09 カップ麺に餅を入れると意外とうまい

「やっぱりその裏工作というのが成功したのかなあ」


 小柄な眼鏡女子とうまつが、手にしていた電子ペンをいつの間にか口と鼻の間に挟んで変な顔を作っている。


「まあ、当然そう思うよな。これを見てりゃなあ」


 コンピュータモニターを兼ねた机に電子ペンで書いた数字を、ボサボサ頭の鼻デカ男子たかよしのりがカツカツつついた。


 ここはかわ高等学校、一年A組の教室。

 始業前の喧騒の中、後藤茉莉と高良義則、もとゆうの三人が、自分たちの書いた数字とにらめっこしている。


「ねえ、なんの話してんのお?」


 栗色髪の女子生徒、とりが教室に入ってきた。

 みんなが集まっているのが自分の前である後藤茉莉の机だったので、美夜子は必然と席に着くなり座ったまま椅子を引きずり仲間に加わった。


「ミヤちゃんも、転校生だよね?」


 眼鏡の小柄女子の念押し質問に、美夜子は無言でコクコク小さく頷いた。

 周知の事実である。もう数ヶ月が経過しているとはいえ、転校生に変わりない。


「で、こないだみやもとさんが、このクラスに転校してきたでしょ? というとこをふまえ、この数字を見てよ」


 茉莉は、机のモニターに電子ペンで書いた数字を、先ほどの高良義則みたいにコツコツ叩いた。


 A 36 +1 +1 38

 B 36

 C 36

 D 37

 E 36

 F 36

 G 35


「なにこれ?」


 美夜子は小首を傾げた。


「バカだな、分かんねえの? お前の頭の中に入ってんのって、電卓黎明期程度のコンピュータなんじゃねえの? 脳の代わりにでっかい真空管が入ってんじゃねえの? もっと高度だとしても、せいぜい数当てゲーム出来るくらいのさあ」


 普段よく美夜子にやり込められている高良は、ここぞとばかり強気になって小バカにした。やり込められているもなにも、高良が無意味にからかうからであって自業自得なのだが。


「ええっ、なんでこの数字にピンと来なかったらバカなのお? そもそもあたしの頭の中にコンピュータなんか入ってな……ん、ああっ、分かった! 生徒の数でしょ! 正解?」

「三時間半遅えよ」

「あたしは一分前に来たばかりだあ! でも、妙な人数編成だね。自分も関わっていることながら」


 美夜子は数字を見ながら渋い顔で腕を組んだ。


「でしょお」


 相変わらず口と鼻の間に電子ペンを挟んでいるのに、起用に言葉を発する茉莉である。


 そう、机のモニターに書かれたこの数字は、美夜子たちが在籍する一年生の、クラスごとの生徒数である。

 妙な人数編成というのは、美夜子たちのいるA組のことだ。

 ほとんどのクラスが36人。

 A組もそうだったはずが、一人増え二人増え、38人になっている。


「あたしが入ったことで37人になったのはいいとして、次にまた転校生が入るなら、他のクラスに入るのが普通だよね。あたしも宮本さんもG組なら、分からなくないけど」

「ね、ミヤちゃん覚えてる? 確か宮本さんさ、裏工作してわざわざこのクラスに入ったんやあ、とかいってたでしょ?」

「いってたね、そういやそんなこと。六十三円払ったとかなんとか、でっかい声で」

「それ叫んでたのは、あの気持ち悪い爆発白髪のオッサンの方だったけどな」


 高良義則が、弦楽器を弾く真似をする。

 自分も似たりよったりのボサボサ頭なのを棚に上げて。


「結局のところたまたま同じクラスになっただけでしょ、って思ってたんだけど、こうしてあらためて生徒数を考えると確かに不自然だなあ」

「だよな。まあ、なんかあるにしても、別に六十三円の効果ってわけじゃねえだろうけどさ」


 そんな話をしていると、話題になっている張本人が教室へと入ってきた。


「うおっす」


 眠そうな気怠そうな顔の、みやもとなえである。

 なお、もう制服は仕上がっており、昨日から他の女子生徒と同様、えんじの上着にタータンチェックのプリーツスカートを履いている。


 あふぁ、とあくび噛み殺しながら彼女は、美夜子の姿に気が付いた瞬間に目からバチバチと凄まじい火花を飛ばした。


 美夜子は火花受けてももうあんまり気にせず、むしろこっちに気が付いたついでにと早苗へ声を掛けた。


「ねえ、宮本さん」

「普通に話し掛けてくんなや小取美夜子! わきまえろボケカス! 敵やで」

「でもお、敵だ敵だって宮本さんが勝手にいってるだけだしさあ」


 初めの頃は意味も分からず敵対視されて面白くなかったが、街で早苗の性根が善良であることを知ってしまってから、どうにも心の中ですら迷惑がることが出来ない美夜子である。

 鬱陶しいといえば鬱陶しいけれど。


「で、なんや?」

「ほら、これ見てよ。一年生の、いびつな人数編成を。宮本さんが『裏口入学やでえ』っていってたの本当だったのかーって思って」


 といいながら美夜子は、机に書いた数字をコツコツ叩いた。


「はん、いまさらなにを。せやから最初から裏口入学やと……ちゃうわ! 裏工作や! うちの頭が悪いみたいやないか!」


 早苗は顔を真っ赤にして、唾を飛ばしながらガーッと怒鳴った。


「ノリツッコミなのか分かりにくい」

「芸人として零点ですな」


 高良義則と木本祐二が、顔を近づけ合って採点ひそひそ。


「関西イコール芸人と思う関東モンの風潮なんとかせえや!」


 ガシッガシッと早苗は男子二人の胸ぐらを思い切り掴んで引き寄せた。


「でもさあ、よく六十三円も余計なお金を払えたよね。貧乏なのにさあ」


 嫌味でもなんでもなく、単純に疑問に思った美夜子は小声で呟いてしまう。


「はあああ?」

「あ、あ、ご、ごめんっ、ついうっかり。傷ついた? ほんとごめんね」


 美夜子は顔の前で両手を合わせて謝った。


「傷ついたわあ。貧乏やいうデマに対してな。……貧弱な裸しとるくせに」

「あーっ、お風呂で一方的に見といて、酷いよそれ! どうせ自分だってたいしたことないくせにさあ!」

「ボンキュッボンや。いつか見せたる」

「いま見せてみなよお!」

「いやや。減るわ」


 そんな二人のやりとりに、茉莉がちょっとほっぺを赤くして眼鏡の奥で瞳をキラキラ輝かせた。


「えーーっ、ミヤちゃんと宮本さんって、もうそんな仲なのお? お風呂に入ったとかさあ」

「こいつ、パンツの穴一つに両足突っ込んで転んでたで」


 早苗は親指で美夜子を指した。


「ドワハハハハハ」

「ワハハハハ」


 高良と木本が、いや聞いてた教室のみんなも美夜子を指して大爆笑だ。


「あ、あれは……」


 事実なので、なにも返せない美夜子。


「さっそく一緒にお風呂だなんて、めかまじょ同士、仲がいいんだなあ」

「ちち、違うんだよお茉莉ちゃん! 宮本さんがあたしの後を付けてきて、勝手に覗いてただけだよ! 聞いてよ、貧乏で入浴料が払えないからって、番台のところから身を低くしてじーっとこっち見てんだよお。『風呂入るわけやないのに一銭たりとも払えるかあ』って叫びながら通り抜けて入ろうとして、阻止されて大暴れしてんだもん。知り合いだと思われて恥ずかしかったあ」

「そ、そ、そこまで金に困っとらへんわ!」

「でもやってることはそうだし、あたしがあげたカップラーメン汁の一滴まで飲み干してたじゃん」

「いつか、餅をつけて返したるわい!」

「え、ノシじゃなくて?」

「モチやモチ。知っとるかあ、カップ麺て餅を入れると意外とうまいんやでえ」

「いいよ、お餅の話なんか」

「いや、つい……。てか、お前がカップ麺の話なんかするからや! だいたいなあ、なんでお前がミヤ呼ばれとるんや。うちかて宮本なのに、おかしいやろ!」


 貧乏っぽい食べ物の話をどうでもいいとかあっさりいわれた恥ずかしさをごまかしたいのか、早苗は強引に話題を変えてきた。


「だあって、あたしは下の名前だし。そもそも、そっちの方が後から来たんでしょお? 裏口で」

「裏口やないちゅーとるやろ! ぬああああああ、もうてっぺん来たでえ! どっちがミヤと呼ばれるに相応しい女か、対決やあああ!」

「えーっ、めんどくさいからやだよ。宮本さんが本当は優しいよい子なの知ってるから、もう戦いたくもないしさあ」

「黙れ! デタラメいうな! うちは鉄の女やで! 受けて立てや小取美夜子! 今度こそ一瞬の瞬殺でスクラップにしたる!」

「やだなあ」


 渋る美夜子であるが早苗のしつこさには勝てず、こうしてまた二人は戦うために校庭へと出ることになったのである。

 他の生徒たちと一緒にぞろぞろと。

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