第10話 バッグを修理に出します
「ほな、私も帰らせてもらいます」
「私も帰ります。同じ谷町線なので、途中までご一緒しませんか」
「それなら、一緒にお昼食べに行かへん? 礼桜ちゃんにはお礼もしたいし」
「えっ、いいんですか?」
「……礼桜ちゃん、礼桜ちゃんはバッグを修理に出しに来たんとちゃうの?」
「あ……」
そっと九条さんを見やると、微笑みながらこっちを見ている。爽やかなお顔が目に眩しい。
山場を乗り越えた達成感というか、試験が終わった後のような解放感に包まれていたため、この余韻のまま帰るつもりでいた。
バッグを修理に出さずに帰っても、事情を話せばお母さんに文句は言われないと思うし、精神的に疲れたし、お腹空いたし、寺岡さんとお昼をご一緒して帰ろう。
そんな私の気持ちは九条さんにはバレバレだったようで、あっさりと捕まってしまった。
◇◇
ランチのお断りを寺岡さんにすると、また日を改めてお礼をさせてほしいと言われた。お礼は丁重にお断りして、寺岡さんを九条さんと見送ると、私たちはお店へと戻った。
革製品の匂いに包まれている店内は、明るい光が差し込み、静寂だけど居心地がいい。
バッグを修理に出して早く帰ろう。
天王寺で何か買って帰るか、それとも何か食べて帰るか。とりあえずお母さんに電話して、今日のお昼ご飯が何かを聞こうかな。
そんなことを考えながら、九条さんとお店の奥にあるカウンターのところへ行った。九条さんはカウンターの中に入っていったので、私はリュックから修理に出すバッグを取り出し、カウンターに置いた。
「修理に出すのは、この留め金の部分やね。あと、ところどころ擦れて色が落ちている箇所があるから、それもリペアしとくね」
九条さんはバッグを見ながら修理箇所を確認していく。
私のバッグでもないし、留め金の修理は母から聞いていたけど他は分からないので、修理依頼書に名前や連絡先などを記入しながら、とりあえず九条さんの言葉に肯首しておいた。
「1週間後には出来上がるから、それ以降に取りに来てもらっても大丈夫?」
「大丈夫だと思います。じゃあ、そのように母に伝えておきますね」
「……礼桜ちゃんは取りに来ないの?」
「私は学校があるので」
「学校帰りに来たらええやん。俺も平日講義があるから、取りに来るときはまた連絡して」
「講義ですか」
「うん。俺、大学生やから」
「えっ、大学生なんですか……」
「そう。今20歳やで。今年21になるけど。さっきのあいつと一緒やな」
「そう……なんですね」
20歳……、椿さんと同い年? 私の4つ上?
20歳には見えないって言ったら、怒られるかな。でも、落ち着いて見えるし、店長さんって言ってたから、もっと年上だと思い込んでいた。
年齢を聞いて改めて九条さんを見ると、思い込みが取れたせいか、確かに若い気もする。クラスで「専務」と呼ばれ慕われている渋み男子よりもはるかに若く見えるが、椿さんと同い年には見えない。
20歳と言った九条さんになんて答えていいか分からず、結果、これ以上つっこまないことにした。
「えっ!? 俺、20歳に見えへん?」
……あえてやんわり終わらせたのに、答えにくい話題を引き延ばさないでほしい。
どう答えていいか分からず、とりあえず曖昧に笑っておくことにした。
「礼桜ちゃんは高校2年生やんな」
「はい」
「じゃあ、俺と4つ違いやね」
「あー、そうですね……」
「礼桜ちゃんは、桜っていう漢字が入ってるから、もしかして4月生まれ?」
「そうです」
今度は私の年齢の話になった。
私が生まれたのは4月初旬の桜が満開の時期だったから、名前に「桜」が入っている。既に17歳になっているけど、あえて話すことでもないので黙っていることにした。
年齢の話をしつつ、九条さんは修理依頼書にいろいろ書き込んでいる。もうそろそろ終わりそうだ。
お腹と背中がくっつきそうなくらい空腹な私は、お昼ご飯のことばかり考えていた。
それがいけなった!
私のお腹は乙女の恥じらいをどこかに置き忘れ、ぐう~~~~~~と大音量で鳴ってしまった。
無言でお腹を押さえる私と、無言で書き進める九条さん。
絶対に聞こえていたはずなのに、九条さんは聞こえないふりをしてくれた。
九条さんをそろりと見やると、目元が緩んで口角が上がっているから、多分心の中で笑っていそうな気がする。
……また醜態を晒してしまった。
穴があったら入りたい。
つっこんで笑ってくれればいいのに、スルーされるのもいたたまれない。
初対面の人に対して、たった1時間半ほどの間に何度恥ずかしい姿を見せただろう。1人の人に対して、こんなに醜態を見せたことなんか今まで一度もない。
私は恥ずかしくて恥ずかしくて、一刻も早くここから立ち去りたかった。
実を言うと、九条さんの前で醜態をたくさん晒したのでバッグを取りに来たくないという気持ちが大きい。
私にだって恥じらいぐらいはある。キャピキャピはしてないけど、私だって女子高生なのだ。たくさん醜態を晒した人にまた会いたいとは思わない。
◇◇
ペンの音しか聞こえない静寂な空気の中、羞恥に耐えていると、追い打ちをかけるように、、また ぐう~~~~~と鳴った。
「…………ほんとうにすみません」
お腹を押さえ、消え入るような声でそっと謝罪した。
「お腹すいたよね。事情を聴かれるのもしんどかったやろ」
顔を上げた九条さんは、笑うでも馬鹿にするでもなく、私を優しく労わってくれた。
九条さんの言葉は私の心に沁みわたり、そういうところはやっぱり大人で、20歳には見えなくて、私には別世界の雲の上の人のように感じた。
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