02 コミョジェイってなんだ

 とりは走っている。

 はあはあふうふう、息を切らせながら。

 誰もいない、学校への道を。

 身体は機械だけど、脳など生身の部分もあり酸素は必要なのだ。

 何故に誰も道にいないかというと、なんのことはない、遅刻寸前だからだ。

 昨日も凶悪犯と戦って、研究所でのデータ採りやメンテナンスで遅くなってしまったためだ。

 さらには、今回はしっかりと宿題もやったし。

 それで遅刻していたら意味がない気もするが、それはそれ。頑張れ美夜子、走れ美夜子。


「しかし、走るって非効率的だあ」


 カバン持ってぜいはあ走りながら、美夜子はぼやく。


 普通の人間だって自動車や自転車といった文明の道具を使っているのに、何故めかまじょたる自分が地べたを二本の足で走らねばならないのか。現代科学の粋を集めた存在であるはずの自分が。

 変身したところで空を飛ぶ能力もないし、アパート暮らしの貧乏生活で送迎してもらうお金もないし、是非ないことではあるのだが。

 走るのも大事なデータ収集だよお、などとのりまきくんはいっているが、多分もろもろ面倒なだけではなかろうか。


 まあ、液状関節は生身の人間の関節よりも遥かに高耐久らしいので、摩耗損傷を気にせず全力を出せるのは幸いか。でなければ、今日は遅刻だ。というくらい、ほんとギリギリの時間なのだ。


 超高耐久といっても、最近は戦ってばかりで扱い方が激しいため、頻繁に部品交換しているが。

 介護ロボットなど研究所が作っている一般的なロボットならば、関節部品はメンテフリーで百年はもつとの話だ。


 超精密メカなのは分かるが、何故こんなことをしなければいけないのかという疑問はまた別だ。

 悲しくなる。

 でも仕方がない。空を飛べないなら現実的な範囲で改造してもらって、足から車輪を出したり、自動車と合体したり、そんなことしたらそれはそれで大笑いされ末代バカにされること決定的なので、とにかく自分の二本の足で走るしかないのだ。


 などと美夜子が科学の粋と実際の現実のギャップを胸に嘆いていると、後ろから誰かの声が聞こえてくる。


「遅刻っ、遅刻っ」


 シーと静音モーター動かしてちらっと後ろを振り向くと、たかよしのりが必死な顔で走ってくる。

 ボサボサ頭、ひょろり長身でデカ鼻が印象的な男子生徒である。

 この言動、そしてこの時間に公道走っていることから、彼もやはり遅れて家を出たのだろう。


 どうでもいいが、典牧青年といい美夜子の視界をよぎる人物は何故ボサボサ頭ばかりなのか。


 高良はひいはあ苦しそうにしながらも、ぐんぐん追い上げてくる。

 よく見ると手ぶらで、両手になんにももってない。

 ズルい。と美夜子は思った。彼女は両手にカバンとバッグで、ゆさゆさ揺れているため全力で走れていないからだ。


「どけやポンコツロボット!」


 運動神経鈍いくせに、その身軽を生かして抜きに掛かる。


「ポンコツでもロボットでもないからどかない!」


 美夜子は邪魔してやろうとさっと素早く横へ動いて、電信柱に側頭部ぶつけた。


「あいたっ!」

「自爆してやがる! やっぱりポンコツじゃねえか」


 わははは追い越すボサボサ頭の鼻デカ少年。


「違う!」


 ジンジンする痛みを我慢しながら、たたっと小柄な身体をダッシュさせて、鼻デカと並んだ。

 並んだといっても、頭一つ分美夜子が低いが。


「ポンコツじゃないし、ロボットじゃなくて改造人間サイボーグだあ!」

「いいよどうでも」

「よくない!」


 不毛なやりとりの二人。

 その元気を、走ることに回せばよいというのに。


 でも、いつしか二人は学校へと辿り着いていた。

 ライバルのおかげか、なんとまだ予鈴が鳴る前に。


「遅いぞ、小取、高良!」

「すみませーん」


 竹刀を持って正門に立っているつかはら先生に美夜子は謝りながら、敷地へ、そして校舎へと向かう。


「なんだありゃ?」


 はあはあ息を切らせながらの高良の言葉に、美夜子は彼の視線の先を追う。

 校舎脇に大型ワゴン車が停まっている。

 それのことだろうか。


「さあ」


 駐車場に空きがないことはないだろうから、サイズ的に停められなかったのだろう。もしくは無精か。

 しかし、確かになんだありゃだ。

 黄色と青の、ドぎついツートン。

 脇には「KOMYOJ」と書かれたデカル。


「コミョJ、なんだろ?」

「さあ」


 などと話しながらも足は休めず走っていると、二人へと掛かる女子の声。


「おっそいよー、二人とも!」


 校舎の三階の窓からだ。

 眼鏡女子、とうまつが手を振っている。


「おはよ茉莉ちゃん! 寝坊しちゃってさあ! じゃ、高良、おっ先い」


 美夜子はそういうと、足の回転速度にブーストを掛けた。


「まてや小取い! ふんぬうう!」


 もう始業に間に合うことは確実なのに、なんの意地だか分からないが、高良は必死に背中を追う。


「うぎゃっ」


 いきなり美夜子が、足をもつれさせて豪快に転んだ。


「にょっ」


 それに蹴つまずいた高良は気持ちの悪い悲鳴を上げながら倒れ、おでこを美夜子の後頭部へとゴツッ!


「いたっ!」


 二人の悲鳴が上がった。


 美夜子は機械だから頑丈だけど、無数のセンサーが脳へ感覚を送信するので、痛いものは痛いのである。


 窓からガックリお手上げポーズの茉莉。


 朝から散々な美夜子であった。

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