒美に樹液を舐め初めた。


俺は坂を下るのを止めて、道の端に腰をおろし一休みしてながら、


「ガタ郎、ユックリ舐めて良いよぉ~」


というと、


〈了解でやんすぅ~〉


と聞こえてきた。


『10メートルほど離れても念話出来るんだね…』


と、どうでもいい事に感心していると、黒い影の塊がウニョウニョと形を変えながら空から俺の元へと飛んでくる…


「なんだあれ?」


と見上げる俺はすぐにあの黒い塊の正体に気がついた…


『ヤバイ!』


という感想と共に全身に寒気が走り回る…そう、大量の蜂が群れで飛来したのだ。


『糞っ、連戦か!』


と剣に手をかけようとすると、


〈王よ、我らに敵意は御座いません。〉


と先頭の一際デカイ蜂が頭を下げながら語りかけてきた。


…しかし、蜂は見た目とか抜きで怖いし嫌いなんだけど…


おーい、ガタ郎さぁーん、一旦レロレロを止めて帰ってきてぇ~…

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