第15話 ◆ 俺から見た二人(善視点)②

 二人を見送った後、準備中の札をかけているにもかかわらず、遠慮なく扉を開ける音がした。

 誰が来たのか確認すると、礼桜ちゃんを送った帰りなのか、また湊が店に入ってきた。


「またお前か。1日2回も来るなんて珍しいやん」


 茶化すように声をかけると、湊は少し嫌な顔をしてカウンターに座った。


「今から兄貴たちがここに来る」


 面倒くさそうに応えた後、おもむろにポケットから携帯を取り出し、携帯を見始めた。どうやら会話をする気はないらしい。

 相変わらず愛想がないというか、可愛げがないというか。礼桜ちゃんの前とは大違いやな。


 優しい俺が湊の前に飲み物を出してやると、目配せだけしてきやがった。

 目配せがお礼の意味って伝わるのは俺ぐらいやぞ! お前も、礼桜ちゃんみたいに、たまには口に出してありがとうぐらい言うたらどうや。


 気にくわないので、仕返しで少し揶揄うことにした。


「しっかし、礼桜ちゃん可愛かったな~。しかも礼儀正しいし。今度いつ来てくれるやろか~」


 そう言いながら湊を見ると、俺の言葉にぴくっと反応したが、相変わらず携帯を見たままだった。

 ほんと可愛くないやっちゃなあ!



***



 お会計のとき、自分が誘ったからと言って礼桜ちゃんの分も払おうとする湊に、「いえ、自分の分は自分で払います。今日出逢った九条さんにおごっていただく理由はありません」と速攻で断った姿は、凛としてて、めっちゃ格好よかった。

 自分が払うのが当たり前だと思っていた湊は、断られて少し動揺しとったみたいやけど、そんな二人のやりとりを見ながら、俺は心の中でずっとニマニマしとった。


 結局、礼桜ちゃんが自分で払うことになったので、「女子高生ランチメニュー700円です」と伝えると、礼桜ちゃんはものすごく動揺して「あれだけ食べたのに、お好み焼きの値段より安いとか、そんなわけないです」と言ってきたけど、笑顔で押し切った。

 その代わり、また来てくれるように約束を取り付けたら、今度はお友達と来てくれるらしい。俺は今からそれが楽しみで仕方がない。もちろん来店する前には必ず電話するように伝えた。狭い路地にある店だから、気をつけるに越したことはないからな。



***



「湊、お前、礼桜ちゃんのこといいなって思うとるやろ。礼桜ちゃんのことずっと見とったし、不愛想のお前が気持ち悪いぐらいにこにこ笑うとるし。お前をよ~く知ってる俺には衝撃的過ぎて、さぶいぼが出たわ。お前ずっとデレとったで」


 にやにやしながら揶揄うと、湊はやっぱり自分の気持ちに気づいてなかったらしく、愕然とした後、カウンターに頭をぶつけた。


 ガンっと音がしたが、大丈夫か。



「……まじでか。……そんなにデレとった?」


 しばらくカウンターに頭をつけたまま無言だったが、俺が聞き取れるぐらいのくぐもった声で聞いてくる。


「ああ。お前を知ってるやつが見たら、衝撃で倒れるか、大爆笑するかぐらいのデレやった」

「…………………」



 湊は一目惚れをするようなやつじゃないし、男女関係なく信頼できる人にしか心を開かない。自分を見せないと言ったほうがいいだろう。だけど、心を開いたら自分の懐に入れ、絶対に見捨てることはしない情の深さも持っている。だが、そんな人間は数少ない。


 そんな湊が自分の素を出せるこの店に連れてくるぐらい関心を寄せる女の子とどうやって出逢ったのか、俺は聞きたくて聞きたくて仕方がなかった。



◇◇



 出逢った顛末を湊から聞いた俺は、ここ最近で一番の衝撃を受けた。


 ひったくり犯を止めたと聞いたときには、礼桜ちゃんの勇気に感心し、怪我してないか心配したけど、止め方を聞くと、その方法が個性的というか何というか、面白くて爆笑してもうた。

 一見、大人しそうな普通の女の子なのに、その行動力と胆力に俺はますます礼桜ちゃんのファンになってしまった。


 そんなことがあったなら、湊が惹かれるのも分かる。


 そして、礼桜ちゃんはそれをひけらかすこともなく、また、当たり前のように湊を一人の人として受け入れ自然体で接していた。

 湊に対して色めき立つようなこともなく、むしろ恋慕の欠片さえも見当たらない。可視化できる矢印があるなら、湊から礼桜ちゃんへは太い矢印➡が出ているが、礼桜ちゃんからは矢印すらない。

 好きでもない女の子からは嫌というほど言い寄られるのに、惹かれた女の子からはスルーされている湊が、俺は可笑しくて可笑しくて。


 何度も言うが、

 そんな二人をこれから見守っていけると思うと、ほんま楽しみで仕方がない。




「よかったな、湊。礼桜ちゃん、バイトに来てくれるんやろう」

「……聞いてたんだ」


 ブスっとした態度で答える湊を、いつものごとく受け流す。


「ちゃうわ。聞こえてきただけや。しっかし、なりふり構わず、よう回る口で言い含めよったな」

「……………………。俺、そんなに余裕なかった?」

「礼桜ちゃんは気づいてへんかったみたいやけどな。はたから聞いてると、余裕なさすぎておもろかった。しかも、俺が礼桜ちゃんと話すたびに睨んでくるし」

「………………………」

「自分の気持ちに気づく前に嫉妬して睨んでくるとか、どんだけやねん」


 嫉妬を孕んだ目で睨んでいたことさえ無意識だったのだろう。


「湊は、俺と礼桜ちゃんが楽しく話してるのが嫌やったんやろう」

「……………………」

「あんだけ可愛いんなら、彼氏とかおるんちゃうの?」

「……おらんらしい」

「それは確認したんやな……」

「……………………」


 自分の気持ちには気づかないのに、そんなところは抜かりなくてマジ引くわ。鈍感なのに器用というか。

 クソみたいな恋愛もどきをしてきた湊にとって、自分から好きになるのはもしかしたら初めてじゃないだろうか。

 湊の初恋だと思うと、俺はニマニマが止まらなかった。


 湊と礼桜ちゃんが来てから、ニマニマしっ放しやな、俺。



 湊の初恋を応援はするが、礼桜ちゃんファンとして、こいつに一つ言うとかなあかんことがある!


「湊、礼桜ちゃんを傷つけたら許さへんからな。礼桜ちゃんと一緒におりたいんなら、遊びの清算しとけよ。礼桜ちゃんは、お前が半端な気持ちで関わっていい女の子ちゃうぞ。大事にできひんのやったら、最初から近づいたらあかん。そんで、絶対に危ない目に遭わせたらあかん。礼桜ちゃんを守る覚悟、お前にあるんか」


「ああ」


 俺を見返した湊の双眸は、どこまでも強く真っすぐで、自分の気持ちを受け入れ覚悟を決めた力強さに満ちていた。


 ……これなら大丈夫だろう。



「まあ、でも、礼桜ちゃんはお前のこと何とも思ってないみたいやけどな。礼桜ちゃん、鈍そうやからなあ。俺としては、礼桜ちゃんに振り回される湊を見るほうがおもろいから、そっちのほうがええけど」

「………………」



◇◇



 礼桜ちゃんの話題が終わったタイミングで、店の扉が開いた。

 そちらを確認すると、店の中へ入ってくる3人の男たち。先頭で入ってきたのは湊の兄の理人りひと、次は洸か。最後に入ってきた金髪で黒いマスクをつけてる兄ちゃんは初顔だな。


 理人は一つ席を空けて湊の隣へ座り、洸と金髪の兄ちゃんはテーブル席へ座った。



 俺のカンはよく当たる。


 雰囲気からして人に聞かれたくない話をするためにここへ来たのだろう。

 面倒事を持ち込むこいつらを営業妨害でつまみ出そうかと考えたが、いつものことなので、優しい俺はとりあえず3人に飲み物を出してやることにした。






 ほらね、俺のカンはよく当たんねん。なんちゅう話をしとんねん、お前ら。


 面倒なことに巻き込まれる予感しかしない俺は、今度礼桜ちゃんが来てくれたら何のデザートを出そうかと現実逃避をしながら、深い深いため息を吐いた。






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