第18話 バイト初日 ①

 お店の前を掃き終わるとオープンの11時になったので、私は扉にかかっている札を「CLOSE」から「OPEN」へひっくり返した。


 空を見上げると、白い雲がところどころ浮かんでいるものの青空が広がっている。


 お客様への応対をきちんとできるか不安だけど、愛想よく丁寧に、私が今できることをやるだけだ。深呼吸をして気合いを入れると、お店の中へと戻った。



◇◇



「開店前の準備は何となく分かった?」


 私がカウンターの中に入ると、レジのところにいた九条さんが尋ねてきた。


「はい。……きちんとできたかは分かりませんが」


「十分できてたと思うよ。それに、礼桜ちゃんが商品を一つ一つ丁寧に扱ってくれてて嬉しかった」


「……バイトが決まった後、どんな革小物があるか毎日ホームページで見てたんです。早く覚えたくて……。でも、実際に手に取ってみると、全然違ってました。どれもネットで見るよりすごく素敵で! なんていったらいいのか、手触りとか、質感とか、機能性とか、この一つ一つを九条さんが作ってるんだって思ったら、すごく感動しました!」


 感動を伝えたくて、つい熱く語ってしまった。


 瞠目して立ち尽くした九条さんを見て、熱く語ってしまった感が半端ない。

 そんな焦りと羞恥から、九条さんから顔を逸らすも、口から出た言葉はなかったことにはできない。


 九条さんが瞠目したまま全く動く気配がないので、私は恥ずかしい気持ちを抑え、頭一つ高い九条さんを再度見上げた。

 私と目が合うと勢いよく顔を逸らした九条さんを見て、失言だったと悟り、一気に後悔が押し寄せてくる。


 九条さんを怒らせた……


 自然と俯き、どうしようと悩みながら凹んでいると、頭上から小さな声で「ありがとう」と聞こえた気がした。


 空耳かなと思って九条さんを見上げると、相変わらずそっぽ向いてたけど、髪の毛の間から見える耳は少し赤くて。


 もしかして……照れてるだけで怒ってない、のかも、しれない?


「私、早くいろんなことができるように頑張りますね!」

「そんなん頑張らんでもええよ。一つずつ、ね」


 空耳かもしれないけど「ありがとう」と聞こえたことが嬉しくて、挽回すべく的外れな決意表明をしたら、九条さんはこっちを見て笑ってくれた。



◇◇


 BlueberryFlowersは、店頭販売よりもオンラインショップでの販売割合のほうが高い。


 お店の前の道は、谷町線から降りて四天王寺に参拝する人たちなどで人の往来は多く、土日祝日となると平日以上の人通りとなる。


 しかし、ほとんどの人は素通りしながら窓から店内を見るだけで、革小物に興味がある人しか店内には入ってこないらしい。


 確かに、私も初めて来たとき、ハードルが高く感じて入りづらかった。


 でも、意外にリーズナブルな商品もたくさんあり、見るだけでも楽しいお店なのだと今は知っている。

 もっと多くの人にこのお店の魅力を知ってもらいたいと思い、知られていないのがもったいなく感じた。

 それを九条さんに伝えると、「興味がある人しか入ってこないから楽やし、暇なときは店番しながら有意義に過ごせる」と笑って教えてくれた。


「閉めたいときに閉められるしね」


 なるほど。宣伝なんかしなくても、知る人ぞ知る店でいいのかもしれない。


 母みたいに革製品が好きな人は、いずれかのタイミングでBlueberry Flowersの商品を知るのだろう。

 そのときが一期一会。そういう出逢いも素敵だなと思った。



◇◇



「じゃあ、次は包装の仕方や梱包の仕方なんかを教えるね。店番を兼ねてるから、基本このカウンター内で作業するから」

「分かりました。よろしくお願いします」



 九条さんは、カウンターの奥、レジ横にある部屋へ案内してくれた。そこには、左右に商品をストックする棚が置かれていた。


 左側の棚は、商品の在庫が品物ごとにきちんと配列されて置いてある。

 右側の棚は、大小さまざまな籠が置いてあり、籠の内側の面は分厚い布張りになっている。さまざまな籠の中には、商品と注文票が入っていた。間違えがないように、1件の注文につき1つの籠となっている。


 籠は品物に合わせて使い分けられていて、棚の左側から注文順に籠が置いてある。こうすることで間違えを防いでいると教えてもらった。



「じゃあ、この籠を作業台へ持って行こうか。左側が一番古い注文になってるから、左から順に持っていってね」


 現在、右側の棚には10個ほどの籠がある。棚の左側から注文順に沿って籠が置かれているので、順番を間違えないように作業台へと運んだ。


 作業台は、レジが置かれているカウンターの背面に、カウンターの長さに合わせて設置されている。作業台の下は、上部に引出し、下部は扉付きの棚になっていた。ダークブラウンの木製の作業台は、木目も綺麗でなんともお洒落だ。


 九条さんは作業台から一番古い注文の籠を1つ取ると、カウンターのほうへ向き直った。

 中から見るレジカウンターは、カウンターの一段低いところにインナーテーブルが付いている。そこにはレジが置かれてあるだけで、あとはフリースペースとなっていた。どうやらそのスペースで包装作業をするようだ。レジカウンターは高さがあるため、お客様からはレジや包装する商品などが見えないようになっている。


 作業台には籠を並べ、ラッピングや包装、梱包は基本カウンターのスペースで行うようだ。



「それじゃあ、まず俺が包装するから、よく見ててね。

 最初に傷や汚れがないか全体を確認して、それから包んでいくから」


 そういって、手袋をはめた手で商品を包装していく。説明しながら包装していく手つきは丁寧で、仕上がりはとても綺麗だった。

 ……不器用な私にできるか不安になってくる。


 最後に配送先のラベルを貼って完成した。

 梱包し終わったものは、籠には戻さず作業台に置き、籠は端に寄せて重ねていく。ここまでが一連の流れとなる。


「じゃあ、やってみようか」

「はい」


 不器用ながらも、丁寧に、丁寧に、受け取る人のことだけを考えて包装していく。分からないところは九条さんに教えてもらいながら、どうにか1つの注文が完成した。


「うん! すごく丁寧で、上手にできてる」


 九条さんから褒められるとは思ってなかったので、少し照れてしまった。


 次は、ギフト用のラッピング包装だった。箱に入れてリボンをかける。リボンのかけ方、箱を開けたときの商品の見せ方、細部まで丁寧に包装しなければならない。

 まずは、練習用の箱とリボンで結び方を練習する。九条さんの手にかかると魔法のようにリボンが結ばれていくのに、私が同じようにしたら、いびつで歪んだリボンになる。教えてもらいながら練習用の箱で何度もトライするも、毎回リボンが歪み、自分の不器用さが情けなく、心の中では既に泣きそうだった。


「すみません、九条さん、リボンが……」

 そう言いながら隣にいる九条さんのほうへ顔を向けると、思いのほか近くに九条さんの顔があって、たじろいでしまった。

 私より頭一つ分背が高い九条さんは、私の歪なリボンの結び方をよく見るために、かがんで顔を近づけたようで、そのときに私がちょうど振り向いてしまった。

 九条さんも急に私が振り向いてきたので驚いたのか、瞠目している。

 「すみません」と言ってすかさず距離をとったけど、顔が熱を帯びているのが分かった。


 振り向いたとき近くに九条さんの整った顔があったら、誰だってドキドキすると思う。


 免疫がない私はまだドキドキしてるのに、九条さんは何事もなかったかのような顔をしている。そして、歪んだリボン結びを見ながら「練習あるのみやね」と笑っていた。


 2個目のギフト包装は、九条さんが代わってくれた。

 表情には出さないようにしていたが、私が落ち込んでいるのが分かったらしく、「大丈夫やで。そのうちできるようになるから」と言って励ましてくれた。


 九条さんは最初に私を揶揄っても、最後は優しい言葉をくれる。でも、それに甘えることなく、笑われないように練習あるのみだ。


 気持ちを切り替えて、私は3つ目の包装に取りかかった。


 その後、九条さんに見守られながら、何とかすべての作業が終わった。ギフト包装はすべて九条さんが代わってくれたが、作業台には配送できる状態で10個並んでいる。



 時計を見ると、午後1時45分になるところだった。


 開店から2時半以上も経っている。


 集中していたから全然気づかなかった。


 それよりも、お客さん、来なかったな。

 それをやんわり九条さんに伝えると、

「店を覗きながら通り過ぎる人は結構おったんやけど、今日は入ってくる人はおらんかったね。礼桜ちゃんにゆっくり教えることができたし、逆によかったわ」


 「店長がそんなこと言うたらあかんけど」と九条さんは笑っていたが、夢中になりすぎて道行く人たちが覗いていたことさえ気づかなかった。

 初めてで視野がものすごく狭くなっていたと今さらながら気づく。


 もしお客さんが入ってきてたら、焦って挙動不審になってたかもしれない。申しわけないが、誰も来なくてよかったとちょっと思ってしまった。






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