寂れた集落を抜けるとすぐに、大きな門が現れた。

 馬車を見るなり、門番がすぐさま門扉もんぴを開いた。馬車は止まることなく、門をくぐり抜けていく。

 

 その門から先が「お客様」の館だと魔女は言うが、馬車がいくら走れども、肝心の館は姿を現さなかった。

 緑の木々が覆い尽くし、白や黄色の花を浮かべた池が見えたかと思うと、真っ赤な薔薇園が広がり――。整えられた美しい庭園が巡り巡るさまに、少年の目は窓の外へと釘付けになった。

 

「すごい! 広い! ぼくらのおうち、なんこ入るだろう! ねぇ、おししょう!」

「なんでそんな小さいもんで、ちまちまと比べなきゃなんないんだい」

 魔女は組んだ足に肘をつき、手首をひらひらさせながら、呆れた声をあげた。

「じゃあ、なにでくらべたらいい?」

 小首をかしげる少年に向かい、魔女は揺らがせていた手を広げ、するりと突き出した。

「あたしの手のひら。ひとつ分さ」

 そう言うと魔女は突き出した手をぐっと握る。拳と窓の外を見比べ、きょとんとする少年の顔を見て、からからと笑った。



   ※


 

 馬車が色とりどりの空間を走ることしばらく、ようやく館が姿を現した。

 館の正面入り口は、石でできた大きな円柱の塔に囲まれ、荘厳な造りとなっている。だが、左右に見える家屋は、煉瓦れんがで造られ大きさも塔の半分ほどしかない。大きく立派ではあるが、少しちぐはぐな見た目をした館だった。

 

 少年は馬車を降り、館を見上げる。このように大きな建物を見るのは少年にとって初めてのことだった。ぽかんと開きそうになる口をぐっと引き締め、両手に持った重厚な鞄を力強く持った。

 言いつけ通り「宝石商の娘」に相応しく、少年は魔女の後ろに控える。

 その姿をちらりと見て、魔女は小さく笑みを浮かべた。そして整った眉を少し下げると、目線を正面に向ける。


「相変わらず、頭でっかちの不恰好な小屋さね」

「お、お母さま!」

 そびえ立つ玄関口を見やり、魔女がぽつりと悪態をつく。少年に小声で制されるも、大丈夫大丈夫、と軽く手首を振った。

「無駄に広すぎる小屋だもの。誰の声も届かないさ」

 しわのない口角をにやりと吊り上げ、魔女は颯爽と歩き出した。


 使用人の案内で、ふたりは部屋に通された。

 光が差し込む大きな窓からは、自然豊かな庭園を見渡すことができた。光の届かない壁の一面には、本棚が作り付けられ、装飾の美しい背表紙がひしめきあっている。

 少年は目移りしそうになるのをこらえて、革張りの長椅子に大人しく腰掛けた。その隣には魔女が座り、運ばれてきた紅茶の香りを目をつぶって優雅に確かめている。しばらくして、部屋に大きな声が響く。

「いやぁ。お久しいことですな、まことに」

 使用人にうやうやしく頭を下げられながら、腹の出っ張った中年の小男が部屋に入ってきた。この館の主だ。男はのしのしと絨毯じゅうたんを踏みしめ、ふたりの正面にある長椅子へどかりと座る。

 

 男が、手を動かしたり自身の体を揺すったりせわしなく話しかける中、魔女は殊更ゆっくりと紅茶の入った器を卓に戻した。

「いい石が、入りましてね」

 魔女は、つやを含ませた聞き心地のよい声を発した。

「こちらに」

 少年のほうへ、指をほどくようにするりと手首をひるがえす。

 そこで、男は初めて少年の存在に気づき、一瞬目を見開いた。しかし少年が、膝に乗せていた四角い鞄を卓に置くと、すぐにそちらへと男の意識は向かった。

 魔女の艶やかな爪の先で、鞄の留め具が外されると、男からは生唾を飲み込む音が聞こえた。


 ゆっくりと開かれた鞄の中には、光沢のある黒い布が一面に張られており、その真ん中にひとつだけ、薄紅色の石をはめ込んだ指輪が堂々と居座っていた。


「薄紅色は、非常に貴重な色でして、ここまで色濃く鮮やかに現れたものは、天然ではとてもないかと――」

 そらそうだ。人工で作ったものなのだから。

 と、心の中で大笑いしながら、魔女は石の素晴らしさを言葉巧みに伝えていく。


 魔女の言葉を聞いているかどうかは定かではないが、うんうんと首を縦に振る男の視線は、薄紅色の指輪から離れない。

「手に取っても?」

 魔女が承諾する前に、男は自身の手のひらへと移す。そして、鼻息を荒くし、食い入るように、石の輝く様を見つめた。


 少年は、男の様子を見て、ぶるりと小さく身を震わせる。

 自身もすぐに手を伸ばしかけたことを思い起こしたのだ。「強欲の指輪」の凄まじい吸引力を目の当たりにし、少年はわずかに恐怖を覚えた。


 男は、魔女の思惑通りそのまま「強欲の指輪」をめる。

「いかがでしょう。大きさもぴったりのご様子。お買い求め――」

「買う。おたくは現金だったな」

 魔女が購入を促す前に、男は使用人を呼びつけ、手で合図を送った。使用人が慌てて部屋を出ていくのを、少年は目を丸くして見つめた。


「実は、まだ珍しい石が――」

「買う。すべてだ。ここに出しなさい」

 魔女が、にったりとした笑顔を貼り付けて勧めると、男は現物を見る前に購入の決断をした。魔女は何処からともなく小さい革の鞄を取り出して、開いて見せる。そこには、ぎっしりきらびやかな石が敷き詰められていた。くぐもったうなり声をあげ、男の鼻息はますます荒くなる。

「もうないか? まだあるだろう」

「いえ、今回はこれほどで」

 強欲な指輪の力は、更に更にと要求してくる。その都度、「こればかりは――」などと、もったいをつけて魔女が新たに鞄を出してくるものだから、男の欲は止まらない。使用人がどんどんと金の入った袋を積み上げていく姿を、魔女は目を細めて見ていた。


「それは、どうなんだ」

 それまで卓上の石達に鼻息荒くしていた男が、顔を上げて一点を一心に見つめる。

「それ、とは――」

 顔に笑みを作ったまま魔女は問う。

 男の見つめる先は、――薄紅色の髪をした子どもだ。


 


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