第9話 私も逮捕ですか
黒河内さんは、私と寺岡さんの身分証の中身を手帳に控えると、椿さんを連れてお店を出ようとしている。もう一度きちんと話を聞くそうだ。
黒河内さんが行く前に、私にはどうしても確認しないといけないことがある。
黒河内さんに話しかけるのは物凄く怖いけど、勇気を振り絞って引き留めた。
「黒河内さん!
あの……、お聞きしたいことがあって……。
私、水筒で椿さんを殴って急所を蹴ったんですけど、あの……、私も逮捕されますか」
震える指先を押さえつけるように両手で握りしめ、覚悟を決めて黒河内さんの目を見ながら尋ねた。
尋ねた後、答えを聞くのが怖くて俯いてしまった私には、黒河内さんの視線は感じるが表情は見えない。
「……………………」
黒河内さんは何も答えず、しばらく無言のままだった。私にはとてつもなく長く感じた無言の時間は、頭にぽんと手を乗せられるので終わった。
温かい手に導かれるように顔を上げると、目つきの悪い黒河内さんが、とても優しい顔でこちらを見ている。
「大丈夫やで。逮捕なんかせえへんし、むしろお手柄の表彰もんや!」
わざと明るく言ってくれているのが分かる。
「俺は目つきが悪いから不安にさせてしまったかな」と、私に謝りながら頬を掻いている。
黒河内さんの言葉に安堵して泣きそうになったが、ぐっと堪えた。
そしたら、今度は椿さんが私のほうを見て頭を下げてきた。
「俺を止めてくれて、本当にありがとう」
まさか椿さんからもお礼を言われるとは思っておらず、戸惑ってしまう。
「……いえ。というか、私のほうこそ、水筒をぶつけて、急所を蹴って、本当にすみません……。痛かったですよね……」
「たしかにあれは強烈やったわ! 水筒が横から飛んできたかと思ったら、今度は下から顎めがけて直撃やで。しかも、とどめの蹴りが強烈すぎて、脂汗は止まらんし。使い物にならんくなったって本気で思ったわ!!」
いろいろ吹っ切れたのか、椿さんはものすごくいい笑顔で笑っている。
吹っ切れた笑顔はとても爽やかで、笑い話に変えてくれたが、言われた内容に申し訳なさしか感じない。
椿さんの顎を確認すると、いまだに赤くなっているが、皮膚の下に若干青紫色が透けて見える。明日あたり確実に青タンになるだろう。私はそっと目を逸らし、いたたまれず心の中でもう一度謝罪した。
「ほんまにありがとう」
椿さんは穏やかな表情で私にお礼を言うと、黒河内さんと去っていった。
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