三
「……おししょう」
「なんだい? まだ聞きたいことがあるのかい」
魔女は、ため息をつくと、横目で少年を見た。馬車の中、少年は魔女の隣に座っている。魔女は、窓へ体をあずけ、風を浴びていた。顔は若干くたびれている。というのも、先ほどまで、散々質問攻めにあっていたからだ。
質問は、
何を聞かれようとも、魔女の答えは、「必要だから」「不可能を可能にしただけ」を繰り返すのみだった。だが、それでも少年の質問が止むことはなかった。
「おししょう、どうしてぼくの服は、こんなにひらひらがついているの?」
少年は、不思議そうに自分の服を見ている。
しわのない目元を緩ませて、魔女は少年に視線を送った。
少年の着ている服は、裕福な家庭の幼い娘が着るものだ。生地は、少年の髪色に近い薄紅色の滑らかな素材が使われており、裾には布が幾重にも重なっている。可憐な装飾品が散りばめられ、袖口まで細やかな刺繍が施された女児服は、魔女のお手製である。
少年の質問に対し、魔女は「必要だから」と今までと同じように答える。そして、少し目を細めると「女のほうが、売れ行きがいいんだよ」と付け足した。
「売れゆきって、ぼくも売るの? できるかなぁ」
「山からでるのも、はじめてなのに……」と、少年は小さく呟き、不安な面持ちで窓から外を見渡した。
「きょろきょろするんじゃないよ。ほら、宝石商の娘に相応しく、胸張って!」
叱咤された少年は、びくりと肩を揺らし、魔女のほうへ振り返る。
「はい! お母さま!」
びしっと音が聞こえそうなほど背筋を伸ばした後、「これであってたぁ?」と、少年は首を傾け尋ねた。そんな彼に、魔女は片方の口角をにやりと吊り上げ、「上出来」と言ってやるのだった。
言われた通りに娘然として大人しく座り、馬車の外を眺める少年を、魔女は懐かしむような目で見つめた。
――「お母さま」なんぞ、一体どこで覚えたのやら……。
子どもの成長とは、不思議なもの。教えてもない言葉をどこで覚えたのか突然話すようになったなど、よくある話ではあるが、この薄紅髪の少年には、さらに不可思議なことが多くあった。
五年前、魔女が薄紅髪の子どもを拾った時、彼はまだ赤子だった。体つきや成長速度は普通の子どもと変わらなかったが、不可思議なことに、彼は拾った当初、つまり赤子の頃からすでに言葉を話すことができていた。
それだけではなく、彼はこの世界には存在しない言葉も話せたのである。
そもそも、初めて発した言葉が「まじょ」だ。魔女本人は「まじょ」という言葉を知り得ない。この世界にはない言葉だ。赤子特有の
彼にとって、老女は「まじょ」であり、彼はそれに憧れているので、弟子になりたいのだと。「まじょ」は特別なのだと。赤子の彼は、熱心に魔女へ伝えてきた。
不可思議な赤子は、そのまま不可思議な少年へと育っていったが、好奇心のおもむくままに、あれやこれやと知りたがる姿は、魔女にはただの幼子に見える。先ほども自身が質問攻めにされていたことを思い出し、ふっと唇を緩めた。
「いろいろ聞きたいのは、こっちのほうだよ」
呟いた声は、がらがらと回る車輪の音にかき消されていった。
※
「あ、家がある!」
大人しくしていることに飽きたのか、足をぷらぷらさせて外を眺めていた少年が声をあげた。
少年の目線の先には、家がぽつんぽつんと集まっていた。魔女の山小屋より幾ばくか小さい家だ。
その家の間を、馬車が走りぬける。周囲には緑がなく、土の道と土壁の家々に囲まれた景色の変わらない土の穴蔵を、ひたすらに馬車は駆けていく。
大人たちは過ぎゆく馬車を薄ら暗い目で
少年は、窓を見るのをやめて、自身の手の上にある滑らかな魔女の手を見つめる。
「ここの人から、お金とっちゃだめだよ?」
魔女は、一瞬目を見開いて笑いをこぼした。
「あんたは、あたしを何だと思ってんだい」と言えば、「まじょ」と呟く少年に、また魔女は笑った。
「とりゃしないさ! この集落の人間からはね」
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