08 早苗、絶体絶命!

 研究室の一つであろうか。

 複数の作業台が並んでいる、少し薬品くさい大きな部屋だ。

 一箇所だけあるドアの近くには、銃で武装した五人の男たちが立っている。

 みやもとなえの背中に銃を突きつけている大男と合わせると、六人だ。


 人質たちが部屋の奥隅に押し込められており、銃器を構えた過激派たちがその逃げ道を塞いでいる格好だ。


 早苗がそえ警部補から聞いた話では、侵入した過激派は全部で十二人ということであり、つまりはあと六人がこの建物の中にいることになる。

 でもそれは、早苗にはどうでもいいことだった。

 どうやら人質はみな、この部屋に集められているようであるからだ。つまり人質の安全面ということでは、銃を持った男が通路をうろうろ哨戒してようとも、もう関係ないからだ。


 早苗は突きつけられた銃に怯えている単なる女子高生、のふりをしながら左右に視線を動かして部屋の中を観察している。

 ドアの付近にばらばらと立っている過激派の男たちと、隅に追い込められているのは人質にされている男女研究員たちを。


 観察しながら胸の中に呟く。

 さっきもゆうたけど、とりあえず潜入は成功っちゅうことで、ま、結果オーライやな、ははっ。


「……おい! 聞いてんのかお前!」

「あ、はい! はい!」


 耳元への大声を受けて、早苗はびくりと飛び上がった。

 なんやの、うるさいなあもう!


「てめえの親父ってのは、どこにいるんだ? ここに全員いるはずだぞ」


 そうだった。

 早苗は哨戒の男に見つかって、父の弁当を届けにきたと嘘を付いたのだ。


「あ、そ、そうなんや。ええっと、どれかなあ。山田いうんやけどお。おとん、おらんかあ! かわいい娘が弁当届けにきたったでえ! ……ははっ、この建物やなくて隣のビルやったかなあ」


 頭を掻いて笑う早苗のほっぺたに、ガスッ! 銃の尻が振り回されて横殴りに叩き付けられていた。

 予期せぬ重たい金属の一撃に、96キロある早苗もさすがにたまらずバタンごろりと床に転がった。


「なにすんや!」


 上体を起こし、頬を押さえながら怒鳴った。

 ついカッとなって、気弱な女子高生を演じるどころではなくなってしまった。


「ここはだだっ広い中にポツンで、隣にビルがあるわけねえだろが! ……見た目も中身も間抜けか? だが間抜けとはいえ変装した特殊部隊員かも知れねえ。てめえら、小娘が妙な物を持ってねえか、確認しろや!」


 過激派のリーダーと思われる男が、ちらりと配下らしき男たちを見る。


「へい!」

「手っ取り早く、全部脱がせちまいやしょうぜ!」

「おおっし、全裸だあ!」

「マッパだあ!」


 ヒョロガリと、小太り、二人の男がムヒョヒョな笑みを顔に浮かべながら、殴られまだ倒れている制服姿の早苗へと近寄っていく。


 早苗は素早く左右に視線を走らせて、人質が部屋の隅に固まっていることをあらためて確認すると、床を叩きその勢いで素早く立ち上がった。


「乙女のピンチや! 仕方あらへんエマージェンシー変身や!」


 少し腰を屈ませ左手でスカートの乱れを直しながら叫んでいると、ぶうんと一瞬にして右腕の形状が変化する。

 縦に裂けて、中に見えるなにかが膨張したかに見えたその刹那には、青く無骨な、機械機械した腕へと変わっていた。

 

「ほないっくでえ」


 早苗は青い金属の右腕を振り上げると、縦に立てたまま下ろしていく。左手に持っている銀色の鍵を、青い金属の腕に差し込んでガチャリひねった。


「精霊マジック発動、レベルワン!」


 ふううん!

 アクセル全開音とともに、早苗の身体が爆発し、爆煙に包まれた。と見えた瞬間には、爆風が爆煙を飛び散らせて、そこに残り立つのは全身を青い金属に覆われている早苗の姿だった。


「変身完了阪神優勝、めかまじょサナエ参上! 悪い奴にはおしおきやあ!」


 どどーん、右腕突き上げた。


「うおっ」

「テレビのアレだ!」

「殺っちまえ!」


 いきなり現れためかまじょであるが、それほどには、男たちは驚かなかった。物騒なことに慣れているためか、ここが大宮である以上は想定の一つであったのか、青いめかまじょが現れた後の男たちの行動は迷いなく早かった。

 一斉に銃撃を始めたのである。


 でもその銃撃は、早苗には当たらなかったが。

 銃口の位置から弾道を計算し、避けているのだ。

 華麗なステップを踏む都度、標的に当たらなかった弾丸によってびすびすと壁に穴が空けられていく。


「なんやの? テレビのアレってえ!」


 生き死にの余裕からか、早苗の口から思わず漏れるは不満の声。

 そして胸に漏れるも不満の言葉。


 とりのこと? 確かに最近よくテレビに出ておったからな。

 うちの目の前をほんとチョロチョロ鬱陶しい女や。ここにおらんでも鬱陶しいとは。胸ちっちゃいくせに。

 この男どもも男どもや。いま現在、ここにもう一人のめかまじょ様がおるっちゅうのに。


 自尊心を傷付けられて不満をたらたらたらたら、そんな集中不十分の状態でも、早苗の身体に弾丸は当たるどころかかすめる気配すらなかった。

 過激派と早苗の戦闘における単純な優劣は、どちらに軍配上がるか考えるまでもないようである。

 だが……


「くそっ!」

「舐めんじゃねえ」

「こいつらがどうなっても知らねえぞ!」


 口々に怒鳴る過激派たちの一人が、くるり人質の方へと向き直ると手にした銃の引き金を引いた。

 当てようと狙って発砲したわけではないのだろうが、別に一人くらい死んでも構わないと適当に放たれたような弾丸。不運にもそれは、小太り中年研究員の頭を目掛けて飛んでいた。

 目掛けてはいたが、そこまでは届かなかった。風を突き抜ける速さで早苗が、人質たちの前に立ち塞がったのである。

 そして、腰のホルダーから抜いた一本のカセットを右腕のスロットに差し込むと、ごうと凄まじい轟音とともに部屋の中に発生した突風が、龍神の如くうねりながら銃弾を巻き上げたのだ。


 銃弾が床に落ちてカチャリコトリ聞こえるはずの微かな音も、その豪風がさらう。

 ごうごう唸り、ごどごどごどまるで地震でも起きているかのように部屋が揺れている。

 であるというのに、部屋にいる人間たちは吹き飛ばされることもなく、それどころか髪の毛がそよそよなびく程度だ。過激派の中に二人ばかりスキンヘッドがいるが、そのツルツル頭に優しく吐息をかける程度だ。

 何故なら風がごうごう強く吹き巻いているのはただ一箇所、早苗の正面だけであるためだ。


 精霊魔法である。

 魔法により起こした気流を凝縮させることにより、鋼鉄よりも硬いカーテンを作り出しているのだ。

 その鋼鉄よりも硬い爆発的な気流が、ごとごと部屋全体を振動させているのだ。


 武装した男たちは、青い金属のタレ目の少女が見せる得体の知れない能力に少し怖気づいたようであるが、すぐに気を取り直してそれぞれ手にした銃で発砲を始めた。

 だが、魔法による鉄壁突風の前には無力。巻き上げられた弾丸が、カチャカチャと床へと落ちるばかりだ。


「ははっ撃てや撃てや、貴様らのヘナチョコな弾丸なんぞ効かへんわ! ……ほなそろそろ、反撃開始といくでえ!」


 喜悦の笑みを浮かべて威勢よく叫んだだその瞬間、風の障壁を一発の銃弾が突き抜けて早苗のおでこにピシリ!


「あいたっ!」


 普通の人間ならば、間違いなく即死だっただろう。


「マグレや! も、もしくは偶然や!」


 同じ意味なのだが。


 しかし、マグレでも偶然でもなかった。

 たまたま薄いところを突き抜けたわけではなかった。

 次から次から銃弾が風の障壁を破り、早苗の身体や顔にビジバシ当たりまくったのである。


「あいてて! いてて、うら若い乙女の柔肌になにさらすんやこのハゲえ!」


 柔肌でないから生命が助かっているわけだが、ともかく早苗は涙目で頭や身体を押さえながら、悲鳴と怒声を張り上げた。


 障壁が効かずに突き抜けようとも、銃弾の大半は立ち塞がり盾となっている早苗の身に当たる。

 だがいくつかはそれて、人質のすぐ頭上の壁にビシビシと穴が空く。その都度、男女社員たちの悲鳴が上がった。


「ひえっ」

「助けに来たのか殺しに来たのかどっちだお前えええ!」

「帰れお前!」

「変態コスプレ女が!」

「このタレ目!」


 あわや頭を打ち抜かれて死ぬところだった人質たちからの、怒涛の抗議の声が上がる。


「はああああ? いわれる筋合いないわ! 何様や……思って……おる……あれ」


 早苗の肩ががくり落ちる。

 ふらりふら、酔拳みたく足元がふらついた。


「あかん、今日はなんも食うとらんのや……」


 と、これが精霊障壁の弱まった原因のようであった。


 過激派たちへの反撃を諦めて、とりあえず足を踏ん張り意識を強く保って薄れた障壁を強化しようとする早苗であるが、すればするほど空腹感じて意識が萎える、こらえようとも身体がふらつく。

 それでもなんとか銃弾を跳ね返せるまでには障壁強度の回復が出来たものの、維持で精一杯だ。それすらも、いつまで保つか。


「前金で、なんか食わしてもろとけばよかったわ。一生の不覚や」


 足元ふらんふらんながらも、必死に気合集中頑張る早苗。

 自分のことをクソミソに罵倒しようとも、後ろにいるのは一般市民なのだ。空腹で意識が風前の灯火であろうとも、この障壁を弱めるわけにはいかなかった。


 過激派の男たちは、目の前の相手が予想外に弱いことに気を強くして攻勢を強めた。

 つまりは、手にした銃をぶっぱなしまくったのである。

 さすがは過激派、弾丸の準備にぬかりはないようで、信長鉄砲隊ではないが撃ってる間に誰かが装填して銃弾の雨あられがやむ気配まったくなし。


「これがテレビでやってた、めかまじょとかいう女かよ」

「あれ確か赤のはずだろ」

「青は量産型の弱いめかまじょなんだろ」

「かめまじょだな」

「こんなんスクラップになったら、誰がゴミ出しすんだあ」


 ボロクソないわれようである。


「はああ? なんや好き勝手抜かしてえ、このクソボケどもがああああああああ!」


 怒りパワーでぐわあーっと拡大する風の精霊障壁であったが、体力が尽きているのに無理したものだがら、あっという間に余計に小さくなってしまった。もともと畳一枚分以上はあったのが、いまや名刺サイズ。

 男たちを睨み、せめて気力を振り絞る早苗であるが、その気力も既に付きかけて意識は朦朧、目はかすむ。


「あかんわ」


 がくりよろめいた、その瞬間であった。


「ごめん早苗ちゃん! 遅くなった!」


 小取美夜子が甲高い声で叫びながら、部屋へと飛び込んできたのである。

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