▼断章
情報の奪い合い、都市自体の緊密化。治安維持の民営化による、警察企業の執拗な情報収集。
いずれにせよ、機密は高価な商品となったのだ。
あるオフィスビルの一室は、その高価な防諜設備で厳重に守られていた。都市の明かりを見下ろす全面ガラスの窓も、今は光学的にブラインドがかかっている。このビルを所有する保険業界大手、〈ミネルヴァ生命保険〉の社長室だったとしても、念には念を入れた厳重さだ。
デスクには壮年の男。〈ミネルヴァ生命保険〉の社長、
「……取り逃がしただと?」
怒りのあまり囁くようになった声を通信ウィンドウが拾う。
『――――』
通信ウィンドウから帰ってくる声に、机を殴り付けた。怒りの表現、恫喝に慣れた者の仕草。
「
『――――』
〈ミネルヴァ生命保険〉の社員が聞けば顔を青くする恫喝も、通信の向こうには届かなかったようだ。通信相手は変わらない調子で最低限の報告のみ伝え、通信が切れた。
米倉は、人に聞かれれば
次のウィンドウを立ち上げる。ウィンドウが展開した瞬間に表示された、金色の弓矢の代紋を慌てて消してから、声を掛けた。
「撤退できたか。
『大丈夫です。機動捜査官が来る前には撤退できたので』
「ならいい……使った銃はクリーニングに回せ。全員カメラはちゃんと身に付けてただろうな? 情報は送れるようにまとめておけ、あとで指示する」
米倉の指示は細々と、多岐にわたるものだ。通話の相手が銃を扱う極道、金脇組の組員だということなどまるで気にしていない様子だった。
「怪我人は収容できたか?」
『ええ、明日にでもお抱えの医者に……』
「アホかてめえは!」
机を叩く音。米倉の指が机の据え置き端末をせわしなく操作し、通信ウィンドウに座標情報を送りつける。
「話の分かる医者がいる病院だ。話は通しておく。直行しろ」
『しかし……』
「てめえ、人間の価値を知ってるのか? 一億円だ。一人一億だぞ? 簡単に使い捨てていい額じゃねえんだよ」
『は、はぁ……』
「怪我人は治療優先、他は弁護士の方の案件を進めろ」
吐き捨てるように指示して、ウィンドウを閉じた。
通信が覗かれていないかセキュリティを確認してから、窓を塞いでいたブラインドを解く。眼下に、都市の明かり。夜景のどこかを走っているはずの運び屋へ向けて、米倉は呟いた。
「運び屋の小娘。秩序ってものがどれだけ大切か、わかってるか?」
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