■Upper Stage(1)

 翌朝の業務は、私の憤りから始まった。


「どういうこと、社長!」

「落ち着きたまえ。私にも解らないことだよ、ティコくん」


 結局、荷物は持って帰ってきた。届け先が不在では、荷物を置いておくわけにもいかないし、事情を知らないお手伝いさんに預けるのも恐ろしい。

 かといって、送り主もいない状況だ。一晩が経っても、依頼主の北楽きたらさんが見つかったというNFL-セキュリティからの連絡はなかった。


「……北楽さんはどこに連れていかれたの?」

「心配は解るが、我々では如何ともしがたい。NFL-セキュリティの捜索に期待する他ない」


 鷹見たかみ社長の、なだめるような声音が癪に障る。解ってる。自分の無力さを誤魔化してるだけだ。

 預かった荷物は、レベルIIIのケースに収めたまま、コーシカ商会の金庫にしまってある。


「まずは、届け先の各務かがみ弁護士が帰宅するのを待つしかないだろうね」

「……いつ帰ってくるの」

「さて。お手伝いさんに聞いても解らなかったのだろう?」

「よりによってこんな時に!」

「……よりによって、かもしれない」


 社長が頷く。その声はいつもと変わらず穏やかだ。


「何かの危険を察して身を隠した、ということも考えられる。そうなると、むやみにコンタクトを取るのも考えものだ」

「うう……」


 唸る私の背を、羽刈はかりが叩く。


「そう不機嫌になるなよ、ティコ。うちの金庫に置いておけば、ひとまずは覗かれたりしないしさ」

「うるさい、バカリ」

「ガキか。心配してやってんのに」


 ぎゃあぎゃあとひとしきり鳴き合って、藍さんに睨まれたので休戦。

 こういう時先輩風を吹かせてくる羽刈は本当に面倒くさい。頬を膨らませつつ、自分のデスクに戻る。私は基本的に現場を走り回るのが役目だから、デスクには待機時間のための電子書籍端末や、義足のトレーニング用のグッズが置いてあるくらいだ。


「ふむ。無論、暴力団やハーネスまで出張ってきた案件だ。用心は必要だが、今は動きを待つ他ない。日常業務に励もうじゃないか」

「仕事、来てるの?」

「もちろんだとも。羽刈くん」


 羽刈からデータが転送される。いくつかある依頼は受諾待ちの状況だ。私が最終的に判断して、契約が成立となる。〈スピカ〉の案件のように、社長まで出張って現地で契約するのは稀なことだ。

 リストのひとつに、目が留まった。


「これ。……手紙?」


 手紙は、現在も郵便局が独占に近いシェアを握っている。郵便事業は規模を変えながらも生き残り、現在はインフラを活かしたドローン輸送の大手のひとつだ。小規模な事業所を多く抱える形態は、ドローンの運用に適している。

 だが、都市において手紙を運ぶという仕事は、昔よりも難しくなっている……らしい。


「手紙の依頼は……都市外イナカの人からだな。何度出しても『あて所に尋ねあたりません』で戻ってくる手紙を届けて欲しい、と」

「郵便事業は、受け取る側が『そこにいる』ことを前提として発達してきた」


 社長が訳知り顔で語る。


「この都市時代において、住居もオフィスも、街自体の変化さえ、複雑化・高速化している。届かない手紙は年々増えているそうだよ」

「ほとんど人探し。探偵の仕事じゃない?」

「ん-……私、これ請けたい」

「ほう」


 意外そうな皆の表情に、ちょっと顔が赤くなる。

 でも、理由は聞かれなかった。


「都市外からの依頼で実績を作る良い機会だ。羽刈くん、連絡を」

「へいへい。手紙自体は一旦ここに郵送してもらいますよ。ドローンを飛ばすのは郵便にやらせておくのが一番安いし」

「……良いの?」

「勿論だとも。他の仕事と比べて、収支が悪いわけではないからね」

「ありがと。社長、男前カッコイイ!」


 鷹揚に頷く社長。羽刈が『俺は?』という顔で見ているが、無視だ。



 手紙が届いたのは、二日後だった。


 丁寧に糊で封された厚い封筒をショルダーバッグに入れて、私は都市の路地裏を走る。普段は被らないけれど、今日は帽子ベレーなども被ってみた。

 手紙の宛先は、物屋ものやという苗字の男だ。宛先不明で戻ってくるということだからあまり期待はできないが、ひとまず手紙の住所に行ってみることにする。


 港湾地区ミナト下層住宅地区シタマチの間に、明確な境界線があるわけではない。都市は山並みのように徐々に高くなっていくし、人々の営みはグラデーションのように仕事から家庭に変わっていく。そんな雑然とした区域の裏路地には、やはり雑然とした人々が集まるものだ。破落戸ゴロツキ程度にやられはしないが、普段よりは警戒しながら、駆け抜けていく。


「この辺だ」


 視野の端っこに展開した地図の倍率を上げ、路地まで確認する。歩調を緩めて見上げた建物は、古そうなマンションだ。都市の隙間を埋めるように建てられた狭いマンションの五階が、元々の宛先だった。

 狭い階段を五階まで駆けのぼる。目当ての扉の前に立ち、ごんごんとノックした。


 返事はない。

 もう一度、ちょっと強めにノック。やはり返事はなかった。


「そこには誰もいないよ」

「え?」

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