二
「――では、契約は成立ということで」
隙間風のような掠れた笑い声が耳に飛び込み、幼い少年は目を覚ます。
ぼうっとした頭に、ばたんと戸が閉まる音が響く。少年は布団から飛び起き、
薬草の匂いに満たされた部屋で、少年の寝ぼけ
「まじょだ!」
老女は、起きてくるなり大声で叫ぶ少年を
「薄紅……。お前はまた、意味のわからんことを……」
「ごめんなさい〜。だって、おししょう、すごい、りそうのまじょのかっこうしてるんだもの……」
少年は口に両手をあて、頬を赤くする。
「魔女」と呼ばれた老女は、眉間のしわをさらに増やした。
「だからその、……まぁ、いい。聞いてもお前にもわからんのだから」
魔女は、言いかけた言葉を飲み込み、ため息に変えて吐き出した。それから口を尖らせ目だけを
「おししょう、なぁにこれ」
そわそわした様子で少年は大鍋に近づく。
魔女は鍋を見つめながら手探りで少年へと手を伸ばし、「最後の仕上げに……」と寝癖のついた薄紅髪を一本引き抜いた。
「いたい!」と、小動物のような悲鳴をあげた少年の頭をひと撫でした後、魔女は大鍋と対話するように続ける。
「美しい娘の髪の毛を一本……」
「むすめじゃないよ? ぼく」
髪の毛を抜かれた箇所を撫で付けながら、唇を尖らせ、少年が言う。
「ん? あぁそうだったか。まぁいい。美しい髪を一本」
「てきとうだぁ〜いいの?」
「いいかどうかは、これから決まる」
魔女は、くしゃりと頬にしわを作ると胸に手を当てる。そのまま拳で胸のあたりを数回叩けば、軽い音がこんこんと鳴った。そして羽織の内側から小さな鐘を取り出す。鐘の中には黒い振り子が備わっていた。魔女は鐘についた木製の
「成功だ」
しわのある顔をくしゃりと歪め、少年に笑いかけた。
少年は目を輝かせ大鍋を見つめる。すると、鍋いっぱいにあった水気がどんどん引いていき、大鍋はあっという間に空っぽになっていった。
魔女は、空になった大鍋へ手を突っ込むと、探るように腕を動かした。しばらくして、腕がぴたりと止まる。魔女は片眉を上げにやりと笑うと、鍋から拳を引き上げ、少年の前に差し出した。
ゆっくりと開かれた魔女の手のひらには、指輪がのっていた。
指輪の中心には、少年の髪と同じ薄紅色をした丸い石がどっしりと備わっている。
「きれぇ……。これは なんのゆびわなの?」
少年は、石の輝きに
「こいつは、強欲の指輪さね。これを付けた者は強欲になり、どんなものであれ、どんな代価を払ってでも欲しくなる」
「そいつが、がらくたであってもね」と、怪しく笑いながら、魔女は言う。
「この指輪を最初に売りつけ、次にくず石を高値で買わせる寸法よ」
魔女の笑い声は掠れ、いっそう怪しさが増した。
そんな魔女の姿を少年は、「ほんもののまじょだ!」と、目を輝かせて見ているのだった。
「さぁ、こちらの準備は整った。薄紅、お前も支度をするんだよ!」
魔女は、自身の足をぱしんと打つと、肘掛けに置いた腕に全体重をのせ、重い腰を椅子から引き離した。
「したく?」
きょとんとした少年の目に追われながら、曲がった腰を押さえて魔女はゆっくり戸口へ歩いていく。
「宝石商として、恥じない格好をするのさ」
魔女が戸を開け放てば、外の光が薄暗い部屋に一気に流れ込む。
少年が目を
馬車には芦毛の馬が二頭繋がれており、立派な
口をぽかんと開け、立ちすくんでいた少年は、馬のいななく声で我に返る。そして魔女のほうを見るが、そこでさらに驚くことになる。
魔女の姿は、老女から、気品溢れる若い女の姿に変わっていたのだった。
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