第39話 子供と大人

「ロレッタ、言っておくがお前は十分やれている」


「え?」


「おそらくお前のことだから、毎日が反省で、貴族として至らない……などと考えていることだろう」


「それは……」


 実際、その通りではないだろうか。


 確かに私はあの時学生だった。

 殿下との関係を子供の頃から築くことができず、不貞腐れていたと思う。

 諦めもあったし、よき王子妃とならなければという重圧もあった。


 でもそれは、公爵家に生まれた人間である以上責任であると……そう思って。


「人の裏を読む、陛下やわたしがイザークたちを裁いたように、人の未来を左右する。それらは確かに将来的に必要なものだ」


「……はい」


「だがお前はまだ十八歳だ。なあ、わたしと比べてなんになる。できなくて当たり前だ。むしろできると思って偉そうに断罪劇を繰り広げた殿下たちを見ろ、ただの・・・王子と令嬢子息で何ができた? 何もできなかったろう」


 お父様の眼差しは、真っ直ぐでした。

 それを受け、何も言えない私はただ手を握りしめているしかできません。


「いいかい。確かにわたしたちは貴族で、一般の市民たちに比べれば地位も、名誉も、金銭も、権力も持っている。だがそれはわたしでも、お前のものでもない。家のものであり、民のものだ」


「……はい」


「それを守るために、わたしたちは学ぶ。さかしらに罪をつまびらかにし、それを裁くのはお前の役目ではなかった。だから、あの場はあれで良かったのだ」


「……そう、でしょうか」


 あの時、引き継ぎを述べたのは……本当に、嬉しかったのです。

 私は婚約者として認められておらず、あのまま結婚して王子妃になるのが怖かったのです。


 ですから、殿下やアトキンス嬢が私のことを笑いものにしたことに腹を立てていても、怒りは多少ありましたが……それでも感謝の気持ちの方が大きかったのです。


(そんな私が、どうしてちゃんとやれているなんて)


 もっと何かできたのではないか。

 人々が求める貴族の姿には、何か足りないのではないか。


 甘ったれた、理想論だけで私は……彼らを導けたはずのことも、できなかったのではないか。


 別にそれを気に病んで前に進めないわけではありません。

 反省をすることは、大切なことです。

 それを糧に、次は失敗しないようにするのですから。


 そして、失敗を減らしていかなければいけないのです。

 それが許されるのは、学生の間だけでした。


「令嬢としてのお前は、十分に淑女の振る舞いを学んだ。次は妙齢の淑女として、言葉の裏を学ぶだろう」


 母のいない私に、親戚の夫人たちがマナーを教えてくださった。

 話題の選び方を、商人たちの話を、他領の特産品を持ち寄って。


 そこでどうすれば茶会にいて良い人間になれるのかを学んだ。

 夫人たちは言っていた。

 誰かの妻となり、領主の妻となるということはその領を支える情報を得るために笑顔で特別な・・・話をするのだと。


「そして淑女としての裏を学びながら、お前は同時に公爵として人と接さねばならない。ただ貴族としてだけでは、いくら学ぶにも時間が足りないほどだ。……その分、人の良い部分も知らねばならん」


 お父様は立ち上がる。

 そして私を抱きしめてくださった。


 握りしめた拳を、そっと包んでくださるその手はとても温かい。


「お前があの子たちの未来を案じることのできる優しい子に育ってくれて嬉しい。そして余計な口を挟まず、きちんとその裏を理解しようとしてくれる聡明さを持ってくれて喜ばしい。大人の世界は経験しながら学ぶがいい。そのために、わたしがいるのだ」


「……お父様」


「とりあえず、お前とレオンの婚約発表でデイパーティーを開くまでは、領地経営について学ぶんだ。それから社交をものにしていく。焦らなくていい」


 お前もまた、まだこれから・・・・を歩む人間に過ぎないのだから。

 そう言われて、少しだけ……ホッとしたのでした。

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