10 美夜子、完全なる敗北

「精霊マジック発動レベルワン!」


 二人の叫び声と体内魔力とに召喚された炎と風の精霊が、それぞれ召喚者の身体を覆い隠してうねうねうねる。


「力場制御! 磁界制御! 魔道ジェネレーター、ブーストアップ!」


 みやもとなえの青い金属の右腕の中で、すんすん、しゅんしゅん、なにかが高速で回転している。


 赤い金属の、とりの腕の中で、ごんごんごんごん、なにかが回転して低く力強く唸っている。


「チェック完了!」

「内圧良好!」


 ばさばさと、ばさばさと、二人の髪の毛が激しくなびいている。


「へんっしいいいいいん!」


 どどどん大爆発。

 風に吹き上げられて、全身を青い金属に包まれた宮本早苗が爆発の中から飛び出した。

 炎に噴き上げられて、全身を赤い金属に包まれた小取美夜子が飛び出した。


 すたん

 がちゃり

 着地する二人。

 従属精霊の違いか単なる自重の問題か、早苗は軽やか美夜子は重たそうな、それぞれ着地の音。

 見た目の動きとしては、どちらも金属の塊とは思えないくらいに軽やかそうであるが。


「変身完了借金完済、めかまじょサナエ!」

「変身完了免震設計、めかまじょミヤコ!」


 叫ぶ二人であるが、同時発声だったので見守る生徒たちにはなにをいっているか分からなかったかも知れない。まあさして意味のない台詞なので、どうでもよいわけだが。


 ここはかわ高等学校の校庭、そのど真ん中である。

 変身した二人のめかまじょは、五メートルほどの距離を向かい合った。

 片や、睨みつつも笑みを浮かべた敵意と自信を満々とさせた表情で。

 片や、困ったような、めんどうくさそうな、要するに闘争心や緊張感のかけらもない顔で。


 前回の初対戦時と同様に、周囲にはぐるり野次馬が楽しそう。いまにもホットドッグや飲み物の売り子が出現しそうなくらいである。

 一限目の始まる直前の校庭での賑わいに、教室の窓からもたくさんの生徒たちがこの様子を見ている。


「ここで会ったが百年目や」


 めかまじょの青い方、宮本早苗は凄むような低い声を出しつつ指をばきぼき鳴ら、そうとしたがまったく鳴らなかったので腕の関節ストレッチをしてごまかした。機械なので、関節ストレッチも意味はないのだが。


「いやいや、いま教室でずっと会ってたでしょお。なあにが百年だあ。そうだよ、お餅がとか、どっちがミヤかとか、どうでもいいことをそっちがいいだして、こんなことになったんじゃないかあ」


 めかまじょの赤い方、小取美夜子である。

 ノリというか流れに押されて変身までさせられたけど、やっぱり戦うだなんて面倒で、その面倒を一方的に押し付けてきた早苗に対してブーブー文句をいっている。


「やかましいわ! せっかくの気合に水をさすなあ!」


 青いめかまじょは、ダンと激しく足を踏み鳴らすと、地を睨み付けたままなにやら小さく口を動かす。

 すると早苗の右手の中に、小さな風が生じていた。

 きらきら光る青い粒子のため、風が目視出来る。その目視出来る小さな風は、縦横無尽に走りながら疾走る範囲をどんどん広げて、サッカーボール状の大きさになっていた。


 ぽそりぽそり、早苗が小声で精神集中の言葉を唱え続けると、ボールがゆっくりさらに大きく、突然、一瞬にして岩のように巨大化した。


 風の球体。下の半球が地面に埋まり、二人のめかまじょはドーム状になった空間の中で向き合う格好になった。


「形がないが故にどんな金属よりも硬い、風の障壁や。学校を壊さんようにという配慮もなくはないねんけど、ま、逃げられへんようにやな。小取美夜子という獲物を」


 早苗は、にやり笑みを浮かべた。


「ほな、いくでえ。今日こそ決着つけたる!」


 ドームの中で地を強く蹴った早苗は、美夜子へと疾風を超える速さで迫りながら握り拳を振り上げた。


 対する美夜子は冷静だった。

 避けようとするどころか、逆に前へと踏み出した。

 踏み出しつつ、腰のホルダーから取り出したカセットを右腕のスロットに差し込んだ。


 早苗が眼前に迫る。


「永遠に眠れやあ!」


 ぶうん、聞いただけで吹き飛びそうなほどの、風を切り裂く轟音。青いめかまじょが、赤いめかまじょへと風の速さで迫りながら風の速さで右拳を突き出したのだ。

 躊躇いない推進力とパンチ力との相乗効果が、果たしてどれだけの爆発力を生み出すのか。

 当たらなかったから、分からなかった。

 美夜子は前進しながら上半身を軽く捻りつつ首を傾けて、見るも簡単にその風の相乗効果をかわしていたのである。


 二人の身体が交差する。

 いや、交差したその瞬間、美夜子が早苗の顔面に右の拳を叩き込んでいた。精霊カセットで火力アップした拳を。

 高層ビルを天の神が一瞬にして叩き潰してペチャンコにしたような、なんとも凄まじい爆音轟音とともに、早苗の身体はふっ飛ばされていた。


「ごまあ!」


 変な悲鳴を上げながら、自分の作ったドーム状の障壁に叩き付けられ跳ね返り跳ね返り、地面をバウンドして天井へ横へ下へとガツンガツン。ガンガンガンガン、ガンガンガンガン、これはなんのおもちゃかというくらいに早苗の青い機体からだは跳ね続けた。

 やがて、どんな物理法則のなせる技か風の障壁にピシリとヒビが入り、ぶち割って青空へくるくる舞い上がる早苗の身体。

 重力に引かれて落下、地面にどさり。


 美夜子へあれだけ威勢のいいことをいっていたくせに、自身こそが一瞬でスクラップになってしまったのだった。


「負けや! 殺せ! 殺せ!」


 校庭の真ん中で汚れた青いめかまじょが大の字になって、激痛に顔を歪ませぜいはあ息を切らせながらも、やけくそ気味に物騒なことを叫んでいる。


「だからさあ、敵じゃないんだからあ。殺さないよお」


 敵じゃないといいつつ一瞬でボコボコのスクラップにしておいて、でもなんだか困った様子の美夜子である。


「ほな、ほな、お前がミヤでええわ!」

「殺せから、いきなり小さくなった」


 美夜子は、ははっと笑った。


「ほっとけ! お前の胸ほど小さかないわ!」

「えーっ、ここでそれいう? 大切なのは全体のバランスでしょお。スリーサイズとか体重とかのさあ。あ、そ、そうだっ……」


 美夜子は、大の字の早苗へと膝をついて近寄り、耳に顔を近付けてこそり。


「体重、何キロ? この質問が、殺さない代わりだ」


 まあ、どのみち殺したりなんかしませんけどお。


「ああ? なんでお前なんかに教えなあかんのや。クソボケが」


 息絶え絶えといった様子の中で、早苗は声を絞り出し最後に舌打ちした。


「あたし正直にいうからさっ。……104キロだっ」


 自分の方が背は低いし、宮本さんは貧弱貧弱とバカにしてくるけど、でも実際問題こちらの方が高性能な機体からだのようだし、ならば体重だって宮本さんよりも軽かろう。と思い、ちょっと上から目線的に知りたくなってしまったのである。

 自分の軽い言動を、死ぬほど後悔することになるのだが。


 美夜子の体重を聞いた早苗は、ぜいはあ息を切らせながらもにやーっと楽しそうに笑みを浮かべて、こういったのである。


「ほな教えたるわ。……96キロや」

「ええーーーーーっ!」


 なんと二桁……


「負けた……完璧に。……戦いなんかよりも、むしろこっちで負けたくなかった……」


 美夜子は地に両手をつくと、がくりうなだれた。


 宮本早苗、奇跡の逆転勝利であった。

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