■Orbital Operation(3)


 救いの声は、橋の逆側から、エンジンの嘶きを伴って響いた。


 バイクに跨っているのは、機動捜査官シェパードのキヌだ。ダサいブルー&ホワイトが今だけは格好良い。黒いハーネスがバイクの進路から身を躱し、バイクはそのまま私をすり抜けて、橋を封鎖するヤクザたちの方へ。


「殺人未遂および火薬類所持使用取締法違反の現行犯で逮捕しますッ!」


 バイクに搭載された拡声器から、キヌのやや低い声が凛々しく響いた。ヤクザもさるもの、天敵ともいえる機動捜査官に対して逃げずに銃弾をばら撒いて応戦するが、身を低くしてバイクを操るキヌには当たらない。やがて傍に停まっていた黒塗りの自動車が撤退すると、三々五々逃げ出した。

 バイクは鋭く反転ターンを決め、キヌが飛び降りるように降り立つ。腰から警棒を引き抜いてこちらへ駆けてくるキヌへ、私も駆け寄って合流した。


「ありがとう、助かった」

「まだです。あれが、例のハーネスですね。彼は?」

「各務弁護士、助けないと!」

「解っています」


 『個人的に』と連絡を取ってきたキヌに、荷物引き渡しの情報を伝えて、少し遠くで待機してもらっていたのだ。

 黒いハーネスは、機動捜査官の闖入をどうとらえているのか、静かに視覚素子をこちらへ向けて佇んでいる。各務弁護士は欄干に寄りかかりながらどうにか立ちあがっていた。逃げろと言ったところで、即座に動くのは難しいだろう。


 三者の睨み合い。時間にして、一秒か、二秒か。沈黙を破ったのはキヌだった。ハーネスに向けて歩を進めながら、睨み付ける。


「機動安全服の使用には登録と使用申請が必要です。証明書を確認しますから、装着を解除してください」


 武器を持ったハーネス相手に、なお『正しい』対応をするキヌの言葉。大いに呆れ、ちょっとだけ尊敬する。この女は、確かに、警察官だ。

 対するハーネスは更に沈黙を続ける。当然、投降する気配はない。互いの間合いが近付いていき――ハーネスが先に動いた。踏み込んで、片手に握った剣を無造作に振る。横薙ぎに振るわれた得物を、キヌが警棒で弾く。


 ばちん!

 夜の空気が、弾けた雷光で、一瞬明るく照らされた。

 キヌの電磁警棒が、ハーネスの剣を打ち据える。衝撃音は連続し、キヌとハーネスが立ちまわりながら打ち合う。足運びが噛み合って見えるのは、二人の実力が拮抗しているからか。……いや。キヌが、少しずつ押されている。

 見惚れている場合ではなかった。私も動かなければ。


「各務さん、こっち!」


 立ち上がったはいいものの、その場から動けずにいる各務弁護士に駆け寄る。腕を掴んで、歩かせる。


「君……た、頼む。荷物を。妻と、娘が……」

「……ごめん。荷物は渡せない。でもここにいたらあなたまで危ない。逃げて」


 我ながら、ひどい言葉だ。でも、『死んだら脅せないから大丈夫です』なんて、言えるはずがない。各務弁護士は泣きそうな表情をした後、歯を食いしばって走り出した。


『藍さん、タクシーを!』

『もう呼んでる。四十二秒で到着予定。橋はさっきの銃撃で封鎖扱いになってる、走れ』

『スパルタ……!』


 私たちの動きに反応して、ハーネスが追ってこようとする。キヌが身を割り込ませ、押されながらもハーネスを押しとどめてくれた。

 無人オートタクシーとの合流地点ランデブーポイントは橋のたもとだ。義足の出力を上げ、走る各務弁護士を後ろから担ぎ上げる。社長と言い、最近は人を運んでばかりだ。人を運ぶのは業務の範囲外なんだけど、などと気を散らして、腕にかかる体重をこらえて、橋を駆け抜けた。


「何をっ……」

「タクシーに叩き込む! 行先は指定してあるからそのまま乗ってて!」


 時間ぴったりで到着したタクシーの後部座席へ投げ込むように乗せ、ドアを閉じる。何か叫んでいたが、無視だ。


追跡フォローよろしく!』


 藍さんへ叫んで、私は橋へと取って返す。

 橋上では、キヌとハーネスがまだ打ち合っていた。形勢は、やはり、キヌが悪い。機動捜査官のバイクスーツはパワーアシストのはずだが、高性能のハーネスとはそもそもの出力が違うのだろう。


「っ、何故戻って来たのですか!」

「置いていけないでしょ」

「狙いは荷物です、奪われたら――」


 ハーネスが腰を捻り、鋭く脚を狙う一撃。割って入り、刃を踏みつけるように蹴って防ぐ。そのまま踏みつけて固定してやろうと思ったが、するりと滑らかな動きで引かれた。その間にキヌが態勢を立て直し、私もバックステップで距離を取る。


「負けそうなキヌを置いていける訳ないし。あいつには北楽さんの居場所を吐かせないと」

「負けていません。素人が戦闘に入ってきては邪魔です」

「たった今助けられておいてよく言う」

「貴女も保護しないと、ッ! 避けて!」


 キヌの警告が来る前に、私は身を引いている。直前まで胸があったところを、鈍く輝く刀身が通過していった。


「こっちはこっちでどうにかするから! 戦って……!」


 武器を持たない私では逃げるしかできないハーネス相手でも、今、キヌがいるこの瞬間ならば戦える。想いが通じたか、こちらを伺っていたキヌの視線がハーネスをしっかりと捉えた。

 バックパックの重さを意識する。これを奪われたら負けだ。


 私は義足の機動性を活かして、周囲を走り回ってハーネスの注意を散らす。隙があれば踏み込んで、蹴りつける。非常階段でやり合ったときと同じく、良い場所に当たっても軽々と弾かれてしまう。だが、全く意識しないわけにはいかないはずだ。

 その証拠に、押されていたキヌが勢いを盛り返していた。彼女の戦法は明確だ。

 踏み込んで、攻め立てる。常に先手を取る、捕食者の戦い方。眼鏡で、地味な見た目のくせに、攻め攻めアグレッシブだ。


 総合的な実力では、黒いハーネスがこの場で一番強い。だが二人で掛かれば戦える。この場で拘束して、北楽さんと、各務さんの家族を解放させる!


「往生、せいやァあああ!」


 気合の声を、あえて派手に上げる。だが、ハーネスは無視してキヌに向き合っている。

 狙い通り。


 一瞬の半分だけ瞼を閉じる。リンクスの接続深度つながりを『警戒』から『戦闘』へ。義足の感覚センサーを全開にして、ハーネスを狙う。波の飛沫が海面に落ちる音まで、今の私は感覚できる。その代償に、リンクスから叩き込まれる情報の洪水で、脳が熱くなる。

 同時に義足の出力を最大へ上げた。今まで出力を抑えていたのは出し惜しみではない。走るのには不必要なほどの全力稼働は、電池バッテリーの消費が激しすぎるのだ。人工筋肉も消耗する。だから、油断させて、一発だけ叩き込む。


 狙いは、膝。ハーネスも人型である以上、弱点は義肢と同じはず。可動性を確保するために複雑なつくりになっている肘・膝は、義肢の中で最も脆い。

 加圧し、加速した神経系が、時間の流れをゆっくりと捉える。軽く持ち上げた足を斜めに踏み落とす蹴り。通常の踏み込む動きに近いから、これが一番出力ちからが入る。


 横合いから、ハーネスの膝を踏みつける。同時に、キヌも警棒を振り抜く。

 取った。そう確信した瞬間。


『ギィィィィィッ!!』


 ハーネスが、啼いた。

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