第10話 公爵令嬢として

 私は帰りの馬車の中で、父と何を話すべきか考えました。

 これからのことは当然ですが、今回の件で私に反省すべきことはたくさんあったのです。


 何も言わずに見守ってくださっていたお父様は、きっとこうなることを予測しておられたからこそ途中で一度だけあのように意見をくださったのでしょう。

 それに気づかず、私も意地になったのかなんなのか『殿下の好きにさせてあげましょう』だなんて……とんだ驕りようでしたね。


「レオン」


「なんでしょうか」


「……あなた、今婚約者いたかしら」


「いません」


「そう……」


 レオンは、没落貴族の子息です。

 彼の母君が私の亡くなった母と親交があったとかで、没落後しばらくしてからうちを頼っていらしたのですが……それがきっかけで彼は護衛騎士を目指すことになったのは懐かしい話です。


 お家再興は考えておらず、苦労を重ねた母君のために一人前になりたいと言った彼の心意気をお父様が買って面倒を見ると決めたのです。

 一使用人として見習いから始まった彼は執事長の下で礼儀作法や言葉遣い、教養とはなんたるかを学び、時には護衛兵の中に交じり鍛錬をし、そして年の近かった私の傍につくことも多く……気がついた時には、私の護衛騎士に任命されていました。


(私の婚姻は、公爵家のためのもの)


 公爵家はただの貴族にあらず、大貴族として貴族たちの規範であり、睨みを利かせる立場でもあり、王家に対しても意見を述べる必要がある……重要な立場です。

 いずれそこの当主となるべくして生まれ育った私には、結婚は義務であり、仕事だと理解をしていました。


 それでも、両親はそんな政略結婚の中でも互いを尊重し合い、話し合いを重ね、そうして信頼と想いを寄せ合うようになったと聞いていたから……私もそう、なりたかったと……。


「……ねえ、レオン」


「なんでしょうか」


「可愛げが無かったから、ダメだったのかしらね」


 王太子殿下の婚約者に選ばれたのは、近隣諸国に殿下と釣り合うご令嬢がいなかったから。

 そして今の王妃様が国内貴族から選ばれていたために、派閥のパワーバランスを考えに考え抜いた結果選ばれたもの。


 他に候補者がいなかったわけではありません。

 それでもそれはあくまで私になにかあった・・・・・・場合のスペアのようなもの……。


 だからせめてと思って、殿下のお役に立てるようにと努力したつもりでした。

 陛下からも、国王という重責を担う殿下の支えとなるようにと言われておりましたし……妃殿下からもくれぐれも頼むと、厳しく教えをいただいておりました。


 それらは、私にとっても重責だったのです。

 殿下より一つ年上とはいえ、重荷に思わないわけではなかった……それでも公爵家の令嬢として、お父様を落胆させたくなくて。

 殿下と支え合っていければと……。


「弱々しく甘えれば、良かったのかしら」


「お嬢さまはきちんと殿下と心を重ねたいと、努力しておいででした。相手のことを思い、茶会の用意をしたりダンスの練習をしたり……それらを無視したのは、殿下です」


「レオン」


「お嬢さまはいつだって努力を怠りませんでした。それを可愛げが無いと言うのは、単純にあの方の努力不足です」


「……ありがとう、レオン」


 殿下は努力する私が、嫌いでした。

 自分より優れていることが可愛げがない、言うことをきかないところも可愛げがない、貴婦人たちのように笑う姿など可愛げが無い……挙げれば切りがありませんが、とにかくそういって私を嫌っていたのです。


 それでも、お互い婚約者でしたから……学園に入るまでは、それなりに会話もしていたし、もう少し砕けて喋ることもありましたのに。


 どちらが悪いなんて決めつけたいわけではございません。

 それでも、やりようがあったのかなと……そう思うのです。


「ねえ、レオン。あなたに婚約者がいないなら、私の婿になる気はないかしら」


 私は意を決して、レオンを真っ直ぐに見つめて言いました。

 そんな私の言葉に、彼は目を瞬かせて珍しく呆然とした様子を見せています。


「……は? え? は、はああああ!?」


 たっぷり沈黙した後で、レオンから出てきたのはびっくりするくらい大きな声でした。

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