02 美夜子の記憶

 こ、これはなんなの?


 とりは、突然のことにびっくり狼狽えていた。

 この冷たい暗闇が永遠に続くのかな、などとまどろみながら思っていたら、不意に大量のなにかが意識の中へとなだれ込んできたのだ。


 それは記憶であった。


 映像の記憶。

 感覚の記憶。

 感情の記憶。

 思考の記憶。


 目の前に、男性が立っている。

 おそらく自分が幼く小さいということなのだろうが、雲を突くように大きな男性だ。

 顔はかげって、はっきり見えない。

 でも、分かっていた。

 お父さんだ。


 きっと幸せだったのだろうけど、このあたりの感情の記憶はどうにも薄く、さらにはあれこれ考える間もないうちに場面が変わってしまう。父が消えて、別の人が映った。

 優しそうな、でも寂しそうな女性。

 よく知った顔。

 これは、お母さんとの記憶だ。


 手を繋いで、一緒に歩いている。

 そう、どこへ行くにもしっかりと手を繋いでいた。

 だって、お母さんまでいなくなったら、わたし、どうすればいい?


 転々と、色々なところで暮らしてきた。

 転々。

 転々。

 振り返ると、それは逃げているかのように。


 たくさんの学校を渡り歩いたけど、ただ通り過ぎただけ。出会いなどと呼べるものはほとんどなかったけど……

 みやもとなえの顔が映る。

 つまりは中学二年生の記憶か。


 タレ目がかわいい、性格のキツイ子だ。

 隅でぶすっとしていたところ、わたしがなにかいってしまったものだから怒ってきて。それからやたらと絡んでくるから、わたしもついからかい過ぎてしまった。

 すぐ涙目で悔しそうに床を蹴って負け惜しみをいってくるから、それが面白くて。

 可愛そうなことをしてしまったけど、でも、楽しかったな。

 彼女と会えたことだけは、「出会い」といってよいものだと思う。


 その日々も続きはせず、またすぐに転校だ。

 逃げるように。

 こんな日々だけど、でも、幸せだ。

 わたしは、幸せなんだ。

 そう思っていた。

 思い込もうとしていた。

 でも、なんともいえない空虚感が心身常にまとわりついていた。


 それも終わりだ。

 終わるはずだ。

 何故ならば、十数年ぶりに父と暮らすことになったのだ。


 といわれても、それに対してどう思えばよいものか、わたしにはよく分からないのだけど。母娘の二人生活が当たり前になっていたから。

 でも客観的に考えれば、幸せになれるということに間違いないはずだ。

 家庭様々夫婦も様々だけど、そもそも嫌い合って別れた両親ではないということだし。


 家族、か。

 父、母、娘、三人家族。

 すぐ慣れるのかな。

 慣れなきゃな。

 頑張るぞ。

 そしたら今度は友達だ。

 転々としていたし、わたしの性格も相まって友達って作れなかったからな。

 二年前の大阪の中学校、あの宮本早苗さんみたいな、あんな子と仲良くなりたいな。

 優しいお父さんに、お母さん、関西弁じゃなくてもいいけど宮本さんみたいなお友達。

 きっと毎日が楽しいぞ。


 不安もあるけど、希望が生まれていた。

 ただ毎日をなんとなく過ごすだけの、地球すら通り道みたいなわたしに、ほんわかとした、でもおっきな希望が。


 その、希望をたっぷり乗せた重さのせい?

 飛行機が墜落した、らしい。

 わたしと、母の乗った、これから父に会いに行くための飛行機が、落ちた、らしい。

 エンジン異常で、掴み引っ張り回されているくらい機内がガタガタ揺れて、みんな大パニックで、窓の外から見える空が消えて、斜めになった地球が、山が、どんどん近づいてきて……

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