第22話 何食べようか

 母にご飯を食べてくると連絡を入れ、天王寺駅方面に向かって二人で歩き始めた。


 お店から出て少し歩くと、左手に四天王寺が見えてきた。


 四天王寺の門は24時間開いているが、お堂や中心伽藍・庭園の拝観時間は16時半までなので、参拝する人もまばらになっている。

 石鳥居から西大門――通称、極楽門へ向かって石畳の参道が続く。極楽門の奥には、西重門と五重塔の相輪が見えた。


 和宗総本山・四天王寺は、推古天皇元年(593年)に聖徳太子が建立したとされる日本仏法最初の官寺かんじだ。

 『日本書紀』の伝えるところでは、物部守屋と蘇我馬子の合戦の際、聖徳太子が「この戦いに勝利したら、四天王を安置する寺院を建立し、この世の全ての人々を救済する」と誓いを立て、勝利後その誓いを果たすために建立されたのが始まりといわれている。

 大阪では、〝四天王寺してんのおじさん〟〝よんてんさん〟〝天王寺さん〟という愛称で多くの人に親しまれており、宗派にこだわらない仏教の総本山である。



◇◇



「礼桜ちゃんは四天王寺さんに行ったことある?」

「ないです。行きたいとは思ってるんですけど、なかなか機会がなくて」


 四天王寺は、車窓から眺めるだけで、まだ一度も行ったことがない。一度行ってみたいのだが機会がないので、まだ行く時期ではないのだろうと勝手に思っている。


 四天王寺が聖徳太子によって建立されたお寺と知ったときは、とても驚いた。

 「聖徳太子=法隆寺」と思い込んでいたので、大阪に聖徳太子が建てたお寺があるなんて!と衝撃を受けたのを覚えている。



「お堂とかは入れないけど、散歩がてら行ってみる?」

「……今日はやめておきます」


 魅力的な申し出だったが、今の私には広い境内を散策する気力も体力もない。申し訳ないと思いつつ、首を横に振った。


 石鳥居から見える極楽門や西重門、五重塔の相輪を見ながら、次の機会に持ち越すことにした。


「そやね、俺も腹減ったし、四天王寺はまた今度行こ。毎月21日は大師会、22日は太子会が開催されてるんやけど、境内にいろんな露店が出てて、見て回るだけでもなかなか面白いよ」

「露店ですか」

「うん。俺が行ったときには、骨董品とかアンティークとか、古本も出てたし、もちろん日用品とかも出てるし。たま~に手に入らなくなった掘り出し物とかが置いてあって、そのときは即買いしてる」

「そうなんですね。たしかに見て回るだけでも面白そう……」

「21日が土日のとき、開店前にでも行ってみいひん?」

「いいんですか?」

「もちろん」


 楽しみだと思いつつ、ひとつ気になったことを質問することにした。


「でも、もし土日に開催されたら、お店開けた後めちゃめちゃお客さん来るんじゃないんですか?」

「大師会が休日のときなんかは今日以上かな。でも、来週から3人に増えるから多分いけると思う」

「あと1人増えるんですか」

「うん。まあまあいいやつだから、来週紹介するね」


 ……来週1人増えるらしい。



◇◇



「礼桜ちゃんは何が食べたい?」


 お腹は空いているけど、食べたいものは特に思いつかない。


「てんしばの中にあるお店に行く? それとも駅前周辺で食べる?」


「……あっ! 善さんのお店はどうですか」


 どこに行こうか悩んでいたら善さんの顔が浮かんだので、とっさに九条さんに伝えた。天王寺駅前商店街を歩きながら天王寺駅に向かっているので、善さんのお店ならもうすぐ着くし、また来てねと言われていたので、なかなかいい提案ではないだろうか。


「あー、別に善さんのところじゃなくてもええよ」


 九条さんが言葉を濁してきた。よく見ると、顔も僅かだが渋っているように見える。


「……もしかして善さんとケンカしちゃったんですか」

「いや、そんなことあらへんけど」

「じゃあ、酔っ払いの人がもういるとかですか」

「この時間ならまだ大丈夫やと思うけど。……せっかく礼桜ちゃんとご飯食べに行くから、違うお店もいいかなって思って」


 なるほど。善さんのお店は行きつけと言っていたので、たまには違うものが食べたいのかもしれない。


「九条さんは何が食べたいですか」

「俺? う~ん、何やろう。何でもええんやけど、カフェとかじゃなくて、がっつり食いたいかな」

「がっつり、いいですね! じゃあ、歩きながらがっつり系のお店を探しますか」

「せやね。そうしよう」


 日曜日の夕方でも天王寺駅周辺の人通りは多い。谷町筋を挟んで天王寺駅前商店街の反対側にある「てんしば」からは、家族連れやカップル、年配の人や若い子たち、年齢を問わずたくさんの人が出てきている。てんしばでリフレッシュして今から帰るのだろう。



***



 「てんしば」は天王寺公園エントランスエリアのことで、てんしばの中は広大な芝生広場が中央に広がり、周りにフットサルコートやプレイランド、飲食店が建ち並んでいる。また、てんしばの中には大阪サイン「OSAKA」があり、観光客など多くの人が写真を撮るフォトスポットとなっている。

 てんしばの中の芝生に座って空を見上げると、あべのハルカスが空へ空へと高くそびえ立ち、良い具合に都会感と自然を味わうことができる。

 近隣には、天王寺動物園や市立美術館、慶沢園や茶臼山などもあり、天王寺動物園に行くときは必ずこの中を通っていく。

 休日となると年代問わず多くの人で賑わう憩いのスポットとなっていて、晴れた日の休日は特に多くの人で賑わっている。


 私は大阪市内に住んでるけど人ごみはあまり好きではないので、どちらかというと、晴れた日の平日に芝生の上に座ってボーっとハルカスや青空を見上げるのが好きだったりする。



***



 歩きながら、てんしばのほうから出てくる人たちを見ていると、九条さんの携帯が鳴った。

 「ごめん」と言いながら立ち止まったので、私は会話を聞かないように一歩離れて、何を食べようか考えることにした。


 がっつりといったら肉? 焼き肉? トンカツ? 串カツもいいな。でも、串カツはがっつりなのか疑問が湧く。白飯と一緒に食べたらがっつりだよね。

 串カツを思い浮かべていると、だんだん串カツの口になってきた。電話が終わった後、九条さんに伝えてみようかな。


 九条さんを見ると、「ああ」とか「いや」とか「うん」とか、ほとんどを一言で返している声が聞こえる。心なしか私と喋るときより声のトーンが低い気がした。最後に「わかった」と言って電話を切った。


 雰囲気からして、あまりよくない電話だったのかもしれない。もし用事ができたのなら、私のことは気にせず行ってもらおう。



「礼桜ちゃん、今の電話、善さんからなんやけど、ご飯食べに来えへんかって」

「えっ? 善さんですか」


 私の予想に反して、電話は善さんからだった。


「うん。礼桜ちゃんの歓迎会せな!って張り切ってた」

「……九条さんは大丈夫ですか」

「なにが?」

「いや、何となく……」


 九条さんは行きたくなさそうな感じがしたので……とは、さすがに言えなかった。



 九条さんは切り替えるように大きく息を一つ吐くと、


「しゃあないな。礼桜ちゃんと二人でご飯食べたかったんやけど、行かへんかったら善さん五月蠅いからなあ。善さんのところでもええ?」


 仕方ないとしつつも楽しそうな感じがしたので、私も「もちろんです!」と答えた。






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