04 めかまじょ計画

 しばらく日記を書くことが出来なかったと記したが、誰だってそうなるだろう。

 妻と娘に起きたことを考えれば、誰が悠長に日記など書けるものか。

 まだ悲しみの渦中であるとはいえ、少しだけ気が落ち着いたこともあり、書ける日はまたこうして日記を書いていこうと思う。



 妻である織江、私と織江との一人娘である美夜子、彼女たち二人は小取姓としてずっと、私とは別々の人生を送っていた。

 織江とは事務的ではあるが定期的なやりとりを続けており、どちらからともなくまた一緒に暮らそうかという話になっていた。

 そうして二人が私に会うために乗った飛行機が、山上で墜落、大破したのだ。


 織江は死亡。即死であろうといわれている。

 他の乗客も、たった一人を除いてみな死亡。

 その一人というのは私の娘。美夜子だけが、奇跡的に一命を取り留めたのだ。


 ただし、助かったといえるものかどうか。

 身体の機能はろくに機能しておらず、意識も混濁したまま。

 生命維持装置を外したら意識は闇から永遠の闇だ。

 搬送された病院がたまたま私の高校時代の友人が経営するところであったため、踏み込んだところまで教えてもらえたのだが、普通の治療ではまず助かる見込みはないということ。

 生命維持装置の助けを借りようとも日々弱っていくばかり、仮に身体の機能が戻ったとしても意識まで戻るかは分からない。


 私の脳裏をよぎったのは、めかまじょ計画のことだった。

 それはつまり、生命と機械との融合である。

 施せば、成功すれば、美夜子は助かるのではないか。


 本来なら人道的な見地から、不知の病を抱えている人間などになおかつ本人の受諾を得て行うべきものだろう。

 しかし、そんな余裕などはない。

 友人が美夜子の搬送された先の医者であることと、我が研究所とディアナ・レジーナ財団との繋がりを利用して、美夜子の身体を引き取るつもりだった。

 そしてそれ自体は、拍子抜けするほど上手くいった。

 考えてみれば当然かも知れないが、財団の方こそがこの話に乗り気だったのである。

 強引にでもめかまじょ手術をする、その機会を作ることに。


 日に日に衰弱していく美夜子にめかまじょ手術を強行するか、後遺症の出るリスクを覚悟で冷凍睡眠させて未来の技術に託すべきか。

 まずは検査が行われたのであるが、診断結果は愕然とするものだった。

 めかまじょ手術とは、ジデビリウムを人間の細胞と同じパターンで配列させたものを緩衝材として、生体とメカとを結合させるのだが、美夜子はその融合係数が低すぎるのだ。つまりは、めかまじょ化に対して生身部分が拒絶反応を起こしてしまう。

 私が発明しためかまじょ理論の根本問題であり、一から研究をするにしても、このまま研究を進歩改善させるにしても、相応の時間が掛かることは必至だ。

 いずれにせよ、確実に拒絶反応が起こると分かっている以上は、先ほどの選択肢は後者、後遺症のリスクがあろうとも冷凍睡眠をさせるしかなかった。


 妻には死なれ、娘は一縷の希望にすべてを託して眠りに入った。

 まだ娘が死んだわけではないとはいえ、私は一人残された気持ちだ。

 何故もっと早くこちらへ招かなかったのだろうと、後悔ばかりが募る。

 もしくは、一日でも飛行機が遅れていたならば。


 あれきり、ML教団からの面会は一度もない。

 ディアナ・レジーナ財団からの援助は倍増した。私が要求したわけではない。私がめかまじょ開発に本腰を入れざるを得ない状況に追い込まれたため、そこを汲み取り、機会と踏んだのだろう。


 以前よりイリーナというロシア人女性が財団から派遣されているのだが、この頃よりほぼ常駐するようになった。

 実は面識のある女性だ。

 以前、彼女の妹が事故で大怪我し、私がロシアに招かれて義手義足、人工臓器などの手術をしたことがあるのだ。

 この出会いは偶然?

 私との接点を知った財団が、彼女を雇いエージェントとして送り込んだものかも知れない。つまりは、監視、スパイの類であるかも知れない。

 どうでもいいことだが。

 私は私のすべきことをするだけだ。

 美夜子のためにも。

 もう私には、美夜子しか残っていないのだから。

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