09 お父さんの日記
埃の積もりに積もった階段を。
薄っすらとした足跡が残っている。注意しなければ気付かないほどに、薄っすらとした。埃を踏み付けることで出来たものだろうが、その上にまた積み上がった埃によってほとんど消えてしまっているのだ。
特に目指す部屋があるわけではなく、ただ三人はこの薄っすら残った足跡を辿っている。
それはつまり、
階段が終わって、そのまま地階の通路を歩く。
地階にも薄っすらと足跡はあり、彼女たちは注意しながら辿っていく。104キロと96キロと57キロとで、ペタペタ新しい足跡を付けながら。
地階は一本道。少し歩くと、すぐに扉に差し掛かる。
開くと、そこには大きな部屋があった。
大部屋には、通ってきたここを含めて扉がいくつか存在している。
床全体としては埃が高く積もっているが、やはりこの大部屋にも足跡が薄く残っており、真っ直ぐに別の扉へと向かっている。
その扉は開けっ放しで、中が見えている。物置にも思える、いずれにせよ小さな部屋であるようだ。
奥に木製の机や筆記具なども見えることから、古風な趣味の書斎といったところであろうか。
「なんや変な間取りやなあ。催事場的な部屋に、こんな個人部屋がくっついとるっておかしいやろ。それに、地下室って普通こんな広いもんか?」
宮本早苗、訝しんでいるのかはたまた単なる感想か。
「まあ西洋の建物は、書斎が地下にあってもおかしくはないよね。この大きな部屋は舞踏場っぽいけど……小さな部屋は、単なる物置きを書斎として使っているのかな。とにかく入ってみよう」
典牧青年は足跡を追い部屋へと入り掛けたところで、後ろを振り返って美夜子へと声を掛けた。
「そこにいてもいいよ、ミヤちゃん」
小取美夜子の身体は、メカだというのに微かに震えている。
人工皮膚の顔が、すっかりと青ざめている。
でも、典牧青年の気遣いを受けた彼女は、顔を上げると笑みを返した。
「ありがとう。でも、大丈夫」
そういうと栗色髪の少女は、典牧青年と早苗との間を抜けて、先頭切って小部屋へと入ったのである。
この小部屋の床にも、埃は高く積もっている。
だが、奥の机は綺麗だ。いや綺麗は語弊があるかも知れないが、埃は積もっていない。
机の上には、ハードカバーの本が置かれている。
日記用と思われる錠付きの本だ。
「なんや、紙の本なんて珍しいねんな」
驚いたふうでもなく早苗がいう。
まあこうして存在するのだから、需要はあるのだろう。
施錠はされておらず、すぐに開くことが出来そうだ。
ハードカバーの上にはメモ紙が置かれており、達筆な字で『美夜子たちへ』と手書きされている。
「たち、ってまるで仰山で来ること分かってたかのようやねんなあ。そう書いてあるちゅうことは、うちらもその日記を読んでもええってこと?」
「そうだね。……むしろ一緒にいて欲しい。一緒に、知って欲しいよ」
美夜子の声は震えていた。
不安の反動からとはいえ先ほどあれだけ朗らかだったのに、そんな態度が考えられないくらいに今はすっかりおどおどとした様子になっていた。
「ミヤちゃん……気持ちが落ち着いてからでもいいんだよ。別に、いまここで読まなくても」
典牧青年の、美夜子の状態を察しての言葉。
だがというべきか、だからこそというべきか、美夜子は弱々しく微笑みながら首をゆっくり横に振った。
「読まないと進まない。始まらない。だったらここで……」
こうして美夜子は、机の上の本を手に取り、開いたのである。
開いて最初のページを見てみると、やはり日記、しかも単なる普通の日記だった。
早苗たちが横から覗く中、数ページほどをめくってみる。
仕事でこんなことがあった、と、そのようなことばかりが綴られている。
いかに仕事以外、いや仕事上の付き合いにすら興味のない、朴訥な人柄であるかがよく分かる内容であった。
時折、離れたところで暮らしている妻と娘に会いたい、といったようなことが書いてあり、都度、その娘本人である美夜子は複雑な気持ちになった。
生き死にとか、世界がとか、特別なことが書かれているわけでもなく、となるとこれは肉親とはいえ他人の日記であり、知ってしまうことに対し無理矢理暴く罪悪感を覚えながらも、美夜子はぱらぱらと紙をめくっていく。
あるページに、付箋が貼られ挟まれていることに気が付いた。折られており、外に飛び出している部分がほとんどないものだから、これまで気が付かなかった。
ここからを読め、という目印だろうか。
そのページを開いてみると、果たしていきなり文体も空気も変わっていた。
追記、であろうか。日記の白紙部分を使い、その文字は書かれている。ここからを読めという付箋張りの際に、書いたものだろうか。
さっと眺めただけでも分かる、なんとも重たい雰囲気。
『美夜子へ』
から始まる文章であった。
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