第7話 ボス部屋にて…
9階層の遺跡エリアで狩りをする事3日…現在俺はボスの順番待ちをしながら10階層のボス部屋前で野宿している。
ボス部屋に入る順番を守るのは冒険者として当然のルールで、そのボス部屋自体にもルールがあるらしく、まず、ボスが居る間は入り口の扉が閉まっている。
扉を開けて冒険者が中に入ると鍵が閉まり、そして、討伐すれば自動で扉が開き6時間そのままになって、ボスがリポップすれば扉が自動で閉まる仕組みだ。
冒険者が入った後に鍵だけ開いて扉が開かない場合は、それはつまり冒険者の全滅を意味する。
そういう仕組みだと俺の前で順番待ちをしている普段は葡萄農家のDランク冒険者のおっさんが暇潰しがてら俺に教えてくれた。
『ご丁寧に有り難うございます…』
しかし、すぐに話す話題も尽きて半日待った…
やっと2つ前の駆け出しパーティーのボス部屋チャレンジの番になり俺と同じくらいの男の子三人のヤンチャそうなパーティーだが、
「お先に失礼します!」
と礼儀正しい子供達だった。
重そうな扉を押して三人が中に入っていくと、自動で扉が閉まり、ガチャンと鍵が掛かる。
ひとつ前の冒険者のおっさんが、
「扉まで開きますように…」
と小声で祈っていた。
『そうか、鍵だけ開けば全滅だからな…』
と理解した俺も見たことのないこの世界の神に見よう見まねで祈りを捧げる。
ボーッと眺める事30分…ガチャンと鍵が開き、それに続いて扉がユックリと開き始めた。
ボス部屋の中には一人仲間の肩を借りているが、三人とも立っている。
そして、
「お先に上がらせて貰います!」
と一礼して、彼らは奥の転移陣部屋に移動してゆく…
おっさんは、
「気持ちのいい坊主達だったな…」
と呟き、俺が、
「そうですね…」
と応えたまま新たな順番待ちも無く、おっさんと俺の扉を眺めるだけの虚無な時間が続いた。
それから6時後に、ギィーっと音を発てながら扉が閉まり、おっさんが槍を担いで、
「ヨッコラショ。」
と言って立ち上がると俺の方を見て、
「もし、もしもだが鍵だけ開いたら…躊躇せずに飛び込めよ坊主…手傷を負ったボスが復活する前に…」
と言い残して一人で扉を開けて入って行った…
『おっさん…』
と心配する俺に振り向かないまま彼は片手をヒラヒラさせて…
すると自動でボス部屋の扉が閉まり続いてガチャンと鍵が閉まる。
そして三分ほどすると、急にガチャンと鍵が開いた。
『えっ、早すぎる!おっさん!!』
と、焦り立ち上がる俺だが、
ゴゴゴっと扉が開きだし中のおっさんが、
「ビックリした?…ねぇ、ビックリした?
死んだか!?って思ったでしょ。
俺、これやるために頑張って鍛えてるんだぞ。
じゃあ坊主〈走りキノコ〉も手に入ったし、早く帰って奥さんとイチャイチャすっからお先ぃ!」
と、また後ろ向きのまま片手をヒラヒラさせて帰って行った…
『趣味の悪い、粋な趣味だな…』
と、おっさんを見送ったあとは今度は俺一人でボーッと待つ時間が来てしまった。
砥石を出して、シャコシャコと片手剣を研ぎ、干し肉と乾パンで腹ごなしをしてセーフティーエリアの端っこでトイレも済ませたが…
時間が余りまくってしまい、また虚無る羽目になった。
ボーッとしていると扉がゆっくりと閉まり俺の番が来たことを知らせる…
若干、俺と同じ年頃の男の子が三人がかりで苦戦していた様子だったのが不安材料ではあるが…
「ヨシ!」
と気合いを入れて扉に向かう。
重い扉を開けるとだだっ広い空間の真ん中に一匹の牛が立っていた。
『まぁ、上の階層の猪の上位互換だな…』
と理解した俺はボス部屋の入り口から奴を分析してみた。
スピードとパワーは有るのは決定らしいが皮膚が固ければ詰むかもしれないな…やっべー、緊張してきた。
『勝てるかな?』
などと一人で考えながらも俺の背後の扉は既に鍵がかかり引き返せない状態である。
盾と剣を構えながらユックリと牛に向かう…
見えない白線でも有ったのか、在るところまで近づくと急にスイッチが入った様に後ろ足で大地を引っ掻き、エンジンでもフカす様に興奮するブラッドブルという赤い牛は大きさは軽バン程の感じであり、
4人乗りの軽自動車に、『轢き殺してやる!』っていうレベルで向かって来られるくらいの恐怖…
唯一の救いは、直線的な動きとコーナリングの下手さで、一回避けると二回目の攻撃まで間が空くので立て直す時間が取れる事ぐらいである。
そして、ボス戦という名の闘牛が始まったのだ。
『ギリギリでかわして、首筋に攻撃!気を付けるのは、角…』
と俺は作戦を立てて身構える。
そして、奴の一撃目が発動し、
「ブモォォォォ!」
と吠えた後に真っ直ぐに突進してくる。
『 早い!』
と、思った以上のスピードにビビり少し早めに回避をしてしまい、俺は安全に避ける事はできたが攻撃は出来ない距離まで移動してしまった。
そして、あと少し早く回避したならば、奴に軌道修正されそうだしジャストのタイミングで避ける必要があるが…そのジャストのタイミングが解らない…
そんな事を考えているとブラッドブルが壁際で止まり折り返してくるようだ。
数回地面を引っ掻き、
「ブモォォォォ!」
と再び突っ込んでくる。
俺はジャストのタイミングとやらを模索しながらヤツをかわして、あえて攻撃をせずに見送り止まって反転する距離を見計らう。
軽バンくらいの大きさの牛がフルスピードで走るのだ、制動距離がかなり有るはず…
ヤツは俺を轢き損ねた事を確認し停止して折り返す場所は俺から10メートル以上は離れている。
つまり、止まりたくても10メートルは制御不能で前進するだろうという答えにたどり着く。
俺は闘牛士の様な赤い布は持ち合わせて無いが大きな動きで奴の注意を引きながら移動する。
「やーい、モーモーちゃん!こっちだよぉ~、悔しかったらここまでお~いでぇ~!!」
と、騒ぐ俺を見て奴は鼻息を荒げている。
そして、俺に睨みを効かせて、『次こそは!』といった気迫で突進してくる。
さぁ、次が勝負だ!
奴が、某エナジードリンクのまわし者で無ければ、翼には授けられていないはず…
ヤツを惹き付けてからギリギリで回避する。
俺に集中していたヤツは俺の背後に壁が有ることに気がつかないようで、見事に角を壁に突き立てたうえで、頭を強打し壁にぶら下がりノックダウン状態になる。
俺はチャンスとばかりに頸動脈を目掛けて切り付けるとブラッドブルの赤黒い首もとが、その毛皮よりも鮮やかな紅に染まる。
『ほら、マジもんのブラッド色だ…』
と一瞬ほくそ笑んだ俺だが、痛みで目が覚めたヤツは壁から角を引き抜こうともがきはじめた。
「まずい!」
と焦り、首を切り付けた方の前足を可能な限り時間いっぱい攻撃した。
しかし、俺はすこし欲張り過ぎてしまい、壁から引っこ抜いたついでの勢いの奴の角の凪払いを食らってしまった。
咄嗟に盾でガードしたのだが余り効果はなくホームランにはならないが、かなりのクリーンヒットを食らってしまい飛ばされた。
肺の空気が押し出され、吸い込みたくても痛みで呼吸の仕方を一瞬忘れそうになる程パニくる俺にもヤツは攻撃の手を緩めない…
武器を握りしめユラユラと立ち上がる俺を目掛けて突進してきた。
『ヤバイよ、ヤバイよ!』
と焦るがどうやら許しては貰えない…
俺はフラフラしながらも奴をギリギリで飛び込む様に転がって避ける。
ヤツは轢き損ねた事に気がつきブレーキをかけるが、先ほど俺が最後っ屁に切り付けた片方の前足が、奴の左右のバランスを狂わしたのか止まる事が出来ずに横転してクラッシュした。
その間に俺はフラフラのままで立ち上がり、やっと吸える様になった酸素を取り込む為に深呼吸をしてから落ち着き直して武器を構える。
ブラッドブルもプルプルと立ち上がり、戦闘体制に入るが、血を流し過ぎたのかそのまま前のめりに倒れて、バシュンと音を立てて消えた…
「死に際まで前のめりとは、漢だねぇ…」
と呟き、俺はその場にヘタリこみ気休めの安いポーションを飲み干す。
そして奴の消えた場所に向かうと初めて見る拳より大きな魔石と立派な角がドロップしていたのだった。
『…終わった…』
と安心した瞬間に、俺はヘニャっと腰が抜けてしまった。
当分ボスは要らないかな…
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