「……おししょう」

「なんだい? まだ聞きたいことがあるのかい」

 魔女は、ため息をつくと、横目で少年を見た。馬車の中、少年は魔女の隣に座っている。魔女は、窓へ体をあずけ、風を浴びていた。顔は若干くたびれている。というのも、先ほどまで、散々質問攻めにあっていたからだ。

 

 質問は、きらびやかな若い魔女の姿への疑問に始まり、乗っている座席をきょろきょろ見渡せば「どうやってこの馬車を用意したのか」、御者ぎょしゃ席の男が操縦している様子がないのを見ては「どうして馬は勝手に動いているのか」など、目に見えるすべての疑問を、少年は魔女に投げかけた。

 何を聞かれようとも、魔女の答えは、「必要だから」「不可能を可能にしただけ」を繰り返すのみだった。だが、それでも少年の質問が止むことはなかった。


「おししょう、どうしてぼくの服は、こんなにひらひらがついているの?」

 少年は、不思議そうに自分の服を見ている。

 しわのない目元を緩ませて、魔女は少年に視線を送った。

 少年の着ている服は、裕福な家庭の幼い娘が着るものだ。生地は、少年の髪色に近い薄紅色の滑らかな素材が使われており、裾には布が幾重にも重なっている。可憐な装飾品が散りばめられ、袖口まで細やかな刺繍が施された女児服は、魔女のお手製である。

 少年の質問に対し、魔女は「必要だから」と今までと同じように答える。そして、少し目を細めると「女のほうが、売れ行きがいいんだよ」と付け足した。

「売れゆきって、ぼくも売るの? できるかなぁ」

「山からでるのも、はじめてなのに……」と、少年は小さく呟き、不安な面持ちで窓から外を見渡した。

「きょろきょろするんじゃないよ。ほら、宝石商の娘に相応しく、胸張って!」

 叱咤された少年は、びくりと肩を揺らし、魔女のほうへ振り返る。

「はい! お母さま!」

 びしっと音が聞こえそうなほど背筋を伸ばした後、「これであってたぁ?」と、少年は首を傾け尋ねた。そんな彼に、魔女は片方の口角をにやりと吊り上げ、「上出来」と言ってやるのだった。


 言われた通りに娘然として大人しく座り、馬車の外を眺める少年を、魔女は懐かしむような目で見つめた。

――「お母さま」なんぞ、一体どこで覚えたのやら……。

 


 子どもの成長とは、不思議なもの。教えてもない言葉をどこで覚えたのか突然話すようになったなど、よくある話ではあるが、この薄紅髪の少年には、さらに不可思議なことが多くあった。

 五年前、魔女が薄紅髪の子どもを拾った時、彼はまだ赤子だった。体つきや成長速度は普通の子どもと変わらなかったが、不可思議なことに、彼は拾った当初、つまり赤子の頃からすでに言葉を話すことができていた。

 それだけではなく、彼はこの世界には存在しない言葉も話せたのである。

 そもそも、初めて発した言葉が「まじょ」だ。魔女本人は「まじょ」という言葉を知り得ない。この世界にはない言葉だ。赤子特有のなん語かと思えば、意味がある、と赤子の彼自身が発言した。しかし彼に、意味を問いかけても、肝心の本人も「わからない」のだと言う。頭の中で抽象的な意味合いは浮かんでくるものの、それをうまく言葉にできないらしい。

 彼にとって、老女は「まじょ」であり、彼はそれに憧れているので、弟子になりたいのだと。「まじょ」は特別なのだと。赤子の彼は、熱心に魔女へ伝えてきた。

 

 不可思議な赤子は、そのまま不可思議な少年へと育っていったが、好奇心のおもむくままに、あれやこれやと知りたがる姿は、魔女にはただの幼子に見える。先ほども自身が質問攻めにされていたことを思い出し、ふっと唇を緩めた。

「いろいろ聞きたいのは、こっちのほうだよ」

 呟いた声は、がらがらと回る車輪の音にかき消されていった。



   ※


 

「あ、家がある!」

 大人しくしていることに飽きたのか、足をぷらぷらさせて外を眺めていた少年が声をあげた。

 少年の目線の先には、家がぽつんぽつんと集まっていた。魔女の山小屋より幾ばくか小さい家だ。

 その家の間を、馬車が走りぬける。周囲には緑がなく、土の道と土壁の家々に囲まれた景色の変わらない土の穴蔵を、ひたすらに馬車は駆けていく。

 大人たちは過ぎゆく馬車を薄ら暗い目でめ付け、子供たちは地面にただ座っている。少し大きめの家の前だけは、年配の者たちが笑顔を作り、馬車に向かって必死で手を振っていた。振り返そうとする少年の手を、魔女は軽く握った。

 少年は、窓を見るのをやめて、自身の手の上にある滑らかな魔女の手を見つめる。

「ここの人から、お金とっちゃだめだよ?」

 魔女は、一瞬目を見開いて笑いをこぼした。

「あんたは、あたしを何だと思ってんだい」と言えば、「まじょ」と呟く少年に、また魔女は笑った。

「とりゃしないさ! この集落の人間からはね」




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