07 不測の事態、いや当たり前?

「あいつ、中学で会ったこと覚えとらんとか、舐めたこと抜かしとるわ思てたけど……それがホンマやとして、でも記憶喪失っちゅうこともないやろし、あの顔に髪の毛にキンキン声、別人ゆうわけでもないやろしなあ。……いや、めかまじょ化手術で記憶なくした? ほならバチかぶったっちゅうことやろけど、ザマミロとはいわれへんなあ。 ……でもま、それは後のことや」


 顔をキリリッとさせて、早苗は通路を静かに歩き続ける。

 タレ目だけど、相対的にキリリッと。


 ここは、西にしおおみや公害研究センターの館内。

 武装した過激派を捕らえること及び人質の救出、そのための潜入作戦遂行中だ。

 だというのに、高校制服姿の早苗。

 別にわざわざこの服装に着替えたわけではない。学校帰りに仕事を依頼されて、そのまま来てしまっただけだ。


「しかしえらい難儀やなあ。ホンマなら、もうとっくに悪モン全員ぶっ飛ばしとるで。とっくに人質全員救出しとるで」


 最初からめかまじょに変身しておき、インビジブルの精霊魔法で姿を消したまま、過激派が籠城している部屋を探して忍び込み、全員瞬殺タコ殴り。これが彼女のいうホンマである。

 非の打ちどころが微塵もない、しかも痛快極まりない名案だというのに、そえ警部補と美夜子くそおんなに猛烈なダメ出しを受けたのだ。

 おかげで、こそこそ忍び込むだけというなんとも地味な、めかまじょである必要すらないような作戦になってしまったのだ。


 美夜子くそおんなと一緒にいたノリマキとかいう食いもんみたいな名前のぼさぼさ頭でヒョロヒョロひ弱そうな牛乳瓶底眼鏡男がいうことには、めかまじょの姿になると相当量の精霊波動が漏れるのだそうだ。つまり相手の装備如何によっては気付かれてしまうため、闇雲に変身するのは危険らしい、と。

 早苗からすれば、分かっているなら漏れない技術を開発せえ、というところだが。

 なんのために財団の援助を受けとるんや、と。


「しかしホンマ、めかまじょでなくともええやん。伊賀から忍者の一族でも呼んだ方が、なんぼかええ仕事するで」


 思うことのあれこれをいちいち声に出しながら、高校の制服姿で早苗は歩く。


 一人きりなのは、美夜子とは別行動を取っているからである。

 過激派がどの部屋で籠城しているのか分からず、それを探すのが早苗の担当。

 美夜子は、地階にある制御室を一路目指して制圧する役割だ。


 もしも制御室制圧の方が早い場合には、美夜子がそこで状況を判断して早苗や作戦本部の添田警部補に伝える。早苗が早かった場合には、過激派に見つからぬよう潜んでおいて美夜子の合流を待つ。

 おおまかには、このような作戦内容だ。


「ま、あんなガラクタ以下のクソ女などを待つまでもなく、うち一人だけでも余裕やろけどな」


 強気の笑みを浮かべる早苗。

 実際は、そのガラクタ以下のクソ女に二度戦って二度負けているわけだが。しかもどちらも瞬殺で。


 でもそれは、うちには原始人のような腕力がないだけや。

 他の能力は、すべてこっちの方が優秀なんや!

 文明人なんや!


「せやからあいつは歌がド下手やないか!」


 わははははははははは、などと大きな声で笑っているものだから……


「なんだお前は!」


 なんともあっさりと、過激派に発見されてしまったのである。


「おおお! しまった見つかってしもたあ!」


 早苗の間抜けた大声が通路に響いた。


 言動を振り返れば、見つかって当然という気がしないでもないが。

 だって静まり返っている通路でバカ笑いしていたのだから。


 目の前にいる過激派は一人だけだ。

 右手に機銃を持った、いかつい顔の大男だ。趣味は筋トレですみたいな。好きな飲み物はプロテインですみたいな。


 やば、すっかり油断しとった……

 と、心に冷や汗たらりの早苗である。


「いやあ、おとんに弁当を届けにきたんやけどお」


 あたふたしながら、必死に言い訳を始めるのだった。


「なんにも持ってねえじゃねえか」

「あれえホンマやなあ。おかしいなあ。そ、そうや、きっとそこのトイレに忘れたんやな。取ってくるわあ。ほなっ」


 あははは笑いながら踵を返そうとする早苗のこめかみに……

 ガチャ。

 銃口が、突き付けられていた。


「このフロアは男用しかねえよ」


 んなこと知らへんわ!


 いや知っとけよという話ではあるが、とにかく後の祭りであった。


「いややわああ、うち間違うて男子用に入ってもうたのかあ! でもしゃあないなあ、取ってこななあ」


 必死にごまかそうとするものの疑いは晴れず、突き付けられた銃口は下りず。

 もしもこのフロアに女子トイレがあろうとも、うろうろしているところを見つかった以上はこのようになっていたであろう。

 何故なら過激派がこの建物全体を占拠しているわけで、自由に動ける者など一人もいないはずだからだ。


 だから早苗は、もうトイレ間違ったと言い訳をするのはやめた。


 しゃあない、ここはイッパツ回し蹴りでも食らわせたろかあ。

 と、身体が動きそうになる早苗であったが、はっとした表情で行動を自制した。

 ここでこの男を倒してしまっては、哨戒役の戻らぬことに人質がどうなるか分からないからだ。それに、ここで大人しくすれば探していた部屋へと労せず案内してくれるのではと思ったからだ。

 正体見抜かれず、ただの女子高生だと思ってくれてさえいれば。


「な、なんやの銃とかそんな物騒なもん持ってえ。なにがどうなっとんの? 堪忍、撃たんといてな。うちまだ死にたくないわ」


 だから早苗は、身を縮ませてオーバーなくらいに怯えてみせた。


「黙って歩け」

「黙るから、撃たんといて、撃たんといて」


 冷たく硬い先端を今度は背中に突きつけられて、早苗はびくびく肩を縮めて男の前を歩き始める。


 肩はびくびく。

 しかし、胸の中ではニヤニヤであった。


 こないになったこと自体は不本意やけど、ま、大きな目でこれも想定内っちゅうことで。

 さあ乗り込むでえ!


 本人はただ臨機応変というだけで、作戦の失敗とはまるで思っていないようである。

 いずれにせよ、早苗のわはは笑いのおかげで人質救出計画は序盤の序盤にして大きく崩れることになったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る