第16話 バイト初日の朝
ー4月9日(土)ー
九条さんにバイトしたい旨のお返事をして数日後の土曜日、いよいよ今日からバイトが始まる。
毎週土曜日は学校があるのだが、今週は「自宅学習」という名のお休みだったので、早く覚えるためにも朝から入ることにした。
慌てなくていいように、昨日のうちに着ていく服は準備して置いてある。その服を見ながら、九条さんとのやりとりを思い出した。
***
バイトするにあたり九条さんにどんな服装で行けばいいか確認すると、
『全身ヒョウ柄とかショッキングピンクとか、派手な服じゃなければ何でも』
とメッセージが返ってきた。
御期待に沿えず申し訳ないが、そんな派手な服は1着も持っていない。
読んだ瞬間、チベットスナギツネのような表情になってしまったのは当然だと思う。九条さんのメッセージは全く参考にならないものだった。
全国放送のテレビでは、ヒョウ柄とか派手な格好をした大阪のおばちゃん達がよく出てくるけど、私はそんな派手な格好のおばちゃんを見かけたことはない。そこら辺を歩いている大阪のおばちゃん達はそんな格好はしていないと、声を大にして叫びたい。
気持ちを切り替えてチベットスナギツネを追い出すと、バイト初日に備え、私は鏡の前で一人ファッションショーを開催することにした。
お店に合う(だろう)、かつ動きやすい服を選ぶ。
初日はズボンがいいだろうと思い、ストレッチが効いている動きやすい黒のスキニーを選んだ。
トップスは、軽さと柔らかさを出すように編まれた生成りの畦ニットにした。生地もそこまで厚くないため、陽春の候でも問題なく着ることができる。ボートネックの衿元と程よいニットのゆとりは、抜け感とリラックス感がある。ニットの袖も広がっていないので難なく袖まくりもでき、作業の邪魔にもならない。
靴は、ウィングチップのプラットフォームレースアップシューズにした。中底もクッションが敷かれており、ゴム底なので動きやすく疲れない。ウィングチップの多くに施されているメダリオン(爪先の穴装飾で描いた図形)やパーフォレーション(線状に並んだ穴装飾)が華やかで、黒のエナメルの靴が全体のスタイルを引き締め、きちんと感も出ている。これをバイトのときに履く靴にしようと決めた。
出逢ったときの九条さんが黒を基調とした服を着ていたので、それを真似て、全体的に動きやすく、かつシンプルでキレイめな格好を心がけたつもりだが、この服装で大丈夫だろうか。
***
お店は11時オープンなので通常は10時30分からバイトに入ることになっているが、今日はオープン前に仕事の説明や手続をするとのことで、10時から入ることになった。
用意もできたし、そろそろ出ようと思った矢先、九条さんからメッセージが届いた。
『おはよう。今日からよろしくお願いします。気をつけてきてね』
バイトをすると返事した後から、九条さんは私を気遣うメッセージをくれる。
メッセージをもらうたびに申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちがごちゃ混ぜになり、その後、早く返信しなければという気持ちに追い立てられる。
私はメッセージを返すのがあまり好きではなく、どういった言葉を返すのが適当か悩んで返信に困り、最後は面倒くさくなり、結果、既読スルーという……。高校生になって、すぐに返信するように心がけ、だいぶマシになってきたのだが、苦手であることには変わりない。
そんな私にとって小まめにメッセージをくれる九条さんは、やっぱりすごい人だなと感じた。
できる男は気遣いも半端ないらしい。
文面を考える時間はない。私は返事を送るため、なるべく早く指を動かした。
『おはようございます。今日からよろしくお願いいたします。今から家を出ます。』
玄関の姿見でもう一度全身をチェックし、私はバイトへと向かった。
これから広がるであろう自分の世界に、わくわくが止まらなかった。
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