第45話 頼れる相手
「殿下であれば、いずれマルス殿下が王位に就かれた後で最も頼もしい存在になりましょう」
「……それは嫌味か」
「いいえ。マルス殿下は、兄君をとても慕っておいでですから」
「……」
こう申し上げては何ですが、妃殿下方は子に愛情を注ぐ……というタイプの女性ではありません。
お互いに社交や外交、己が得意とする分野で活躍したがる方と申しましょうか、そのおかげかなんだかは知りませんが殿下方はとても仲が良いのです。
特に末のマルス殿下は、アベリアン殿下が大好きでした。
今は王太子となり、妃殿下方の争いが熾烈になっているという噂もありますので……王子たちがどのようにお過ごしかまでは存じません。
ただ、アベリアン殿下は思い込みが強く、人の話を聞くのが苦手という面はありましたが……懐に入れた人間に対して情に厚いところがあるように思います。
マルス殿下は人見知りが激しく、また少し繊細すぎるきらいがあるので……そういう意味では誰かにいいようにされてしまいかねない危険性を孕んでいるのです。
勿論、まだ八歳の少年であることからいくらでも学んでいけることでしょう。
周囲に頼れる人がいれば、きっと。
そんなマルス殿下の、最も頼れる相手になってほしいとアベリアン殿下は陛下から期待されているのではないでしょうか?
そのことに本人たちが気づけるかどうかは、また別問題ですが。
「……ロレッタ嬢は、今幸せなのか」
「はい。とても」
「……」
殿下は今、何を思っておられるのでしょう。
まあ今回は領地の件だけで押し黙ってくださいましたが、最終手段としてはあの日を再現するわけではありませんが『私たちのためにわざと悪者になってくれた』というような形で殿下が断れない雰囲気というものを作り出そうとまでレオンが言っていたので……。
効果的ではありますが、私としてはやり返すみたいであまり好ましくありません。
「殿下が治められる土地は季候も良いところだそうですのね。……アトキンス嬢はいかがなさるのですか」
「……彼女は、人の上に立つ女性ではなかった。残念だが、それだけだ」
「さようですか」
「あの土地から、俺は上を目指せると思うか」
「それは十二分に可能性もございましょう。どこで風邪を引くかはわかりませんもの」
「……そうか。そうだな」
殿下は少し黙ってからもう一度「婚約おめでとう。結婚式には参列できるといいのだが」と言ってその場を離れ、他の客人たちと会話を始めました。
私が言った、風邪を引くという発言の意味を殿下は正しく受け取ってくださったのでしょう。
あの言い回しはどちらかというと茶会向けだったかしらと反省です。
風邪を引く、要するに国が病で疲弊する、飢饉に遭うなどの食糧難を示しただけです。
その際にたくさんの、高品質な備蓄があればどれほどの民が助かるでしょう。
無論領主たちにそれは委ねられている物事ですが、それでも穀物地帯の領主たちが他領まで回せるほどに備蓄をしてくれていたら、国家にそれを委ねてくれたら、どれほど助かることでしょうか。
それらの采配は簡単なようでとても難しいもの。
殿下がそれを行えるかはわかりませんし、国難が来るかもわかりません。
来ないのが一番ですが、それでも地道に努力することが信頼への回復の、第一歩でしょう。
(もしかすると殿下は、誰かと言葉を交わして自分を納得させたかったのかしら)
あの日から変わってしまった周囲の目のせいで、まともに話せる相手がほしかったのかもしれません。
王妃様はすっかり殿下を見限って、今では自分の取り巻きたちと社交に励む日々だと伺っています。
側近候補として仲の良かった方々は言わずもがな。
陛下とはどうかわかりませんが、殿下の周囲に信頼できる方々はどれほどいらっしゃるのか。
だとしても醜聞その他のことを考えれば、やはりこれが最善だったのです。
私は隣に立つレオンを見上げて、そっと寄りかかりました。
「殿下は、思ったよりも強い御方かもしれないわね」
「そうであってほしいと、思う」
惜しむらくは、幼い頃から……想い合えなくとも、信頼し合える関係が築けていたら。
そう私は思うのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます