■Launch(6)
その本社は
十五階――
都市全域を示す地図が表示された大スクリーンの上部に流れる
「はい、NFL-セキュリティです。通報ですね。どうされましたか?」
深夜シフトの
日付が変わる直前の、二十三時四十五分。
港湾地区のオフィスビルから通報。銃器による襲撃。
通信手は、職業的使命感とマニュアルに従い、真剣だが穏やかな声を通報者へと掛けた。
『ご安心ください。もう数分で、我が社の捜査官が到着します。このチャンネルは繋いでおきますので、何かあればすぐに教えてください』
『迅速な対応、感謝します。差し出がましいようですが、準備された襲撃のようです。逃走ルートを確保済みと想定して、追って頂ければ』
……この通報者、何者だろう。
そんな疑念を、プロフェッショナルである通信手は表には出さず、そっと特記事項にメモした。
▼
『キヌ、現場に向かってるか?』
先輩から通信が入ったのは、私が通報のあったオフィスビルへ向かっている途中だった。
跨った
『はい、先輩。五分で到着予定です。先輩は非番では?』
『偶然近くにいてな。幸い酒は入ってないから、あとから向かう。現場の確保、任せたぞ』
『了解しました。
現場には、会話から四分五十二秒で到着した。港湾地区のオフィスビルは、静かに立っている。バイクは正面に乗りつけた――この場所はNFL-セキュリティの縄張りだと示す流儀だ。
バイクを降りる。玄関前に不審な車や人はない。ガラスに映る自分の姿を横目で確認しながら、中へ。
NFL-セキュリティの、青を基調にした制服を、白のプロテクターが飾っている。短く、肩につかない長さで切りそろえた黒髪に、薄い黒縁の眼鏡。いつも通りの私が、背筋を伸ばして私を睨み付けている。
頭には、カチューシャに似た防護帯。犬の耳のような三角形が二つ、上部についている。開発部が鳴り物入りで押し付けてきた新装備で、仮想質量による反発力場が云々。私の拙い理解によれば、強い衝撃ほど軽減し、ヘルメットの代わりに頭を守ってくれるという新装備だ。守られていない感じが不安だが、風圧は軽減されているし、視界が保たれるのは有難い。開発部が押し付けてきた
ビルに入り、エレベーターで通報があったフロアへ。深夜にもかかわらず明かりがついたフロアには、不安そうな数名と、妙に胡散臭い笑顔の男がいた。笑顔の男が、通報者らしい。
歩み寄って、早口にならないよう気をつけて、名乗る。
「NFL-セキュリティの
「〈コーシカ商会〉の
このオフィスの人たちは、事件とは無関係とのこと。鷹見が立て板に水の様子で、言葉をかけてくる。
「非常階段に、ハーネスがいるかもしれません。武器を持っていました。上の階の会社の方が、まだ取り残されています」
「確認してきます。あなたがたはまだここを離れないでください。異常があればすぐに、通報のチャンネルへ情報を」
「解りました。〈スピカ〉という会社の、
頷き、オフィスを出て薄暗い廊下を非常階段へ向かう。……それにしても。通信手が『通報者は非常に冷静』と特記してくるだけのことはあった。銃撃を受け、ハーネスに襲われ、なお笑みを崩さず的確に報告してくるのだから。もう一人の要救助者を心配している様子は隠せていなかったが……まさか、それも演技ということはないだろうか。思考の端で考えてしまう程胡散臭い笑みを思い出しながら、監視カメラの映像を
暴力団による銃撃、義足の少女が立ちまわっての脱出。非常階段に出てからは、深夜、遠い場所からの監視カメラの映像しかなく捉えづらかったが、確かにハーネスらしき影が映っている。襲われている、鷹見ともう一人。これが北楽という男だろう。
非常階段に続く扉へ辿り着く。扉は外側から内側へ破られていた。リンクスを通して圧縮展開した映像と音紋解析がちょうどその場面に差し掛かる……義足の少女の鋭い蹴り、一発で吹き飛ぶ扉。
「……この、女の子」
装備解析に回すまでもない。先日逮捕した
少女と鷹見はそのまま、先ほどのオフィスへ。ハーネスの方は……詳細には見えなかったが、剣のような武器を振り、動かなくなった北楽を担ぎ上げて非常扉へ消えたように見える。
『指令室へ。ハーネスを追います。現場の保全と、鷹見氏からの聴取は任せます』
『了解。違法ハーネスの可能性もあります、注意してください』
黒いハーネスは、遠目でもスマートなつくりで、素早い動きに見えた。日本では主に危険で繊細な作業を行う
だが、ただ逃走したのみならず、人を拉致した可能性があるならば尻込みしている暇はない。
オフィスビルの中は薄暗い。光源は、非常口の誘導灯と、窓から入る他のビルの明かりだけ。肩に取り付けられたペンライトを点灯し、眼鏡型の
床に足跡と思しき薄い足跡を発見。画像データとして収集しつつ、追う。
やがて足跡はひとつのオフィスに辿り着く。データでは、
「……」
応援を待つべきか、僅かに逡巡する。一秒掛けて迷いを振り払い、扉を押し開いた。
中に、待っていたのは――
「……やられた」
ただの暗闇、がらんどうのオフィスだった。
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