三
「どうして一瞬で服作れちゃうのに、自分の手でぬってたの?」
絶対、あの服にちから使ってないと思ってた、と頬を膨らませながら言う少年に、魔女は口元のしわを濃くした。
「そらあ、あたしは仕立て屋だからねぇ」
馬車の荷台に置かれた貨幣袋を横目で見ながら、声をあげて魔女が笑う。
「それにねぇ」と、目を細める魔女を少年は見つめた。
「あれは言わば『嘘の服』だからね。嘘には本物を混ぜたほうが、より嘘の真実味が増すもんなのさ。まぁ、真実が嘘を上回れば、嘘のほうが目立っちまうがね」
ぽかんと見上げる少年に「わかんないかい?」と頬を緩めた。
「昔のあたしもわからなかったものさ」
魔女は、既に小さくなった屋敷を遠望する。
「だからそろそろ、粗い目から、ほつれちまうかもしれないねぇ」
目を弓なりに細めると、
※
「お父様。私、怖かったの。でも、今は何で怖かったのかわからない。お父様はいつも優しかった。だから結婚も私のためを思って決めて下さったのよね。私、やっと受け入れることができたわ」
娘は、窓を見つめ、遠くに走る馬車を眺めている。
その小さな背中を、娘の父親はじっと見つめた。
「知らない人、知らない土地に嫁ぐのは怖い。でも、これで、今までお父様が守ってきたこの家を、私の手で守ることができるの。それって……、それってとても幸せなことなんだわ」
窓硝子に映る娘は、うっとりと目を細めて心から幸せそうに見える。
その姿を見て、父親は拳を強く握りしめた。
「本当に――」
漏れ出た声を、とっさに片手で押さえる。声に釣られ、娘が父親のほうへ振り返った。
「無理、しなくていい」
口を覆いながらも、娘の顔を見れば溢れる声を抑えきれない。
娘は、眉をひくりと動かした後、
その喜びに満ちた娘の声が耳鳴りのように頭蓋に響き、真っ直ぐで無垢な瞳は男の目を焼き切るようで。男は、額から汗をじわりと
「本当に――、駄目なら言ってくれ……」
男は立っていられず、膝をついた。
娘が慌てて近づき、冷えた手を男の背中に優しく添え「大丈夫?」とにっこりほほ笑む。
「駄目だ、私が駄目だ――頼む」
胸を押さえ、娘に
「本当に――、本当のお前と話したい。本当のお前の気持ちが――」
男の後ろで陶器の割れる音が響く。
「奥様!」使用人が声を上げた。
「あなた……」
震える声が、静まる部屋に落ちる。
扉の前には、茶器が割れて散らばっていた。破片の中に、初老の女が呆然と立っている。こぼれ落ちた紅茶が、女の古めかしい服の裾にじわじわと染みこんでいく。
「その言葉……。私のときには、かけてくださらなかったのに……」
女の袖口から、ほつれた糸が一筋垂れていた。
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