01 奇跡の雫

「う、嘘や……こ、こんなこと……」


 青いめかまじょみやもとなえは、力抜けたように肩を落とし床に膝を着いた。

 ぽたり。

 床に、雫が落ちた。

 ぽたり、ぽたり、雫はより大粒に変わって、ここは部屋の中というのにまるで雨。

 項垂れた早苗の目から、ボロボロと涙がこぼれ落ちているのである。


「うちのせいや……うちが、あかんことした……」


 く、と呻きながら床を殴り付ける。

 床は、からかっているのかというくらい簡単に砕けて大きく陥没した。

 早苗は四つん這いのまま顔を少し動かして、涙に溢れた目をとりへと向けた。

 床に倒れている、真っ赤な金属の機体からだへと。

 首から上がない。

 それは、早苗の着いた手のすぐそばに転がっていた。

 赤いヘッドギアに覆われた、栗色髪の少女の首が。


 めかまじょはロボットではない。強化人間サイボーグである。

 だが生身の心肺は持たず、生体部分を動かしたり栄養を送るのはメカである。首を落とされて動力部から脳が完全に切り離されては、生きているはずもなかった。


「う、うちが……」


 こいつを、一人で行かせたからや。

 食い止めとくからはよ行けなどカッコ付けたくせに、ろくに抵抗も出来ずあっさりのされ、気を失ってしまって……

 そんなら二人の方が勝機があったやん。

 全部、うちが弱かったから。

 うちがええ加減やったから。

 せやけど……


「なにが目的か知らへんけど、ここまでする必要あったんか? ……必死に、おとんとのことで頑張っていた小取に……」


 胸に大穴を空けたまま倒れている、白銀の機体を睨んだ。

 しかし睨んでも文句をいっても、なんの反応もない。

 ゆっくりと立ち上がった早苗は、あまりのやり場のなさに、だんと足を踏みおろした。

 床にヒビが入った。


「小取……」


 早苗は、中学生の時を思い出していた。

 大阪の中学に転校してきた、美夜子の知らない美夜子……きっとそこの睡眠カプセルの中で眠っている美夜子のことだったのだろう。


 あの頃、早苗には友達が一人もいなかった。

 下手に仲良くなって貧乏な家庭を見られたくなかったし、どのみち貧乏をバカにされてすぐ喧嘩してしまっていたから仲良くなれるはずもなかった。

 だからそのうち、あえて気の強そうな喋り方で嫌な子を演じることで、みんなから距離を置くようになっていた。


 そして小取美夜子が転入して、同じクラスに入ってきた。

 なにがきっかけかは忘れたが何故か小取美夜子と張り合うことになるのだが、でも勉強も運動も、まったく勝てなかった。

 勝ったなら自慢して誇ればいいのに、たいしたことないといった態度なものだから、大嫌いだった。

 でも思い返してみれば、偏屈な自分なんかと普通に接してくれて、嬉しかったのかも知れない。


 時は過ぎる。

 自分は、不慮の事故で死に掛けて、おっちゃんに手術を施されてめかまじょとして復活した。

 小取美夜子もやはり事故に遭ってめかまじょになったと聞いて、さっそく関東への転校を決意した。

 狂っているけど優秀なおっちゃんだ。きっと機体性能の技術は自分が上で、だから中学の時のリベンジをしてやるんだ。そんな理由で自分を動機付けて。

 校長に頼んで美夜子と同じクラスに入れてもらった。その時には当然のことながら、この美夜子は別の美夜子だなどとは知るはずもなかった。

 強引にインネンをつけて、中学の時の復讐とばかりにまかまじょ戦闘で勝負を挑んだが、ことごとく自分の負けだった。

 勝負にもならなかった。


 でも、楽しかった。

 こいつとのあれこれは。

 親友、とかいったら、こいつ怒るのかな。

 でも、うちにとって、かけがえのない存在になっていた……


 なのに、なんでや……

 せっかく……

 せっかく、友達が……親友が、出来た、のに……


「う、く、うああああ……」


 堪えられず粒のさらに大きくなった涙が、ぼとり、ぼとり、落ちて床に弾ける。


「小取、小取……か、堪忍、な、ひぐっ、う、う、うち、うちが、がっ、ももっ、もっと、しっか、かりっ、しっしっ、しと、しとったら……」


 もはや言葉にならなかった。

 意味のないぐちゃぐちゃな叫び声を張り上げ、抱えた頭を床に叩き付けるように伏せて泣き続けた。

 自分のふがいなさで友を殺してしまった罪悪感、胸の多くを占めていた存在の消失した空虚感に耐え切れず、大声で泣き続けた。


 この時、静かに異変が起き始めていたのであるが、早苗はまだ気付いていなかった。

 あまりにも激しい勢いで泣いていたから?

 いや……むしろ友に泣く早苗のそうした気持ちこそが起こした、それは奇跡であったのかも知れない……


 床に突っ伏してわんわん叫ぶ、言葉通りの号泣をする早苗の青い機械の全身が、ぼおっと光り輝いており、そしてそれに呼応するかのように美夜子の赤い機体からだも輝いていたのである。


 泣き叫びながらふと顔を上げた早苗は、ようやく状況に気付き、驚きに目を開いた。


「な、なんやの、これ……」


 美夜子の胴体、そして転がっている首から発せられている輝きが、不意に流れる靄のように動き出して、ゆらゆら、それは人間のシルエットを形成していた。


 美夜子だけでは、いやだけではなかった。部屋の奥、早苗の呼ぶヒトミヤコの眠る超低体温睡眠カプセルからも、同様に少女を思わせる人影が立ち上っていたのである。


「げ、幻覚? な、なんやこれ……うち、一体なにを見ているの?」


 驚く早苗が見ている前で、ふわふわと、浮かんだ二つの光が動き出す。

 風に流れるように。

 でも、確固とお互いを求めるように。

 ふわふわ。

 寄り合い、二つの光が重なった。


 超新星。

 光が音もなく爆発し、すべては真っ白の中に溶けた。

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