第21話 初の日曜日バイト
ー4月10日(日)ー
カランコロンカラン
今日も澄んだ音色が迎えてくれる。
「おはようございます」
カウンターの中にいた九条さんに挨拶をすると、「礼桜ちゃん、おはよう」とにこやかに返ってきた。
だけど、昨日と違い、どこか忙しそうだ。
「礼桜ちゃん、今日忙しくなるかも。もしかしたら休憩でけへんかもしれへん」
「そんなに忙しくなるんですか」
昨日からは想像できない。
「うん。日曜日は四天王寺さんへお参りに来る人が多いから、それに伴ってお客さんも増えるねん」
「そうなんですね……」
確かに今日は人通りがいつもより多いと感じたが、休憩できないくらいお客さんが来ると思うと、たちまち不安になってくる。
急いで事務所に荷物を置きエプロンをつけて店内に戻ると、九条さんはカウンターの中で、昨日オンラインで注文が来たのを包装していた。
「九条さん、手伝います」
「三つだけやから、礼桜ちゃんは開店準備のほうをお願い」
九条さんはテキパキと手は動かしているが慌てもせず、昨日と同じ穏やかな雰囲気をまとっている。
「忙しくなるかも」の言葉に焦っていた私は、落ち着いた九条さんの姿に次第に冷静さを取り戻すことができた。
一度大きく呼吸をし、クリアになった頭で昨日習った開店準備を進めていく。
九条さんみたいに丁寧に、だけど素早くを心がけて準備をしていった。
準備が終わり時計を見ると、開店まであと10分ある。
「礼桜ちゃん、終わったならちょっとこっち来てくれへん」
奥から声がかかったので事務所に入ると、テーブルの上にはおにぎりが6個置いてあった。
おにぎりを見て、その後、カウンターキッチンの中にいた九条さんを見た。
「礼桜ちゃん、さっきも言うたけど、今日は休憩でけへん可能性もあるから、ごめんやけど、そこにあるおにぎり食べててくれへん」
「好きな具を選んでね」と言いながら、お茶を出してくれた。
「ありがとうございます。すみません、お茶も淹れず……」
「気にせんでええよ。俺、結構お茶とかコーヒー淹れるの好きやから」
「私、洗い物だけは得意なので、あとで片付けます!」
「洗い物だけなんや」
「はい」
「さあ、礼桜ちゃん、食べよう! 今までは一人で開店準備しとったから開店前に何も食べれなかったけど、礼桜ちゃんが来てくれたから、こうやって腹ごしらえができる」
洗い物だけはできる私に笑ってツッコみ、「急いで食べよう」とおにぎりを勧めてくれた。おにぎり屋さんのおにぎりはどれも美味しそうだったが、一番好きな鮭のおにぎりが2つあったので、そのうちの1個をもらった。九条さんも鮭を手に取っている。
自慢ではないが、小学生の頃から昼食を早く食べる習慣はついている。
学生生活を送る中でゆっくりと給食やお弁当を食べたことはあまりなく、高校生になった今も早めに食べ終わり、友達と話したり、課題や宿題をやったり、机に伏して15分ほど寝たり、短い昼休みはやることが多いのだ。
開店まであと8分ちょっと。
私はその能力をここで遺憾なく発揮させてもらった。
九条さんはそんな私を見て笑っていたが、私が2個目の梅を食べ終わった頃には九条さんは3つ食べ終わり、4つ目の途中だった。
私以上の早食いがいた!
しかも、いつのまにか4個目やし。
食べ終わり、温かいほうじ茶で一息つく。
今日のほうじ茶も美味しい。
九条さんが淹れてくれるのは何でも美味しいと感じた。
◇◇
九条さんの宣言どおり、昨日と打って変わり、今日はカランコロンカランの澄んだ音色がうるさく感じるほどお客さんがひっきりなしに来店した。
お客さんが入りやすいように、またドアベルを封じるために、途中から扉を開けっ放しにすると、さらに来店する人が増えた。
男性のお客様もいたが、大半はご夫婦やカップル、若い女性同士のグループだった。
若い女性グループの来店は、彼女たちの熱い双眸具合を見るに、九条さんのイケメン効果が大きいような気がする。
店内にいるお客様は数人だが、常時お客様がいる状態だった。何も買わずに出ていく人も多かったが、購入していく人も多く、九条さんがレジを打ち、私は新品を取りに行ったり、商品を包んだり、声をかけてくる人に対応したり、できることをした。
昨日九条さんから一つ一つ商品の説明を受けていたので、何とか答えることができた。
復習しておいてよかった。
外国人観光客の方も多く来店したが、今日はどうにか英語で対応することができた。
昨夜、九条さんから送られてきた英語で書かれた商品の説明文やよく使うフレーズなど、すべてノートにまとめ、必死に覚えたのが功を奏したようだ。
今、私のエプロンのポケットの中には小さなノートが入っている。
見開きのページを使い、左側に商品の写真を貼り、その商品の名前、特徴、説明などを日本語と英語で書いている。
そんな最強あんちょこの力を借りながら、うろ覚えのところはノートを見て外国の方にも対応することができた。
◇◇
怒涛のような忙しさだった。昨日が緩すぎたので一層そう感じる。
お客様の波が引き、落ち着いた店内に戻ったのは、午後4時を過ぎた頃だった。
お日様は西の空へと向かっている。扉を閉めると、お店の中は来客が幻だったかのような静寂に包まれていた。
大きく息を吸うと革の匂いが疲れた体に浸透していく。やっと大きく息をつくことができた。
「礼桜ちゃん、お疲れさま」
「お疲れさまです」
レジのところにいた九条さんが声をかけてくれた。優しく微笑んでいる九条さんを見た途端、どうにか乗り切ることができた安堵で一気に疲れが襲ってきた。そして、緊張してずっと気が張った状態だったことに今さらながら気が付いた。
「疲れたやろ。お腹もすいたし、今日はもうお店閉めよっか」
「え、いいんですか」
「うん。もうお客さんも来えへんやろうし。それにうちの閉店時間は、あってないようなもんやしね」
爽やかな笑顔の中に腹黒さが垣間見えるのは気のせいではないはずだ。
そして思い至る。
表の扉にかかっている「OPEN」の札の下に「11時~」と書かれているが、閉店時間は書かれていなかったことに。
確かに、閉店時間はあってないようなものだな。
「礼桜ちゃん、扉にかかっている札を「CLOSE」に変えてきてくれへん。俺、今からレジ締めするから。終わったらご飯食べに行こ」
「え!? まだ5時じゃないですけど、いいんですか」
「うん、お店開けてるときは大体いつもこんな感じだから」
「そうなんですか……」
何とも自由でいらっしゃる。時給じゃなく日当にする理由が分かった気がした。
よほど空腹なのか、九条さんはテキパキとレジ締めをしている。私も九条さんに倣い、閉店に向けて片づけ始めた。昨日教えてもらったので、何をすればいいか分かる。
昨日が暇で本当によかった。
◇◇
「礼桜ちゃん、終わった?」
「はい。このごみ袋を縛ったらおしまいです。」
すべての片づけを終え、ごみを集め入れた袋を手早く縛った。
「俺も終わったから、ご飯食べ行こ。お昼休憩なくて、ほんとごめんね」
「大丈夫です! 開店する前におにぎりを頂いたので。……あの、九条さん、おにぎりありがとうございました。お礼言ってなかったと思って……。おにぎりを食べてたので最後まで頑張れました」
「そっか」
そういってふんわり微笑む九条さんは、疲れた顔もしておらず、イケメンのままだった。
疲労感が漂う自分とは大違いだなと、疲れている脳でそんなことを思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます