■Launch(4)

「な、なんだ!?」

「襲撃のようですね」


 社長の穏やかな声が癪に障る。こっちは慌てているというのに。防諜室も良し悪しだ。オフィスに乗り込んで来た連中に気付くのがこうも遅れるとは。

 扉を吹っ飛ばしたのは、銃弾だった。散弾銃マスターキーだ。そのまま突っ込んで来た奴へ、私からも踏み込んで、横っ面へハイキック。髪を金に染めた若い男の顔が歪む。出力を落としたとはいえ、義足の蹴りを直撃モロに喰らった男が悲鳴も上げずに吹っ飛ぶ。黒いスーツに、鼻血が飛沫いた。

 黒服スーツ


「社長! 社長の客でしょこれ!」

「はっはっは、極道ヤクザに知り合いはいないよ」


 黒服に銃器とくれば、相手はスジモノ、極道に違いなかった。

 現代において、火薬の使用が許されるのは軍だけだ。治安維持を担う警察企業イヌにも許されていない。銃を違法所持しているのは、いまだ裏社会に隠然たる暴力を蔓延らせる、極道くらいのものというわけだ。


「一方的に恨まれてるでしょうが……邪魔!」

「ぐ、ぇ!?」


 続いて部屋に入り込もうとしてきた男へ、前蹴りを当てる。狙うのは拳銃を構えた腕の下、みぞおちの辺り。ここを蹴られて無事な人間はいない。男は嫌なうめき声をあげてその場にへたり込む。

 一番ヤバいのは散弾銃ショットガンだ。ばら撒かれる銃弾が数発当たれば、人は死ぬ。かすっただけで動けなくなる。先に入ってきた男は拳銃を持っていたから、全員が散弾銃というわけではないのが唯一の救いだ。


「しッ!」

「げ、っぐ!?」


 苦しげに呻く男を真っ直ぐ蹴り飛ばし、後ろに控えた連中へぶつける。一瞬の空白。後ろの連中が、邪魔な身体をどけようとする気配。前衛ごとぶっ放してくるような武闘派ガチ勢じゃなくて良かった。


「非常口どこ!?」

「お、オフィスの奥に」

「最悪」


 とにかくまずは会議室を出ることだ。このままじゃ、部屋が棺桶になりかねない。銃が相手で、お荷物が二人。何とかやるしかない。


「北楽さん、電波遮断の解除を」

「あ、ああ」


 ブラインドが開かれた瞬間、リンクスが飛び交う電波を拾う。前方、扉の辺りで犇めく黒服たちへと駆け寄りながら、会社からの連絡を最優先で受信。聴覚神経に直接、声が飛び込んできた。


『部屋前にあと三人。オフィス側に二人。非常口はフリー。外は不明』


 間髪入れず、冷静で端的な藍さんの報告ナビ。なんて頼もしい。


『好き!』

『知らん。全員銃持ち。種類までは解らないから射程注意ね』

了解コピーザッ』


 それだけ分かれば、動ける。

 一瞬のやり取りの間にも、扉に殺到した黒服たちが態勢を整えている。腹を押さえて動けない男を蹴り飛ばす。次に来ていた男は散弾銃を構えていた。後ろではバックアップのつもりか、拳銃を構えている女が見える。


 一瞬の半分の時間だけ、意識して瞼を閉じる。

 リンクスの接続深度つながりを、『警戒』から『戦闘』へ。――脳裏で、猫が高く遠く警告の声を啼いた。


「蹴られたくなけりゃ、退けッ!」

「じゃかあしゃあオラぁああ!!」


 銃声にも負けない絶叫が二つ重なった。その声を伝える空気の震え、踏み込んだ床の僅かな傾きすら、今の私は知覚する。義足の感覚素子が、人間の神経の数倍数十倍もの感覚情報を収集する。普段は接続部ソケットとリンクスで調整している情報量を一気に叩き込まれた脳が、燃えるように熱くなる。

 加速した感覚の中で、義足のバランスを微調整。角度、加重、タイミング。人工筋肉の一本一本、歯車が噛み合うところまで、認識のうちだ。床を蹴った義足が吸い込まれるように黒服の手――指先を蹴り、砕く。明後日の方向に向いた散弾銃から放たれた銃弾が壁を抉った。


「っぎゃあああ!?」

「うるさい、次!」


 手を押さえて倒れ、喚く黒服を踏みつけて、次へ。不安定な足場にんげんでも、今の私はバランスを失うことはない。空中を軽く跳んで、拳銃を構えている女へと蹴りを見舞う。グリップを下から蹴り上げて、拳銃を天井へ叩き付けた。


「い、ぎゃ……っ!?」


 女だし手加減して、返す刀で肩へ踵落とし。肩の骨を砕いて、しばらくは撃てないようにしてやる。銃どころか箸を持つのにも苦労するだろうけど、自業自得。

 これで三人。オフィスの方から後詰の二人が、異変を察して向かってくるのが見えた。


「社長、北楽さん、非常口へ!」

「わ、わかった……!」

「代紋は金脇組。それなりに良い装備を揃えているはずだ、気を付けたまえ」


 二人を非常口へ押しやり、私はオフィスの方からやってくる新手へ向き合う。藍さんが、近場のドローンや監視カメラから、外の様子を探ってくれているはずだ。


手前テメェ! 死ねやァ!」


 突っ込んでくる極道の二人は、どちらも小型のサブマシンガンを構えている。ただ、仲間を撃つのを避けて銃口がやや上を向いている。倒れた男を片足でひっかけるようにして、前へと低く蹴り飛ばす。その後ろに隠れるように姿勢を低くして、一気に駆けるダッシュ

 私に飛び道具はない。そもそも武器もない。義足で蹴るな、とシゲさんに厳命されているから、あとで絶対怒られる。とにかく、好き勝手に撃たせるわけにはいかなかった。こちらをただの運び屋と侮っている間に、対処するしかない。どうやって? 無理やりどうにか


「っぎゃ!?」


 地面をバウンドした男が手前にいた黒服の足元まで転がる。仲間を助けるか、先に私を撃つか迷った男へ、手近な机に置いてあった置物を掴み、投げつけた。薄暗いオフィスの中では、咄嗟に避けるのは難しかっただろう。


「っでぇ!?」


 顔面に、デフォルメされた可愛らしい女の子の人形フィギュアがぶち当たった男が、痛みと驚きで顔を押さえる。


「馬鹿野郎!」


 もう一人、やや年嵩の男が叫び、サブマシンガンを撃ち放ってきた。がががががが、と銃声を叫び、銃弾をばら撒く。銃弾より一瞬先に音が義足を打ち、痛みにも似た衝撃が震動感覚素子を震わせた。身を低くして、銃弾の線を掻い潜る。

 一歩、二歩。敵の銃口が狙いを定める前に、ぎりぎり、間合いに踏み込んだ。腰をひねって、斜め下からの蹴り上げ。伸ばしたつま先が、サブマシンガンの銃口を蹴り上げ、歪ませた。

 ばぢん!

 凄い音を立てて、銃が暴発する。火花が弾けて、薄暗いオフィスが一瞬だけ明るく照らされた。持っていた男の手が凄いことになっているけれど、見なかったことにして、蹴りの勢いを活かして転身。背を向けて一目散に廊下を駆ける。


『社長、無事!?』

『順調だよ。非常階段を慎重に降りて、現在二十四階を過ぎた。エレベーターは使わない方が良いだろうね?』

『やめといた方がいいですね。正面玄関に何人か黒服がいる。鉢合わせたら終わりです』


 藍さんとの会話が聞こえてくる。非常口から繋がる非常階段には、待ち伏せはなかったらしい。一安心だが、安心してばかりもいられない。非常口の扉を出て、急いで階段を駆け下りる。夜のビル風が、髪を揺らした。


『ではこのまま、夜景を楽しみながら降りるとしよう。こちら側は安全かな、藍くん』

『多分。けど、回り込まれる可能性があるん……警察企……通報をし……』


 通信がぶつ切りになり、声が飛ぶ。通信障害、いや。通信妨害ジャミングか?

 咄嗟に叫んだ。


「社長、伏せて! 手すりにしがみつけ!」


 轟音と、非常階段を震わす振動が走った。

 柵から身を乗り出して下を見る。

 社長と北楽さんがいる場所から、少し下の踊り場。建物側から非常口が勢いよく吹き飛んだ。姿を現したのは、黒い、甲冑のような影だった。手には、長い棒状の何かを携えている。頭部、目の位置にある視覚素子カメラを囲む発光体ライトが、瞳のように赤く輝いた。


 現代の鎧、機動安全服ハーネス

 二メートルを少し超える人型が、社長たちの姿を捉えていた。


『藍さん!』

『――――』


 ダメだ。返ってくるのは返事ではなく沈黙ホワイトノイズばかり。焦りが脚に伝わらないよう気を付けて、階段を蹴り、折り重なる階段を下へと駆け降りる。社長が手すりにしがみつきながら立ち上がり、北楽さんをかばうように立ちはだかっているのが見えた。この期に及んで、余裕に満ちた笑みを浮かべている社長を、殴りつけたいほど尊敬する。


「初めまして。アポイントメントなしの訪問を咎めはしないが、特段の理由がなければ挨拶は必要だろうね。信頼とは対話から始まるものだよ」


 すらすらと流れ出る口上の、危機感のなさこそが、ハーネスの装着者を警戒させたか。視覚素子が動き、周囲を飛ぶドローンや、上から迫る私を見るのが解った。

 だが、稼げたのはその一秒だけ。罠などないと確信したのだろう。棒状の何かを振りかぶる。鈍い光沢が、非常灯の明かりにきらめいた。


「待――……てぇ、バカ!」


 その腕に。

 非常階段の柵の外から、蹴りを入れた。

 っがぎん、と、金属を思い切り叩いた音が響く。衝撃に脚が痺れ、思わず、うぐ、と唸った。何て密度だ。義足の外装ガワ、ちょっと凹んだかも。


『――!』


 ハーネスもさるもの、予想外のはずの角度から思い切り蹴ってやったにも関わらず、武器を取り落としはしなかった。とは言え、流石に驚いたか、バランスを崩している。私の方は反動でふわりと浮き、柵の傍に着地する。


「は。無重力体験、気持ちいいじゃん」


 間に合わないと判断した私は、柵を飛び出し、階段の外を三階分落ちたのだ。そして柵を掴んでぶら下がる姿勢で、蹴りつけた。重力加速度というやつは最低の友人だが、速度を得られるのは悪くない。

 ハーネスが握っていた武器は、鈍い光沢のある、剣だった。グリップに小さな鍔があり、漫画でよく見る長剣に似た印象だ。鈍くきらめく灰銀色の刃は特殊な合金だろう。軽々と握っている様子だが、ハーネスは人間の何倍も力があるから、見た目通りの軽さではない。義足で蹴ってもびくともしない金属などマトモな素材ではあるまい。


『……』


 ハーネスは喋らない。音声でも電波でもコミュニケーションは取れるはずだから、つまり――


無視ダンマリを決め込むとはいい度胸だ」


 藍さんを真似して言ってみる。煽るのは苦手だけど、今はこちらへ意識を向けさせないと。けれど、そんな思惑はお見通しとばかり、社長たちに向き直ってしまう。


「この……ッ!」


 腰を捻り、頭部を狙って蹴りを浴びせる。岩でも蹴ったような感触が、脚をしびれさせた。効いていない。ハーネスが剣を握っていない方の腕を振るのを、慌てて下へ避ける。太い脚部を払うように蹴るが、これも片足を少しずらしただけに終わる。

 元々の重みがあっても、堅すぎる。こいつはハーネスの扱いと、格闘術、どちらも解ってる奴だ。ただの運び屋には荷が重い。

 どうする。どうすればいい?

 ハーネスに追い込まれる鷹見社長と北楽さん。北楽さんと目が合った。いや、違う。私じゃなく、私が担いだ荷物を見ている・・・・・・・。応接室で人工知能を語っていたのと同じ、本気の瞳で。


 そう、私は彼から依頼を受けた運び屋だ。ならば、今しなければならないことは。


「社長!」


 蹴られることを警戒したか、今度は振りかぶらず、ハーネスが下から軽い仕草で剣を振る。私は後ろに下がって距離を取るしかない。振った勢いのまま、今度はその刃が社長たちの方へと襲い掛かる。

 歯を食いしばる。下がった勢いで脚を曲げ、反発させて一気に加速する。振り下ろされる剣を掻い潜って、社長を掻っ攫う。一瞬遅れて、非常階段に金属の棒が叩き付けられ、食い込んだ。

 がぎぎん、と表現しづらい金属音。耳も痛いし、義足のセンサーも痛い。


「ひっ!?」


 北楽さんが悲鳴を上げる。その横を走り抜けて、社長を担いで階段を駆け上がる。


「ティコ君!」

「……っ!」


 謝りそうになって、やめた。

 北楽さんが、私に向けて……頷く。

 彼をその場に残し、ひとつ上の階へ。非常口を蹴破って建物の中へ入る。ハーネスは追ってこない。狙いは北楽さんの方だったか。


「う、ぅ、北楽、さん」


 社長を担いで移動するのは、私の細腕では流石にキツい。キツいけど、あのハーネスと少しでも距離を取る必要があった。息が上がり、抑えていたはずの感情が思わずこぼれた。


「……ティコくん。私も走ろう」


 社長が私の背中を軽く叩く。深夜にも関わらずまだ電気がついたオフィスがあったから、そこに飛び込んで社長を落とした。


「なっ……なんだ、アンタたち?」

「外で変な人が暴れてる! カギ閉めて、警察呼んで! 早く!」

『……繋がったな。ティコ、社長、無事?』


 そのタイミングで、藍さんからも連絡が入る。先ほどのひどい通信障害は、やはりハーネスによる通信妨害だったのだろう。


『藍さん! 外、北楽さんは!?』

『まだ見えない。ドローンが堕とされてる』

『助けに……』

『やめな。脱出が先。そのビルはちゃんと保険に入ってるから、警察企業もすぐ来るはず』

『う……』

「ティコくん。君は正しい判断をした。我々の仕事は荷物を届けることだ。行きたまえ」


 思わず押し黙ってしまった私の肩を叩いて、社長が言う。


「君一人ならば目的地に向かえるだろう」

「社長はどうするの」

「ここに残る。おそらく、だが、襲撃はピンポイントだ。執拗に追ってはこないだろう。警察企業の人員が来た時に証言をする者が必要だからね」

「……、わかった。死なないでよ。お給料払ってもらうまでは」

「勿論だとも」


 大袈裟に腕を広げて頷いた社長は、すぐに振り返り、残業中だったらしいオフィスの人たちと話し始めた。私も身を翻して、窓へ駆け寄る。嵌め殺しの窓を義足の膝で割り、隣のビルへ身を飛ばした。弁償は社長がどうにかするだろう。


 頼りない月が見守る夜へ飛び出す。背中に、ずっしりと重い荷物を背負って。


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